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幕間.烏合無象
同日、帝国軍本部にて。
「帝都の結界に未登録の物怪の出入りがあったようです。階級は丙相当」
床に対して垂直に直立する男の左頬には大きな裂傷の痕が生々しく残っていた。男の報告は事実と要点だけを淡々と述べる。直立不動の男の前には大きな文机があり、軍服に身を包んだ気丈な面持ちの美女が腰掛けていた。女は机に肘をついて指を組み、じっと男の報告に耳を傾けている。
「丙程度とはいえ、放っておけば人間に害を及ぼす危険があります。濡羽様、どうかご指示を」
濡羽と呼ばれた女性は長い睫毛に縁取られた黒真珠の眼を少しだけ伏せた。それから面を上げ、凛と告げる。
「〈八咫烏〉先代からの悲願だ。どのようなモノであろうと、物怪は全て滅ぼす」
「はっ。濡羽様の仰せのままに」
濡羽に恭しく頭を垂れた男は、打って変わって高圧的な態度で振り返った。
「話は聞いていたな。大牙、貴様が討伐して来い」
暇を持て余し、男が上官に報告している間に刀の手入れをしていた赤毛の青年は露骨に顔を顰めた。
「えぇ〜、オレぇ? めんどくせぇ〜、九朗が行けばいいじゃん」
「俺と濡羽様は別件で忙しい。近頃帝都を荒らす不届き者が絶えぬのでな、このような些末事に煩わされるほど暇ではない」
眉一つ動かさず述べる九朗の冷徹な物言いは、火に油を注ぐだけであった。
「はぁ〜、何ソレ? オレはどうせ暇だから雑魚の相手でもしてろってことかよ。いっつも偉そうにしてっけどさあ、濡羽サンならともかく九朗は何の権限があってオレに命令してんの? 一度でもオレに勝ってから物を言えよ、雑魚」
「濡羽様の前だぞ、口を慎め。本来ならば貴様のような下人を官として扱うなどあっては――」
「大牙」
二者の険悪な空気を吹き飛ばす、濡羽の鶴の一声ならぬ鴉の一声。口論がぴたりと止まる。濡羽は大牙の顔を見、にこりと微笑んだ。
「好きに暴れていいぞ」
大牙はヒュウと口笛を吹くと「二度とない!」と叫んだ。
「濡羽サンがそう言うなら、〈八咫烏〉特攻隊長の実力見せてやりますよ。あっ、そーだ。適当な小隊使い潰していいです?」
「構わん。好きにやれ」
「了ー解! んーじゃ、暴れますかぁ!」
今泣いた鴉ならぬ怒った鴉は、先の不機嫌はどこへやら。大牙は軽い足取りで部屋を後にした。九朗はその後ろ姿を呆れながら見送る。
「濡羽様、よろしいので?」
「いいんだ、九朗。人にはそれぞれ長所がある。お前が文に長けているように、大牙は武に長けている。一人一人では烏合だが、個々人の才を活かしてこそ軍だ、と私は考える」
「はっ……濡羽様のためならば、俺は俺の持てる全てを使い切る所存です」
濡羽の言葉に心打たれた九朗は、再び恭しく頭を垂れて傅いた。その手に抱えられた資料には沢渡公爵家次男の別荘への地図が載っていた。
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