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きなこは、なんて言うか、女友達の一人で、気づいたら、俺の周りをうろちょろしてた子だった。
最初は、友達に連れられて、俺のバンドのライブを見に来てただけらしい。
偉そうにバンドとか言っても、所詮はアマチュアだし、チケットだってそう簡単に売れないから、結局みんなで自腹切ってたりする…
音楽の世界なんて、上みりゃ才能ある奴も超絶ルックスの奴も、星の数ほどいる訳だ。
俺らなんか、その星の数ほどのハシッコに引っかかれば、まだましってレベル。
ちょっとイケてるぐらいじゃ、ファンなんかつかないし、良い曲が売れる曲とも限らない。
世間も世知辛いけど、音楽の世界はもっと世知辛い。
あわよくばメジャーデビューなんて…そんなの、夢のまた夢の先だってことに、最近、やっと気づいてきた…
そんな俺らの音楽を好きだって言ってくれる、数少ない人間の一人が、きなこって訳だ。
ファンと言うか、今じゃほとんど身内みたいなもんかな。
そのきなこが、突然、『歌の歌いかた教えて~』って、ライブ明けの俺に言ってきたのは3日前のことだった。
きなこは、どっかすっとぼけた感じの子だけど、実は、あんなでも看護師で、休日だってまちまちらしい。
どうせ暇な俺は、その時軽く、「いいよ」って答えた。
今日、調度バイト休みだし、きなこも休みだって言ってたから、自動的に、今日この日になった訳だ。
が…
半分腐った俺の脳みそからは、そんな約束すらふっとんで、アルコール漬けの体にはなんとも言えない、けだるい重さが残る訳だ。
約束したとき、きなこは、なんだか妙に嬉しそうだった。
なんでかは知らんが、やたらテンション高くなって、満面の笑顔だった。
それと、今現在のこの状況と、102件ものlineの通知を見たら…
なんつーか…
流石の俺も、胸が痛いと言うか…
背中が寒いと言うか…
とりあえず、ここは一応謝っておくかな…
俺は、酒臭い息を肩で吐きながら、きなこに通話をいれることにした。
ライブのオープニング曲を歌い出す時みたいに、一度、大きく深呼吸して、発信ボタンを押してみる。
コール3回。
ガチっ・・・・
きなこが、通話に出る。
「あ・・・もしもし?いやぁ・・・すまん、きな・・・」
愛想笑いしながら、俺がそう言いかけた時だった。
lineの向こうで、相当機嫌の悪そうなきなこは、冷淡な声で俺にこう言い放った。
『このlineIDは現在使われておりません、IDをお確かめになってから、おかけ直しください・・・・
死ねよカス!!!』
ブツッ・・・
「・・・・・・・・・・・・・・」
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