肆.化け猫の正体見たり

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「我は山本五郎左衛門。人と物怪の境界を取り持つ魔王なり」 「貴方様が、山本五郎左衛門様……!?」  サッと青褪めた三俣は、徹平に向かって平伏した。徹平は慌ててゴローの顔色を伺いながら、 「いや、俺じゃないんで顔上げてください。俺はどっちかってーと、魔王(コイツ)に顎で使われてる被害者なんで」 「では、稲生さんは山本様の、ええと右腕のような……」  必死に言葉を選ぶ三俣を、ゴローはフンと鼻で笑い飛ばす。 「徹平などわしの右腕にも足りぬわ。そうだな、右目程度が関の山であろう」 「前は手足とか言ってたじゃねえか……」  徹平は苦い顔で右目をさすった。  その時、寝台(ベッド)に横たわるゆかりが「うぅん……」と唸った。このままでは彼女を起こしてしまう。そこで三人はゆかりの寝室から一旦退室し、徹平達に当てがわれた客間で改めて話を聞くことにした。 「私は、ゆかり様をお慕いしておりました――」  腰を落ち着けると、三俣はぽつりぽつりと話し始めた。  物心ついた頃には、三俣は沢渡静司の愛猫『タマ』として大層可愛がられていた。何も知らず、ただ猫らしくのんびりと日々を過ごしていた。  しかし、彼女が現れた。忌まわしき鍋島の血を引く女。一目見た瞬間、奥底に眠っていた己の使命を思い出した。この怨み、晴らさでおくべきか――  よもや呪われているとは露とも知らず、ゆかりは甲斐甲斐しく猫の世話を焼いた。始めは冷たくあしらっていたが、彼女の陽だまりの如き暖かさに触れ続ける内に、次第に心を開くようになっていった。  同時に、自らの宿命に疑念を抱き始めた。何故、鍋島の直系でもない女子(おなご)を呪わねばならないのか? 怨むべき光茂本人は、とっくにこの世にいないというのに。  鍋島の血を呪う。怨みを晴らす。それが宿願。けれど、呪いたくない。怨みなどどうでもよい。相反する感情に板挟みになったタマは、ゆかりの前から姿を消した。  しかし、どうしてもゆかりの笑顔をもう一度目に焼きつけたい。そんな強い想いに駆られ、タマは人間に化けて屋敷に入り込んだ。何も知らない沢渡やゆかりは、タマを三俣という架空の書生として迎え入れた。 「叶わないことなど承知の上なのです」  ただ、彼女の傍にいられて、その笑顔を見られればよい。三俣はそう語った。しかし、 「あのさぁ……アンタ自身に彼女を呪う気がなくとも、ゆかりさんが日々生気を抜かれて窶れているのは事実だ。このままじゃ彼女は死ぬってもう解ってるだろ? アンタはゆかりさんを慕っていると言ったが、その気持ちも立派な呪いになってたんだよ」  溜息混じりに徹平は断じた。三俣がゆかりへ向ける強い想いは、愛憎を超えた執着となっている。彼女の身を害する、呪いと呼べる強い執着。それこそが猫の呪いの正体。 「そんな……では、私はどうすれば……」  三俣が目に見えて動揺したその時。俄に邸内が騒がしくなった。
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