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夏休み前のテスト期間中。
その話は突然、親友である心織から持ち掛けられた。
割の良い住み込みバイトがある、と。
俺には元々高校時代からしている時給が高額すぎる高級カフェのバイトがあるのと、パリピの若者が大勢いるであろう場所が苦手な為、間髪入れずに断った。
それでも心織は諦めること無く、「可愛い女の子がナンパできる」「カフェより稼げる」「住み込みだから食費も電気代もかからない」等、ナンパは別として貧乏な俺の心を擽る様な理由を並べ、しつこく勧誘をしてきた。
心織は俺と違ってお金にそこまで困ってないだろうから、きっと女目当てなのは分かっていた。
あまりのしつこさに根負けした俺は、「バイト先の店長に相談してから」と理を入れてから、店長に駄目元で話しをしてみた。
すると、案外あっさり「大学初めての夏休みだし、思い出作りも必要だろう」と2週間限定の約束で良い返事を貰ってしまった。
断る理由が完全に無くなってしまった俺は、渋々都心から離れた自然と古都の景観溢れる隣県にある海の家で心織とバイトをすることとなったのだが……。
「紫澤先輩……どうしてあなたまでここでバイトしているんですか。金銭的に全く困ってないですよね?」
ここへ来てから執拗に俺へとまとわりついてくる紫澤玲凰は、大学の先輩でテニスサークルの代表。しかも、日本5大商社の1つ紫澤物産のご子息で俺にキスまでした人。
そのお陰で、俺は超人気ハリウッド俳優である龍ヶ崎翔琉に俺の気持ちを告げることができた、ある意味恩人でもあるが。
「それは、可愛い後輩が狼の餌食にならない様に保護者役も必要かと思って」
相変わらず、生まれながらのお坊ちゃんオーラを余すことなく放出しながら、意味深な視線を俺に向け甘いマスクで微笑む。
因みに、パリピとなるべく接したくない俺は志願してキッチンへ。
女の子をナンパしたい心織ととびきりのイケメンぶりを買われた紫澤は接客を任された。
朝の8時から夜の10時まで、この1週間炎天下の中で海水浴客相手に休む暇無く、忙しく働いていた。
夜は、海の家が併設してる民泊の大部屋で他のスタッフたちと共に雑魚寝。
疲れているからすぐに眠れるが、時々誰かの大きないびきで起きたり、寝相の悪い心織によって起こされることもある。
勿論、紫澤がその様な中で寝ることは無く。
近くのリゾートホテルのスィートルームに滞在しているそうだ。
……何もそこまでして働かなくとも
本当に、金持ちの道楽なんだな
そう呆れながら、とあるもう1人の男の存在が脳裏を掠めた。
「そう言えば、例の俳優の彼には今回のバイトのこと話したの?」
紫澤からのその一言に、俺は思わず手に持っていたトングを落としてしまう。
「あ、まさか伝えないで来ちゃった?」
女性たちから熱視線を向けられても全く動じない紫澤は、翔琉の存在を知っているはずなのに変わらず俺にだけご執心だ。
きちんと紫澤には翔琉がいることを伝えなければ、とは思っている。
でも、やはり相手が相手なだけにその事実は言って良いものなのか悩むところだ。
その翔琉にも、多忙により都内を離れる連絡ができずにいた。むしろ紫澤も一緒であることで、益々この件は報告しずらくなってしまっていたが。
ここで働き始めてから1週間。
紫澤目当ての客が大勢来る中、彼の視界には俺しか映っていない様で、女性客からは紫澤に気付かれ無いよう酷く睨まれることも少なくない。
有名なご子息とはいえ、一般人の紫澤でさえこんな平凡な俺が傍にいるだけで世間の女子たちは俺に冷やかな視線を向ける。
当然、人気俳優で多忙すぎる翔琉とはこうして二人きりで外に出ることはあまり無い。
だがもし、今の紫澤が翔琉だったら……そう考えると、俺は間違い無くSNSで吊し上げられて睨まれるどころでは済まされないだろう。
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