弐.魔王来訪

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「小僧、今は何年だ? あれから幾年(いくとせ)経った」 「先帝が崩御されてから十年は経ったかな。俺も詳しくねーけど、アンタとご先祖サマが会ってから軽く百年は経ってるんじゃねえの? ご先祖サマが生きてた頃から、帝もだいぶ代替わりしてるよ」 「そうか……そういうモノか。人の一生は儚いものよな」  呟いた山本の声には、仄かに感傷が滲んでいた。魔王にも人並みの感情があるのか、と徹平は余計なことを考えた。 「で、その魔王様が俺に何の用? さっき言った通り、ご先祖サマならもういないよ」  だからさっさと帰ってくれと言わんばかりの徹平に、山本は「うむ」と居直った。用件はこれかららしい。 「平太郎に預けた小槌を回収しに参った。貴様、徹平と言ったか? 子孫なら受け継いでいよう、わしに寄越せ」 「あー……それなんだけど」  語尾を濁し、ごにょごにょと言い淀む。視線はあらぬ方向を彷徨い、決して合わせようとしない。徹平の不審な態度に、山本は最悪の事態を察したようだ。じろり、と徹平を睨み、凄む。 「おい……まさか貴様」  言い逃れできない圧に、徹平は肩を縮こまらせながら、消え入る声でボソボソと告白した。 「えーと、売りました……」 「売っただと!? 貴様は莫迦か莫迦か貴様は!」  案の定、山本は激昂した。顔を真っ赤に怒鳴りつける。 「売ったのは俺じゃなくて親父だし、質に入れただけだってえの!」 「同じことだろう、この大莫迦者めが!」  散々罵倒され、徹平は臍を曲げた。唇を尖らせ、開き直る。 「だいたい、何で今更小槌なんて。ご先祖サマにあげたんじゃねーのかよ」 「……やむを得ぬ事情があるのだ」  渋い顔で呻くように言う山本。彼としてもあまり乗り気ではないようだ。 「わしの話は知っているな?」 「まあ、大体は」  魔王の座を賭け、神野(ジンノ)悪五郎(アクゴロウ)と山本は勇気ある少年を一〇〇人脅かす内容の勝負をしていた。その八十六人目に選ばれたのが、ちょうど友人らと百物語に興じていた徹平の祖先・平太郎であった。しかし平太郎はひと月に及ぶ怪現象を見事やり過ごし、山本の感心を買う。山本は平太郎少年の勇気を讃え、神野に襲われた際に打ち鳴らせと小槌を授けると、百鬼夜行を引き連れ消え去ったという―― 「あの小槌にはわしの妖力が込められている。わしは魔王として人と物怪の境界を守護する役目にあったが、近年保たれていた均衡が破られた」 「あー、そういうコト」  国を開き、文明開化を推し進めた政府は、旧時代のモノを徹底的に廃した。整備された道という道に街灯が灯る今、物怪が潜む暗闇は見当たらない。  世界は陰と陽の均衡で保たれている。片方の力が弱まり、どちらかに極端に傾いてしまったとしたら――待ち受けるのは混沌の世の中。境界を越え、人と物怪が相争う。そんな世界に変わり果ててしまうだろう。それだけは避けねばならぬ、と山本は語った。
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