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ACT2 ちぐはぐな人生はどうやっても交差なんかしない
*
カラオケ事件から一週間が過ぎた。
その日は一か月ぶりに、デカい箱であるliveHouseでバンドのライブがあった。
『NAKED ARMS』
それが俺らのバンドの名前、ほぼオリジナルしかやらない主義はずっと貫いてる。
生で歌を唄い、演奏を聴かせるライブパフォーマンスは、何度やっても緊張する。
例えばこれが、どんなに売れてるアーティストでも、きっと変わらない感覚なんだと思う。
その日のきなこは、やけに沈んだ顔をして、ライブハウスの隅にたたずんでいた。
会場に流れる大音響。バンドの演奏を後ろに、足元のモニターから返ってくる自分の歌声を聞いて、音を確かめながら、俺はこの日、ラストになる曲を歌っていた。
オレンジ色に光るスポットライトの下は熱い。
その熱の破片が、ステージ下で縦揺れしている客の影を、綺麗とは言えない床に落としていた。
四年近くバンドをやっていて、なんとか客も増えてきて、そこそこ常連もいる。
だからと言って、メジャーなんてまだ遠い話で、200人ほど入るこのライブハウスが、俺たちのバンドのファンだけじゃ半分も埋まらないのは、変えようもない事実だった。
1コーラスのサビの時、俺は、会場のステージ脇の壁際に、きなこが立っているのを見つけた。
ステージの上からきなこを見るのは、いつものことだけど…今夜のきなこは、いつものきなこと違って、なんだか沈んだ表情をしているようだった。
大音響が響く薄暗い会場の隅で、少しうつ向き加減のきなこは、前髪の隙間から、ステージ上の俺を見つめている。
いまにも泣き出しそうな顔をしていた。今まで、見たことのないような表情をしたきなこに、俺は一瞬、いつも歌う曲の歌詞を忘れそうになったほどだ。
ハッとしてマイクを握り直し、上手くごまかして歌の続きを唄う。
この曲が終わったら、きっときなこは、会場の隅っこでスマホをいじりながら、俺らがステージ撤収を終えるのを待っているはずだ。
そしたら…どうしたのか?って聞いてやろう。
そう思って、俺は渾身の歌声で、きなこの好きな『MaindHurt 』を歌い上げた。
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