76人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
腕相撲
骨折もだいぶ良くなり、ほぼ完治している。この夏、一度しかない夏。
私は、あくまでさりげなく先生を夏祭りに誘うことにしてみる。
「先生、夏祭りに行かない?」
「生徒指導の一環で行くことはあるかもしれないが、人ごみは疲れるしな」
「まだ、若いのにもったいないなぁ。わたがしも食べたいし、花火も見たいし、一緒に行こうよ。私ゆかたを買ったんだ」
「だいたい、二人で行くなんて、知り合いに会ったらどう説明するんだ」
「じゃあさ、女子サッカー部の友達も誘うから、顧問として付き合ってよ」
「みんながいるなら、まぁ顧問としてならば……」
渋々先生は了承してくれた。これで、夏休みの楽しみがひとつ増えた。
それにしても、私ったらこんなに必死なのはなぜなの?
一般的な恋人たちの見えない壁がないことが、うらやましい。
成人しているという大人であるという事実が、うらやましい。
先生は私のことなんて何とも思っていないだろうけれど――私は違う。
最近自覚している。この気持ち。先生を好きだという気持ち。
生徒と先生じゃなければ……堂々と歩けたのに。
一緒に歩くことも人目を気にしなければいけないなんて……苦しい……。
もっと一緒にいたいけれど、近いのに遠い―――。
先生との距離は、せつない―――。
二人には大きな壁があり――
どんなに好きだとしても近くにいても、気持ちを伝えることもできないでいた。先生の立場、私の立場。好きだけでは――動けないことがたくさんある。
もしも、両思いになったとしても、デートを堂々とすることはできないし
先生は、未成年に手を出すことはできない。今、同居していることだって、人目を気にした生活をしている。
付き合ってはいないけれど……でも、好きという気持ちはあって……もどかしい距離が、存在する。会いに行ける距離にいて、ただ、話すだけ。それだけでハッピーになれる。
そこらへんの高校生よりもずっと不自由な恋愛かもしれない。
思い切って切り出してみた。手をつないでみたい。そのための提案だ。
「先生、腕相撲でもしてみない?」
「え? なんで? 急に?」
私の申し出に、先生はちょっと驚いた顔して……。
先生は古風な今時珍しい日本男児という感じだ。
好きなんて言葉は、まだ全然言えないけれど……
先生の不器用でぶっきらぼうなところ――そこが好きだな。
先生の手を握る。先生は私の手を握り返す。
この短時間がずっと続けばいい。それは、幸せという穏やかな時間だから。
腕相撲という名目の手をつなぐ作戦。
私はその日、先生とつないだ手を洗えないでいた。
最初のコメントを投稿しよう!