惨.猫屋敷

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「静司様。紹介が遅れて申し訳ございません、昨日(さくじつ)お話ししておりました、自分の学友の稲生と、彼の弟のゴロー少年です」  弟、という単語にゴローは気分を害したようで、密かに眉を顰めた。徹平の背筋がひやりとしたが、魔王は猫をかぶり通すと決めたようだった。特に文句を云い出すことはなかった。 「三俣から話は伺っております。何もない片田舎ですが、どうぞ、ゆっくりしていってください」  沢渡静司は金持ちの次男坊の割には人の好さそうな、絵に描いたような好青年という印象だった。魔王と下僕に向かって柔らかに頭を下げると、その場から退がろうとする。そんな静司の裾を引いた者がいた。畏れなど知らぬ魔王(ゴロー)だった。 「ねー、猫は? いないの?」 「猫? ああ……タマのことか」少しの間首を傾げた静司だったが、すぐに思い当たったようだ。「あの子が姿を消してしばらく経つが……そうだね、今も元気でいるといいが。なに、猫は気まぐれだからね、その内帰ってくるだろう。その時は君に見せてあげよう」 「ほんとう? やったぁ」  ゴローは嘘に塗れた笑顔を浮かべた。  × × × 「この屋敷、どうにも獣臭くて敵わん」  案内された客間に通され、ゆかりが臥せていたものと負けず劣らずの豪奢な寝台(ベッド)に身を投げ出すなり、ゴローは被っていた猫を投げ捨ててうんざりと吐き捨てた。 「ふーん。沢渡さんが他に猫や動物を飼っている気配はないっぽいけどな」  気のない返事をすると、じろり、と冷ややかな視線を向けられる。 「貴様の目は節穴か? 屋敷全体に化け猫の臭いが染みついているだろうが。娘が伏せっているのも、大方屋敷に棲み憑いた化け猫に生気を吸われているからだろうよ」 「はいはい、どーせ俺は片目しかマトモに見えませんよ」  徹平は眼帯の上から右目をなぞる。幼少期の怪我が原因で、本来であれば景色を映し出すはずの右目はまともに機能しなくなっていた。とても他人様に見せられるものではないため、外出の際は眼帯を付けるようにしている。 「しかし、同じ屋敷に住んでるのに、どうして沢渡さんに被害はないんだ? ゆかりさんが鍋島家の子孫だから? まさかな……」  弱々しく臥せていたゆかりに対し、静司は健康そのもので、自分の足で歩き回っていた。となると、やはり三俣の言う通り化け猫とやらはゆかりにのみ狙いを定めている可能性が高い。 「なら、直接確かめてみればいいだろうよ」 「直接?」 「化け猫とやらは、夜な夜な娘の夢に現れるのであろう? ならば、娘の部屋で張り込めばいい。飛んで火に入る夏の虫、捕まえる手間も省ける」  簡単に言ってのけると、ゴローは鼻で笑った。
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