王女様がさらわれた

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 ガッポ、ガッポと蹄を鳴らして、減速した馬が、遂に停止した。 「城門を開けろ」  手綱を引いていた大男の声だ。獣王の城に着いたの? 獣王の城かもしれないのに、この大男、門番に対して命令口調とは……。まったく何様のつもりかしら? 「ハハッ。ベアクレス将軍」  ベア……。しょ、しょ、将軍!?   うわわ!! うそ、うそ。ベアクレス!? ど、何処に?? まさか、この巨漢の御者が? ホンマもんのベアクレス? すげー。あの伝説の獣将軍ベアクレス?? 人族にとって直接的な衝突はないけど、相対したら一国が潰されてもおかしくないほどの脅威の存在。ベアクレスの持つ巨斧ガンドールは、歴代獣将軍にしか持ち上げられないという噂だし、七百年前に大陸を東西にかち割ったのが、その巨斧ガンドールだと言われている。  私も王族の端くれ、国を挙げての戦闘になれば、王族の持つ上級魔法を駆使して戦わなければならない。ただし、私の場合は、防御や回復系の魔法しか使えない。けれど、防御回復系が使える人材は希少で、部隊には重宝される存在。半端な攻撃属性を持つお兄様やお姉様たちは、既に何度か戦闘に出て人族以外との戦いも経験している。魔法攻撃を殆ど無視して、肉弾戦で攻めてくる獣族たちは、魔族以上の脅威だと言っていた。  そんな、獣族の中でも最強の獣将軍ベアクレス。その最強将軍が、我が城内に攻めてきたのだ。そりゃあ、衛兵たちも蜘蛛の子を散らすように逃げていくでしょうよ。ああ、情けない……。  幌が開けられて、中を覗く影。眼帯の大男、獣将軍ベアクレス。ギラリと光るその片眸が、私を睨み付ける。  ひいいい!! ベアクレス将軍と知ってしまった今、直視できない。ちょー怖い!  そんな、大物が口を開く。 「運びましょうか?」  敬語? 私に? 一応王女だし? 「いや。いい」  荷台にいた男が答えた。  こいつに? ベアクレス将軍が敬語? 偉いのあんた??  荷台の男が迫ってきて、私のお尻のあたりをグイと掴んで、担ぎ上げる。しかも、指先がデリケートな部分に触れている! 「わああああ、自分で歩くから! 下ろしなさい!! 無礼者!!」  私は、中空に振り出された足をばたつかせる。しかし、くるぶしの辺りを両足とも片手で掴まれた。私を軽々と肩に担いだ男は、そのまま荷台から飛び降りる。着地と同時に、ズシンと下腹部が圧迫される。  あ……、出ちゃう……。思わず情けない吐息を漏らす私……。  そのまま、男はずんずんと歩いて、宮殿の中に足を踏み入れていく。上体を逸らして顔を上げると、大男、獣将軍ベアクレスが門番の様に背筋を伸ばして直立している姿が見えた。  おいおい、いいの? バカ男! 大将軍ベアクレス様をあんなところに突っ立たせたまま、置いてっちゃうの……?  そして、その背後には私を乗せてきた馬車……。  な……、なんだアレは……。  私が乗ってきた馬車を引いていた馬。それは、とても巨大な馬。獣将軍ベアクレスと比較しても遥かに巨大な、灰色の美しい毛並みをした馬。頭には巨大なツノが並び、鬣は荒々しく燃え盛る炎の如く天空に向かって逆立っている。二頭立てだと思っていたけれど、一頭のみ……。しかも……、足が……八本ある……!? 思わず二度見しようと思って、目を凝らす。そんな私の目の前で、宮殿の入り口の扉が閉められた。
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