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惨.猫屋敷
三俣青年が書生として住み込みで働く屋敷は、地元では知らない者はいない豪邸であった。政界に幅を利かせる沢渡公爵家、その次男が住む別荘だという。先方が寄越した自家用車に揺られて屋敷へと向かう。
「お客様用の送迎車に次男坊専用別荘か。流石、金持ちは違うねぇ」
皮肉をたっぷり込めて吐き捨てると、隣でゴローが鼻を鳴らした。明らかに莫迦にしている。
「悔しければ、貴様も出世してみるのだな。怠惰を貪る貴様には土台無理な話だが」
「いーよ、どうせ俺には出世とかそういうの向いてないって」
臍を曲げた訳ではなく、心からの本心であった。権力闘争に利用されるのは御免被る。世捨て人でいる方が身の丈に合っている、とも思う。
車に揺られ、街から少し離れると、その屋敷は木立の中でもはっきりとその姿が判るほど立派に聳え立っていた。
「お待ちしておりました」
屋敷の前では、三俣が慇懃な姿勢で出迎えた。対照的に、徹平は軽く右手を上げて挨拶する。
「どーも」
「では、中に」
不躾な態度に怒ることもなく、三俣は屋内に二人を招き入れる。見慣れぬ豪華な装飾と広い玄関口に視線を彷徨わせていると、三俣が声を潜めて囁いた。
「お二方、まずはゆかり様に会っていただけますか。ですが猫の呪いの話は、どうかご内密に」
徹平は気を引き締めて頷いた。そも、今日はこのために沢渡邸を訪ねたのだ。
× × ×
「三俣さんのお友達? まぁ、遠路はるばるようこそおいでくださいました。この通り、体調が優れなくて。玄関までお迎えできなくてごめんなさいね」
上質な寝台から半身を起こした鍋島ゆかりは柔和な笑みが似合う可憐な女性だった、しかし、三俣の言う通り、すっかり窶れてしまっている。目の下は窪み、隈と深い影で縁取られた瞳は寝不足のせいか、生気が感じられない。
長く起きていると身体に障るとのことで、簡単な挨拶を済ませると早々に退室した。部屋から出ると、ゴローが小声で耳打ちしてきた。
「徹平、見たか? あの娘」
「ああ、ありゃ重症だな。早めにどうにかしねーと、死ぬかもな」
「ほっ、本当ですか!? ど、どうすれば……」
二人の会話を耳聡く聞きつけた三俣青年が、激しく動揺しながら詰め寄ってきた。徹平はそんな彼を適当に宥める。
「あー、落ち着いて。これから原因と対処法を調べるんでしょ」
「そんな悠長なことを言っていられますか! もしもゆかり様に万が一のことがあったら、自分は……」
「どうした、三俣?」
声を詰まらせる三俣青年に声を掛けた者がいた。屋敷の主人、沢渡静司だった。
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