碌.犇めく思惑

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碌.犇めく思惑

 気づけば、徹平は自宅で横になっていた。頭が芯から痛む。小槌を使うといつもこうだ。自身の制御が効かなくなり、更に使うとしばらくは寝込んでしまう。人間が使うには負荷の大きい代物なのだろう。  ふと(おもて)を上げると、ゴローの双眸がこちらを見下ろしていた。 「やっと起きたか。怠惰を貪るのも程々にしておけよ」 「放っとけよ……いや、それより三俣さんはどうなった? 沢渡さんとゆかりさんは無事か?」  身を起こして畳みかけるように問いを重なる。ゴローは静かに答えた。 「猫畜生は娘を庇って命を落とした。猫は二度と呪うことはあるまい。まあ、当人共は猫がいたことも書生に化けていたことも、何も覚えちゃいないだろうが」 「そうか……」  徹平は嘆息した。ゆかりを呪っ(あいし)た三俣の死をもって呪いは解け、可愛がっていた猫は彼らの記憶の中から消えた。やるせなさが蟠りとなって残る。 「それよりも徹平、許可なく目を使うとは何事だ」 「ありゃ不可抗力だってえの。俺だって使いたくないんだよ」  だから軍を辞めたのだ。ただ、沢渡の屋敷に徹平がいたことはに知られてしまうだろう。徹平の気が重くなる。過去はいつまでも徹平を捉えて離さない。平穏な日々はとっくに崩れ去っていた。  × × ×  大牙は不機嫌だった。 「せっかくイノーと殺り合えたのに、邪魔が入って決着つけらんなかった」  部屋の隅で唇を尖らせていじける様は子供そのものだ。  闖入者により気を失った大牙が目覚めると、沢渡邸に立ち込めていた化け猫の気配は綺麗さっぱり消え失せていた。濡羽の式神を通じて撤退命令が届き、渋々引き揚げてきた次第だ。 「しっかしイノーってやっぱ強いんだなー。オレ久々にビリビリきたわ。また戦いてえなー」  九朗はへらへらと笑う大牙の胸ぐらを掴み、凄んだ。 「濡羽様の前で二度とその名を出すな」 「は? 何キレてんの意味わかんねー。あ、もしかして濡羽サンの元カレだったり?」 「貴様……!」  無礼な物言いに瞬時に激昂した九朗を静かな声で嗜めたのは、他でもない濡羽だった。 「よせ九朗。それより報告とは?」 「……失礼しました。連中は殲滅せしめましたが、その際に第六天党を自称していました」 「奴らの一味か」 「いえ、恐らくハッタリか、関わっていても末端でしょう。大したことのない連中ばかりでした」  大牙が沢渡家別荘へと押し入ったのと同時期、国家転覆を目論む物怪の一味が九朗の指揮下で一網打尽に討伐された。  徹底的に物怪が廃された今の世に不満を持ち、反乱分子として活動するモノ達が、八咫烏の目下の敵だった。第六天党を名乗る彼らが旗印として崇めるのは、欲界を統べる天魔の覇王――第六天魔王を称する。 「ねー、その第六天魔王とやらって強いの? オレ戦ってみたいなー」 「大牙、貴様……!」 「頼もしいじゃないか」  いきり立つ九朗を遮り、濡羽は微笑む。 「魔王を斃せるのは魔王だけだが……先代と互角だったと云う大牙なら、或いは届くかもな」  美しい笑みの中に垣間見えた寂寥に気づいた九朗は視線を伏せた。濡羽は今も待っているのだ。突然逐電した先代の帰りを。彼女は機敏に指揮を執りながらも、自身は隊長に相応しくないと考えている。濡羽が八咫烏を率いているのは、先代が帰る場所を守るためだ。彼女を慕う九朗にはそれが許せなかった。  濡羽の手を煩わせる第六天党、そして先代隊長。必ずこの手で屠ってみせる。九朗は胸中で誓った。
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