弐.魔王来訪

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 ふーん、と徹平は気がない素振りで目を細めた。 「てか、そんなに大事なモノだったんならあげなきゃよかったんじゃねえの?」  山本は徹平をジロリと睨む。 「たわけ。わしは物怪を統べる魔王として仁義は通す主義なのだ。貴様のような人間とは違ってな」 「しつこいなぁ。売ったのは俺じゃねーって……」 「まあよい。失ったのであれば取り返すまでよ。それまで徹平、貴様にはわしの下僕(てあし)となって貰うぞ」  高圧的かつ一方的な宣言に、徹平は慌てて待ったをかける。 「いやいや、俺関係ねーじゃん!?」 「関係ないとは言わせぬ。貴様の父親も貴様も同罪だ。このわしの宝を手放したのだ、罰を与えぬだけ寛大だろうよ。違うか?」  答えず、不服そうな顔で口を引き結ぶ徹平を、魔王は凍てつく氷の目で見た。 「断るのであれば、対価として貴様の目玉を貰っていくまで」  耳なし芳一の話を思い出した徹平は、慌てて前髪に覆われた右目を隠した。 「魔王のくせに姑息な脅しするのかよ」 「代わりに貴様を質に入れないだけ温情を掛けてやっているのだ、有り難く思え」 「冗談だろ……」  徹平は愕然と項垂れた。魔王の下僕にされる、これのどこが温情だと言うのだろう? 「しかし、ふむ……この姿では些か時代遅れか。どれ、現代に馴染むとしよう」  言うや否や、山本の姿が煙に包まれた。煙が晴れると、そこには先の厳つい武士ではなく、愛らしい子供が立っていた。青みがかった黒髪と爛々と輝く金の眼。白のシャツに膝丈の洋袴(ズボン)という洋風な出で立ちは、英国辺りの貴族の子供にも見える。 「どうだ?」  少年はくるりと一回転して見せた。回転に合わせて柔らかな癖毛がふわりと揺れる。 「いや、むしろ浮いてるっつーか……何で子供?」 「(わらべ)の姿の方が、人間も物怪も油断するというもの」  金の瞳を三日月型に歪め、意地悪く笑う魔王。あ、コイツ性格悪いな、と直感した。  それからの山本の行動は早かった。子供の姿で外に飛び出すと、まずはハツ江夫人をうまいこと言い包めて居場所を確保。山本五郎左衛門改めゴロー少年は、徹平が預かっている“異国の血を引く遠い親戚の子供”として認知された。  そして日中家に篭りがちな徹平とは対照的に、よく外に出掛けた。本人曰く「今の人の世を知るため」らしい。  また、ゴローは街に出向く度に喧伝していたようで、いつの間にか徹平の棲家には萬屋の看板が掛かっていた。表向きは雑用をこなす何でも屋。然してその実態は、物怪専門の相談窓口。物怪絡みの相談事の裏には小槌が関わっている可能性がある、とゴローは断言した。  かくして、徹平はゴローの下僕(てあし)として馬車馬の如く扱き使われることとなった。徹平の安穏な日々は脆くも儚く崩れ去ったのだった。
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