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ふぅっと軽く息を吐き、トレーを胸に抱えたままドアにそっと背を預ける。
そこでようやく、自分が思いのほか緊張していたことに気づく。
――よかった。
清宮を目の前にしても何も感じなかった。
好きでも嫌いでもない。
ただ心が動かなかった、それだけ。
彼は転職先の新しい上司で、第一に、的確にサポートしなければならないボス。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただの、給料をもらうためだけの人。
彼と対面するまでの間、ずっと。
あの頃に引き戻されたらどうしようと、一抹の不安が心に渦巻いていた。
でもそれは杞憂だったのだと、美月は胸をなでおろす。
決して相性がいいとは言えないけれど、前職の上司に比べればどうってことない。
初めての転職活動は一筋縄ではいかなかった。
ここに至るまでの苦労を思い返せば、どんな皮肉や嫌味にだって耐えられる。
――うん、大丈夫。
美月はおまじないのように唱えると、足早に秘書室へ戻っていった。
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