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『化け猫は呪わない』
「ここか……」
自分は瀟洒とも言い難い、古ぼけた二階建ての木造長屋を見上げた。二階には端切れの板で作られた簡素な看板が掛かっており、達筆な字で「稲生萬屋 よろず相談承ります」と書かれていた。
普段ならば怪しくて決して近寄らないような場所ではあるが、背に腹は変えられない。猫の手も借りたいほどなのだ。彼女を悩ませている問題を解決してくれるかもしれない――そんな淡い期待を胸に階段を登り、木で造られた玄関戸を叩く。
「はぁい」
とたとた、とあどけない足音が近づいてきたと思えば、引き戸が横に勢いよく開かれた。
「お客さん？ ご用をどーぞ」
にっこりと破顔したのは、不思議な雰囲気を纏う少年だった。齢は十前後といったところか。青みがかった柔らかな黒髪と、月を思わせる黄金色の丸い眼が印象的だ。どこか浮世離れした見目から、英国の血を引いているのかもしれない。近頃は外つ国の人間をよく見かけるものだ。
しかし、目的の人物がこんなにも幼い子供だったとは。意外な人物の出迎えに面食らった自分は、少しだけ反応が遅れた。恐る恐る、少年に尋ねる。
「ええと、貴方が稲生さん……ですか？」
少年は「ううん」と頭を振った。
「いのーはてっぺーだよ。ボクはゴロー」
舌っ足らずながら、ぺこり、と礼儀正しく頭を下げるゴロー少年。そんな愛らしい姿につい、緊張していた相好が弛む。
「ご丁寧に、どうも。自分は三俣と申します。此度は稲生さんに用があって伺いました」
「じゃあ、入って」
ゴロー少年に誘われ、客間に通される。外観は昔ながらの木造長屋ながら、玄関から直結する客間は洋風になっている。簡素な造りの室内には、中央に鎮座する文机を挟んで左右に座椅子が二つ。
自分にソファに腰掛けるよう勧めたゴロー少年は、そのまま奥に引っ込んだ。
「てっぺー、お客さん」
「あー……？ 適当に追い払っとけ、めんどくさい」
もしかして、ここからでも見える、奥でもぞもぞと動いている布団の塊がここの主なのだろうか。藁にもすがる思いで訪ねてきた自分は、早くも後悔し始めていた。
肩を竦めたゴロー少年が布団と一体化した塊に何やら囁くと――自分にはよく聞き取れなかったけれど――布団の塊は渋々、といった様子でのっそりと起き上がった。その様は、冬眠明けの熊。寝癖だらけの長い黒髪をぐしゃぐしゃと掻き毟り、着物が豪快にはだけているのも気にせず、こちらに向き直る。
だらしのないその人は、一言で表すならば「不思議なひと」だった。ひょろりと高い背丈を包み込む黒の着流しはヨレヨレで皺が目立つ。無造作に伸ばした長い前髪で右目は隠れているものの、どうにか見える黒目がちな左目は切れ長で、鋭く怜悧な光を灯している。陰気でありながら、どこか圧倒される雰囲気を醸し出していた。
「あー、どうも。俺が稲生です。えーと、何だっけ？ そうそう、怪奇現象の相談、よろず承ります、だ」
云い慣れていないのか、ところどころつっかえながらも謳い文句を唱える稲生。せっかくの決め台詞だというのに、喋り方はどもりがちでハキハキしておらず、喋ると残念度合いが何倍にも増して見える。
「それで、今日はどういったご用件で？」
稲生の鋭い片目に射竦められ、自分は緊張しながら口を開いた。
「――猫の呪いを解いてほしいのです」
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