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三章
健人と雪子は戦慄する。
この場に、兄弟でも双子でもない、顔そっくりの人物が二人も存在しているのだから。
「久しぶり。というわけでもないか」
もう一人の〝健人〟が鏡の中から現れたのだ。
「健人さんが二人……?」
雪子は驚きを隠せなかった。
無理もない。
この世の中に、早川健人という人物が二人も存在しているのだ。無論、本人も複雑な心境になっていた。
「お前……」
「ハハ……無理もないか……鏡の中の俺が実体化できるなんてな」
もう一人の健人は隣に立つ青年を見た。
「俺が必要なのか?」
もう一人の健人が言った。
「こちらの――鏡の健人さんは荒いというか……なにか違いますね……」
雪子はもう一人の健人を見定めているように見つめていた。一体、俺をどういう男に見られているのか気になってしまう。
健人はそっと雪子を盗み見る。
「そうか? まあそこにいる健人よりは役に立つさ」
「うるせえ!」
健人はペンダントを握りしめた。
その動作を見た青年は、健人が握るペンダントを手で振り払う。
「待て。せっかくの機会だ。二十五日の日、夜の天河学園高校の校門で会おう」
「おい、待て! 罠でも仕掛ける時間でも作る気か?」
「何を言っているんだ。王の継承者候補を貶めてどうするというのだ?」
「だったら……今でもいいだろ?」
「君は二回も変身した。体が持たないのは知っているだろ?」
「気を使ってくれるのですか?」
雪子は言うと、もう一人の健人が笑う。
「健気な女だ。良かったな〝健人〟くん」
もう一人の健人は健人に視線を変えて、にやりと笑った。
「嫌な性格だ……」
健人は顔をしかめた。
どうやらこちらの性格が本当の、もう一人の健人の性格らしい。
ひょっとしたら俺の心の奥底にもこういう性質があるのかもしれない。もう一人の俺は、俺なのだから――
「わかった……悔しいがあんたの言う通りだ」
「わかってくれると助かる。正しい判断を期待している」
「ではな。健人」
青年は言い、もう一人の健人は青年の口調を真似た。
二人は、その場から消えるように去って行った。
四月二十四日。
午後二時。
窓際の後ろから二つ数えた席に座る健人は、教室でおとなしく授業を受けていた。
丁度、1905年のポーツマス条約の日本側の権限は――という問題が教師の口から聞こえてくる。つまり、歴史の授業中である。
健人は呆然と机に腕膝を付けては顎に手を当てて、隣の窓を眺める。
空は青々と広がっていて、俺が一度死人であり幻影であることを忘れさせてくれる。
幻影になれない人間は空を眺めることはできるのだろうか?
そんな考えが脳内を過らせていた。
黒板から鳴る音が止まった――
そして鉄の上にからんと物を置く音――
「健人、この問題をこたえてくれ」
教師が手に白いチョークの粉をつけて、健人を指名した。
「健人!」
「あっ、はい」
健人は立ち上がった。
だが、わからなかった。授業の内容が全くっていいほど耳に入っていなかった。今、歴史の授業を受けているのさえ忘れていた。
「まったく……」
教師が呆れて次の生徒を指名した。
「はい」
左斜めの隣の秀才風の男子生徒が立ち上がった。
「答えは小村寿太郎です」
秀才風の男子はふっと笑みを浮かべて、着席した。
何となく顔は似ていないが、雰囲気があの青年と被せて見えてしまっていた。
幻影の王――青年や他の幻影となる人物には統括する存在が必要なのだろう。
そして、幻影の力は成人を超えると大幅に増幅する。
よって、人間として生活するには厳しい――恐らく成人した青年は人の姿でありながら魔力のようなエネルギーを視覚化できるほどに成長したのだろう。もし、制御が出来なければ恐ろしい事態を免れない。
もし、俺が成人を迎えていたらどうなっているだろうか?
王の素質を持っていたら間違いなく人間社会では溶け込めないだろう。下手すると存在をSNSに投稿して警察沙汰になり、マスコミに取り上げられて……犯罪者扱いされて……そんな想像がぼやけるように頭の中に浮かんでくる。
想像したくないが、脳がそうさせる。
やはり、考え過ぎなのかもしれない。
俺は少し、疲れている。
そう脳内を巡らせている内に、教師は眼鏡をかけ直していた。
「正解。まったく……これぐらいもできんとは……」
教師の嫌見たらしいため息交じりと共に、健人に届く声量で言った。
健人は反射的に教師の目を見た。
ひどく冷たい目だった。
教師はあの一件もあり、俺に対して冷たくあたる。
周りの生徒たちからもくすくすと笑い、それを機に、こそこそと俺の陰口を男女混合の仲のいいグループで言い始めていた。
一度死んだ人間だからなのか、こんな扱いにも徐々に慣れ始めていた自分がいた。適応というよりは、諦めに近いかもしれない。
健人はそっと、また窓へと視線を移した。
今日の最後の授業、数学が終わり、放課後のホームルームが早く終了する。
生徒のやる気のない態度やお喋りを始めても、担任の教師は注意することもなく淡々と進めていたため、早く終わっていたのだ。
生徒たちの騒めきは、今日に限って大きく聞こえる。
俺は教室を後にしようと扉を開けた。
今日の朝から、ひどく体調が悪い。
右腕から左腕へと力が抜けていく。同時に心に不満や孤独感が内部圧が高まって、全身に汗が流れ始める。
「参ったな……」
言葉に尽くせぬ数々の問題が、自然と脳内を支配していく。
健人は軽く呼吸し、視線を上げた。
一人の女子高生が俺を見ていた。
「一緒に探偵部に行きませんか?」
いつものお淑やかな声。
他人から見て、安心するような顔つき。
どこまでも自然でやわらかで、優しい香りが健人の鼻に漂っていく。
「あの……聞いてますか?」
雪子だった。
雪子は健人の目の前に立ち尽くしていた。
何故か、健人の心の奥底に拒否反応が起きていた。
雪子に対して、というより、自分自身だ。
まるで自分の影に怯える犬のように、ありもしない幻に怯えているような気分だ。
きっと死人であり、幻影である事実に対する不安が、今になって過ぎってきたのだ。
悪いと思いつつも、俺は雪子の横を右にすり抜けようとした。
「いや、今日は帰る」
「ちょっ、ちょっと!」
雪子は道を塞ぐように健人の前に立つ。
「何だ?」
「待ってください!」
「…………」
「…………」
間が空き、健人は立ち止まり、雪子が沈黙を破る。
「探偵部には寄らないんですか?」
雪子は健人に問いかける。
が、周囲は煮詰まった会議室のような空気を作っては冷たい視線と興味の眼差しがこちらに飛び交っていた。
先ほどの陰口をたたいていた男女グループも健人を盗み見てあざ笑っている。
「勝手に言ってろよ……」
男女グループを一瞥する健人の気が震えていた。
自分の事で精一杯だ。
今日は特別に疲れが生じて、体が追いついていかないのだ。
健人は雪子に視線を当て、
「用事がある」
地の底から沸くような声量で言ったが、突然、雪子が健人の腕をつかむ。
健人はバツが悪い雰囲気で、唇をかむ。
「もういいだろう……」
「でしたら公園に行きませんか?」
「公園に?」
「はい。公園です」
雪子は艶やかにほほ笑んだ。
二人は朝日公園に辿り着いた。
相変わらず人一人来ておらず、日曜日の明朝のような感じであった。一人でぼんやりするにはうってつけの場所には違いない。
二人は公園を歩く。
端から見てどう見られているだろうか。
きっとカップルか何かに見られているだろうが、今の健人にはそう考える気分にはならなかった。
今日に限ってなのか、それは自分でもわかなないし、わかりたくもないが、健人は雪子を一人の女性として意識してしまっていた。
「健人さん、今日は雨が降らなくて良かったですね」
「そうだな」
「私、傘持ってくるの忘れてしまって……濡れたら大変ですからね」
「ああ」
健人は上の空でこたえる。
俺の声は一人の少女と話す元気さえ無くしまったのだろうか?
自分に何か劣等感を感じる。
誰に対してか……
もう一人の自分にか……
健人は目頭を掴み、正気かどうか確かめる。
「健人さん! どうしたんですか?」
「いや、何でもない……それより、その……」
健人は言葉に詰まった。何を話そうか、まったく考えずに口を開いた。
「悪い、何でもない」
健人は気まずい気持ちになり、そう言った。
「あの……」
雪子が口を開く。
「少し脳を空っぽにしませんか?」
雪子はいつの間にか手に持っていた缶コーヒーを健人に渡した。
「すまない」
受けとる健人は缶コーヒーを開けて、口に運ぶ。
ミルクコーヒーだ。
1966年の発売以来、子供から大人まで愛され続けているロングセラーブランドである。
変とは言わないが、このコーヒーは昭和チックなパッケージだからか、今時の女子高生が手に持つと、少々シュールな光景に感じる。
冷たく、甘味が強いコーヒーが脳を加速させてくれそうな感じはしたが、そこまでの効果はなかった。けれど、おかげで気分で晴れた。
「落ち着きましたか?」
「お陰様でな」
「ふふっ」
雪子はほのかな微笑みを浮かべた。
だが、その瞬間、健人の聴覚に幻聴のような耳鳴りが始まった。外傷はないが音がせまるように近くなる。
耳を塞ぐが、音が鳴り止まない。
「健人さん!」
「っ!」
「しっかりしてください!」
雪子が腰を下ろして、健人を支える。
「どこか悪いんですか?」
耳を塞いだまま、健人は雪子を跳ね除けて、足元をふらつかせながら公園から消えるようにいなくなった。
空が僅かに橙色に染まっていた。
朝日公園から離れ、雪子から離れて数分は経っていた。
「俺は一体……どうなったんだ?」
健人は足を引きずるように歩いて、人影のない脇道を通っては見知れない森に辿り着いていた。木々が影を作り、全体的に暗いイメージを作り上げていた。
気が暗くなる一方、微かなせせらぎの音が唯一の心の救いだった。
「このままじゃ……体が持たない……」
健人は独り言が増えている自分に違和感を感じていた。
身体が弱ってきているのが、自分でもわかっていた。
「どうして……やはり変身し続けたからか?」
健人はぼやいて近くの水面に視線が映る。
鏡のように照らす光。
水面に映る俺は激しく消耗していた。
頬がこけて、肉が削げたように細くなっていた。
俺は、頬に手を当てた。
見間違えるほどまではいかないが、このまま同じ状況が続くと確実に痩せていくだろう。健人は思考を振り切るように首を振るった。
しかし、その行為に茶々をいれるように、水面に映る健人が途端に表情が変わる。
映し出された表情は、にやりと消耗する健人をあざ笑っていた。
健人の目には、そう映っていた。
もう一人の俺なのか。
それとも今の俺自身なのか。
額に汗を拭いながら水面を蹴って、奥へと進む。
「こんなときに……幻影と戦えというのか?」
周囲に五体の灰色のゾンビ。いつの間にか、健人は囲まれる状況に陥ていた。
どこから湧いて出てきたのかわからない幻影。
「仕方ない……」
ペンダントに力を込める。
健人は一瞬にして騎士へと変貌を遂げた。
機能が失ったような不備を感じる。
だが、人間の状態よりは自由がきいて、雑念が飲み込むように一時的に消えていた。
銀色の騎士は剣を銃に変形させて、灰色のゾンビに弾を撃ち込んだ。
弾は灰色のゾンビの体にめり込むが、体内に吸収されていた。
「こいつ、あの時のゾンビと違うのか?」
騎士の中の健人は驚いた。
怯んだように見えた灰色のゾンビは姿勢を正して、襲い掛かってくる。
まるで助けを求めるような態度。
もしかしたら、灰色のゾンビは幻影のなり損ないかもしれない。
健人は恐怖心に追い込まれる。
彼らもまた、元は生きていた人間なのかもしれない。
そう考えていると、体が自由に動かない。
やる気が削がれるような感覚と似た、自分が無気力に染まる実感が湧いて出てくる。
咲き始めた花を踏み、雑草も折れる。
土の泥には俺の足跡が残る。
俺は思わず後退りをしていた。
迷いが、体の自由を奪って動きが鈍くなっていた。
その時、空や景色が一変する。
薄暗い空気が生まれて、闇のベールに包まれていく。
漆黒の騎士は灰色のゾンビを次々と薙ぎ払った。
漆黒の騎士の影が現れると、もう一人の〝健人〟が影を通して現れた。
「相変わらず甘ちゃんだな」
「お前もペンダントの力が使えるのか?」
「当たり前だろ。お前に使えて、俺が使えないのはおかしいだろう」
「どうして俺を助けたんだ?」
「助けた? お前に死なれると困るからな」
「困る? むしろ好都合じゃないのか? 俺が消えるとお前が幻影の王となる」
「悪いが……俺は王に興味がない……」
「お前はあの青年と一緒に行動しているのは何故だ?」
「奴に呼び出されただけだ……別に目的が一致して行動しているわけではない。それはともかく、お前が消耗している理由は俺にある」
漆黒の騎士はそう言って、一本の剣を召喚する。
「お前が二人――存在している以上お互い消耗するだけだ」
つまり、この世に同一人物は存在してはいけないということか。
健人は納得した。
「だが、決着は明日のはずだ」
「ふん」
漆黒の騎士は鼻を鳴らして、空を見上げた。
「お前はその状態で明日まで待てるか? それに奴なら予測しているはずだ」
「案外、律儀だな」
「俺の目的は、お前と戦うこと」
影であるもう一人の健人はそう言った。
そして、漆黒の騎士は剣を構えた。
「行くぞ!」
漆黒の騎士は一気に間合いを詰める。
対し、銀色の騎士は左足を前にして、剣を右斜めに垂直に傘を持つように構えた。
「遅い!」
漆黒の騎士が至近距離に踏み込まれる。
銀色の騎士は構えがままならず防御に転ずる。
二人は交差し、お互い距離を取る。
尽かさず漆黒の騎士が剣を上空に振りかざし、魔法陣を描いた。
魔法陣から召喚される黒き竜は巨大な羽を広げて、天上を舞い、銀色の騎士を静かに見下ろしていた。
銀色の騎士は見上げる形になり、竜という存在がこの目で見るとは思わなかった。
が、漆黒の騎士は相手の気持ちを読み取るように笑っている。
「竜が珍しいか?」
「さあな」
「さよならだ……!」
黒き竜は渦を巻き、炎を吐き出した。
銀色の騎士は右、左へと回避する。
再び剣を持ち直して、黒き竜に投げつけた。
直線コースに剣が飛ぶ。
剣は竜の首に突き刺さった。
そして、竜は地に引っ張れるように羽を落とした。
「呆気ないな」
漆黒の騎士は自分が召喚した竜を一瞥して、そう言った。
だが、落胆する素振りもなく、手を空間にかざしてどこからともなく一本の槍を召喚して掴む。
不条理な闘いだが、負けるわけにはいかなった。
もう一人の〝俺〟をこのまま見過ごすのはできない。
理由はない。
俺の闘争本能が〝戦え〟と叫んでいるようだ。
その時、目眩や幻聴が嘘のように消えて無くなっていく。
「ウオオオオ!」
健人が叫ぶ。
銀色の騎士の周囲に金色の粒子が舞い始め、銀の鎧に黄金の輝きを示した。
胴体や背中、腕と足のパーツが解放された銀色の鎧は解き放たれて、銀色から黄金の色へと変化していく。
そして、黄金の騎士へと変貌を遂げた。
「チャンスだと思ったんだが……余裕がなくなったな」
漆黒の騎士は槍を構えて、左の方向へ走る。
未来のビジョンが一瞬だけ、健人の目に映像として映り込む。
翻弄するように動いて間合いを詰め、一気に牙を向ける漆黒の騎士が映像として鮮明に映り込んだ。
黄金の騎士は火を自在に操り、漆黒の騎士が辿り着くポイントを予測して火を着火させる。
火は地形を荒らし、足場を壊していく。
火は草木に飛び散って、炎上する。
黒き竜の死骸も同時に燃え上がっていく。
「おいおい! これはまずいだろ!」
漆黒の騎士の足場は崩されていき、必死にその場から離れる。
その瞬間。
黄金の騎士は待っていたかのように剣を振りかざして、一気に切り刻む。
無理のある姿勢で、地に膝をつけたまま槍で攻撃を防ぐ。
「お前、相当ヤバい奴だな……俺以上にさ」
「お前が言うか!」
「いや、言えるね」
槍で強引に剣を弾き飛ばし、横払い、突きへと攻めを継続する。
だが、回避せずに、黄金の騎士の胸部に切り刻まれる。
切り刻まれた傷跡は徐々に修復されて、黄金の騎士は素手で漆黒の騎士の頭部を掴んだ。
漆黒の騎士の体が宙に浮かぶように、地から離されていく。
抵抗は難しく、思ったように力が入らない。
まるで上から吸い上げられるように。
徐々に締めつけられる痛み。
黄金の騎士は本気だ。
本気で殺しにかかっている。
もう一人の〝俺〟に。
「闘いはこれからだ!」
黄金の騎士に変貌した健人はそう叫んだ。
そして、周囲は白の空間へと移り変わったのだった。
消えた健人を追うため、森林地帯に迷い込んだ雪子は、額の汗を拭いながら周囲を見て回っていた。
辺りは真っ暗で、歩くたびにその不安が増していく。
尋常じゃない健人の様子に、雪子は居ても立っても居られない気分だ。いち早く何かしなければならない。何とかならないかと。
でも、私に何ができるのだろうか。
雪子は歩くたびに脳裏からその考えが縛りつくように絡みつき、気に病んでいた。
森林の奥を一歩。
また一歩と歩き続ける。
雪子の目の前には、廃墟と化した教会が周囲から隔離されたように佇んでいた。
恐らく人はいないと雪子は見た。
途端、後ろから肩をポンと軽く叩かれた。
雪子は肩を震わせて、ゆっくりと後ろを振り返った。そして、危うく腰を抜かしてしまうところだった。
黒いジャケットの下にネイビーでまとめたシャツを着た男がいた。当然、周囲は暗闇のためか、雪子から見て暗くて見えない色彩だ。
「よっ!」
「か、一真さん!」
雪子は驚いた。
一度、いや二度死を経験した人間がいるのだ。
雪子は唖然として、ただ呆然と立ってしまっていた。
「やっぱりそういう反応になるよね」
頬をかく一真。
「やっぱりじゃないですよ!」
雪子は声を荒げた。
けれど、彼は――木龍一真は確かに目の前にいる。存在しているのだ。
でも、本人かどうか、わからない。
「ほ、本当に一真さんですか?」
雪子は疑いの眼差しを一真に向けた。
「ひどいな~~」
一真は空を見上げて、ラフに言った。
「雪子は俺が本物に見えないと?」
「そういうわけではありません。ただ、このご時世、何があっても可笑しくありませんから」
雪子は警戒してゆっくりと後ろへ下がる。
「待て! 俺はそんな怪しい奴じゃない」
「でも、ちょっと怪しいです」
「と言われても……」
「でしたら、どうして生きているんですか?」
「失礼な言い方だな」
「この際、疑うしかありません」
「でも正直、俺も何故生きているのかわからない。理由として考えられるのは二度目の死の直前、黄金の騎士の生命の活力が俺の幻影の力に増幅したのかもしれない。つまり、俺は永遠の命を手に入れたと言っても過言ではない」
「永遠の命……ですか?」
「ああ。確かに一度、いや二度に渡って命を落としたのかもしれない。だが、今はこうして生きている。黄金の騎士様はそれだけ強力な力を持っているということだ。だけどね……」
一真は雪子より前に出て、教会に向かって足を運ばせる。
「永遠というより、これじゃ俺はただのゾンビだ」
一真の発言に、雪子は笑った。
一真についていくように、雪子も歩みを始めた。
「そこでどうして笑うんだ?」
「ごめんなさい。ただ、一真さんがゾンビと言われてもあまり実感がなくて……」
「それはそうだ。俺も実感がない。だけど、俺は二度も死を味わった一真だ。つまり、本物の一真だ」
「わかりました」
「信用してくれるか?」
「ええ」
「本当に?」
「はい」
雪子は苦笑した。
「まあ……いいか。一応理解してくれたみたいだし……」
一真は軽い口調で言う。
二人は教会に向かって歩みを進める。
「ところで、健人はどうした?」
「健人さんは……突然どこか様子が可笑しくなって……私は健人さんを捜しています。一真さんもそうじゃないんですか?」
「まあな」
本当は、偶然ここに来ただけだということを話そうとしたが諦めて口を噤んだ。
偶々生きていて、偶然近くの浜辺で意識を取り戻したなんて言えなかった。
「それにしても気味の悪い教会だな」
「なんかお化けでも出てきそうですね」
二人はそう言って、暗い足元を注意しながら歩く。
教会の入り口付近まで近づくと、目の前に時計を持つ青年が現れる。
「やあ、少々お疲れ気味のようだね」
「またお前か……何の用だ?」
一真は雪子を庇うように前に出る。
「落ち着きたまえ。それはそうと……元気そうで何よりだ一真君」
「お前が俺を復活させたのか?」
「復活? 生きてこれたのは君の力だ。私は幻影の力で得た魔術で手を貸しただけだ」
「余計なことを……」
「死の願望でもあるのかい?」
「別に」
「なら、いいじゃないか……ただここで私と話すのが目的ではないだろ?」
青年は教会の扉を見据えた。
「ああそうだ。健人を迎えに行かなければな」
「そうです。教会の中にいるかもしれません」
雪子は言った。
「開けるとわかるさ」
青年はそう言い、巨大な扉を開ける。
教会のフロアは全身のガラス張り、そして無に近いと言っていい真っ白な空白の空間といった表現が正しいぐらいに、何も無かった。
まるで別の空間にワープしたようだ。辺り周辺をいくら見渡してもガラスは自分の姿を映し出すだけであり、歩いても何も無い。
歩みを進めても同じ景色。
「おい、まさか俺たちを罠に嵌めたわけじゃないよな?」
「信用がないな」
「当たり前だ」
「私が二人を陥れても何も得しない。寧ろ、無駄な行動だと言える」
「そうかい」
青年の言葉に、一真は適当に返事を返した。
その間、雪子が不安を過ぎってきょろきょろと見渡した。
「どうしましょう……健人さんを捜す前に私たちが迷子になってしまそうです」
「安心しろ。どうせ迷子になったら来た道に戻ればいいさ」
「残念ながらそれは無理だ。ここは鏡の世界。つまり教会から繋がる異世界だ」
「やっぱり罠だったのか!」
一真は今にも殴りそうな勢いで、青年を睨みつけた。
すると、青年は呆れて首を横に振るった。
「だから違うと言ったはずだ。ただ、君たちの目的は近い」
青年は指をさした。
その先には、黄金の騎士と漆黒の騎士の戦いが繰り広げられていた。
二人の騎士はお互いに刃を交えるが、漆黒の騎士が押され気味で、黄金の騎士は優勢に立っているように見えた。
「健人さんが戦っているの!」
「黄金の騎士が健人なのか? これはどういうことだ?」
「二人のどちらかが勝利を齎すと幻影の王の資格を得る」
「そんなの聞いちゃいない!」
一真は青年の胸倉を掴む。
掴まれた青年は嘲笑することもなく、ただ成り行きに任せていた。
彼の怒りもわかる。
一真に一度は黄金の力を与え、身を滅ぼさせたのは私。そして、次は健人に王の力が行き渡った。原因を作ったのは私だ。
私の目的は幻影の王を決めること。
後悔は無い。
「彼は選ばれた。それだけは理解してくれ」
「でも、あいつは……まだ学生だ」
「学生と言っても彼は一度死んだ身。幻影として復活し、騎士という称号も王の力も手に入れた。これ以上何が文句があるというんだ? もし、特別に彼が学生生活を送ったとして仮定しても……いずれこうなる運命になるだろう」
「そんな問題じゃない!」
「ここで私に怒りをぶつけても仕方ない。後、勘違いしないでほしいが、私の目的は最後まで
幻影の王の誕生を願っている。健人君にその主導権を渡したのは君だ。君の不甲斐なさが原因でもあるのだ」
「それはわかっていた。悪かった……元々その条件で力をもらったんだ……使いこなせない俺が悪い」
掴んだ手を離し、一真は舌打ちをして健人のところへと向かった。
「待ってください。私も行きます」
「危険かもしれない」
「私は健人さんを捜しに来たんです。今さら戻れません!」
と、雪子が言った。
「そりゃそうか」
一真は言い、それ以上は言葉にしなかった。
「あの……」
雪子は後ろにいる青年に振り向いた。
「何か言いたげな表情だね」
青年はふっと笑いをこぼして視線を雪子に向けた。
「どちらかの健人さんが倒れると、どうなるんですか?」
「そうだね。どちらかが消えて、残った騎士が王の継承者となるだろうね」
「あなたは、どうしてそんなに王にこだわるんですか?」
「質問ばかりだね」
「答えてください」
「仕方ない」
そう言って青年は歩いた。
「私は元から人間ではない。いや、この言い方は語弊がある……人間として見られなかったんだ私は。小さいころに私は時計屋を営んでいた父親のペンダントを拾ってそのまま学校に向かったんだ……」
青年は途中で話を止めて、時間を確認した。
十二時半に針が差し掛かっていた。
既に明日を向かていた時間だった。
「もう話は終わりだ。王の継承者が決まる時だ」
青年が言うと、二人の騎士はお互い、全身に錘がぶら下がっているように疲れ果てて地に膝をつけていた。
そして、意を決するように二人の騎士は立ち上がった。
お互い溶解が進む剣を投げ捨てて、拳を構えた。
二人の騎士は力を振り切って走る。
拳は交わり、交差する。
一瞬の時間が流れる。
二人の騎士は力を尽き果てるが、漆黒の騎士の体が揺らぐ。
漆黒の騎士の姿は解かれ、もう一人の健人が地に倒れ込んだ。
「じゃ、がんばれよ……健人」
笑みを浮かべたもう一人の健人は、見る影もなく消え去っていく。
砂が崩されるように。
あっという間だった。
死ぬというのは。
自分の死を見ているようで、気味が悪い。
心臓の鼓動が鳴り始めている。
黄金の騎士から解放された健人はただ呆然と立ち尽くしていた。
「健人君、おめでとう。晴れて今日から君が幻影の王だ。これで私の目標も達成したことになる」
「王? そうか……俺が勝ったのか……」
健人は自我が戻ってきたことを自覚して、自分の手のひらを見た。
「そうさ。君が勝利者だ。そういえば自己紹介が遅れたね」
青年は健人を見て、後ろに立ち尽くした一真と雪子に振り返った。
「私の名前は音也。王に仕える者だ」
音也は満足気に言葉を走らせた。
「これからどうするんだ?」
「幻影の王になった今、各地にいる幻影を管理する必要がある」
「管理?」
「ああ」
音也は不適に笑った。
「これ以上」
「増やさないためにね」
音也のセリフに口を挟む青年が突然と姿を現した。
「自己紹介しておくよ。別の未来から来た幻影の王、葛城信二だ」
ベレット帽を被り、白いコートを着た信二が丁寧にお辞儀する。華奢な体と少々やせ細った顔つきの信二はその場にいる三人を見て、健人を睨む。
健人は息を切らしながら、信二を見た。
「お前は誰だ?」
「お前? あいつが健人か……」
長い前髪を払い、信二が小さく舌打ちをする。
信二は音也を一瞥する。
「面白いことをやっているんだね。父さん」
信二が口を開くと、雪子は驚きの声を上げた。
「父さんって、ええっ!」
「嘘だろ?」
雪子は音也を見て、一真も釣られる。
その状況に、音也は呆れていた。
「葛城の性はもう過去に捨てたはずだ……それに未来から来ただと? ふざけるのも大概にしてほしいものだ」
「ふざけているのは父さんだ」
「なに?」
「父さんはもっと残忍だったよ。人間なんて胸糞悪い存在だって……どうして一緒にいるんだい?」
「何を勘違いしているんだ? それに私は君のような息子はいない。嘘はよくないな。未来なんて……この空白の空間にそんな力も無い」
「へえ……そんなこと言うのか……健人より僕が本物だということを教えてあげないとね」
信二はにやりと笑みを浮かべた。
その様は音也と瓜二つだ。
「そんなまがい物の王より、僕のほうが優秀だってこと証明してあげるよ」
信二はペンダントを鏡に差出し、鏡の中から緑の鎧が召喚されて信二の体に装着された。
「僕は王でもあり、幻影の騎士だ。名前はそうだな……グレムリンと名乗っておくよ」
「グレムリンだと?」
「昔の幻影の王が名乗っていたらしいね……父さん。それと健人……僕は認めない……!」
グレムリンとなった信二は自分の体を液体化して地面に潜り込んだ。そして健人の目の前に現れた。
液体状から姿を再構築して、グリムリンの元の姿に戻る。
「俺に用があるのか?」
「呑気な奴だ……」
「お前に恨みを買われる記憶がない」
「お前に無くても、僕にはあるんだ!」
グリムリンは健人の首に掴みかかる。
「信二と言ったな……」
「ああ……未来では世話になったよ」
「未来で何があったのか、知らないがこちらも容赦はしない」
首を掴まれつつも、健人の右目が動く。
その合図をしかと受け取った音也。
音也はペンダントを上空に掲げて、光を纏った。
「お前も騎士だったのか!」
一真は驚き、音也は一真ではなく雪子に振り向いた。
「私は今から王を助ける。依存は無いね?」
「は、はい」
雪子は突然の音也の言葉に、ただ頷くしかなかった。
「では、行くとしよう」
青の騎士となった音也はこの場から消え去り、グリムリンの背後に回る。
「背中を頂くよ」
青の騎士は奇襲に成功し、空間から呼び出した鎌状の武器を魔力粒子で作り上げて、グリムリンの背後に斬りかかる。
魔力粒子は、音也が幻影となり青年へ成長したころに得た一種の特殊能力でもある。現在、自由自在に魔力を操れるのは、音也と黄金の騎士の本当の力を引き出せる者だけだ。
「王に近寄るな!」
青の騎士の攻撃により、グレムリンは怯む。
グレムリンから解放される健人は、隙を見てペンダントをかがげる。
健人は黄金の騎士へ変わる。
そして、目の前の状況に足を踏み込むために一真は走り出した。
「雪子はどこかに隠れてていな!」
言われた通り、頷いて引き下がる雪子。
できるのだろうか。
もう一度幻影に。
騎士に。
一真はペンダントを掴み、光に包まれる。
赤を基調とした鎧が浮遊し、光の中へ吸収される。
そして、一真は赤の騎士の力を得て、変身を遂げた。
「邪魔だよ。どいつもこいつも……」
「そうかい」
青の騎士はつかさず二発目の攻撃を加える。
容赦のない一撃を、グリムリンに致命的ダメージを与える。
「三対一なんて……汚いじゃないか」
「俺はここから早く出たいんだ。だから邪魔しないでくれ」
赤の騎士は弓矢を召喚して、手に持つ。
「俺、元弓道部なんだ」
「知るか……お前の……部活なんて!」
グレムリンは透明の壁を作り、解き放たれた矢を防ぎ切る。
「こんなものか」
赤の騎士は弓に手をかざして、首を傾げた。
「調子に乗るのは今だけだ」
グレムリンは飛翔し、赤と青の騎士を飛び越えて黄金の騎士へ掴みかかる。
黄金の騎士は反応が遅れて、グレムリンの爪で切り裂かれる。
軽傷であったが、黄金の騎士が怯むには十分だった。
「何故俺を狙う?」
「言ったろ? 君がいると僕は生まれてこないんだ」
「生まれてこないだと……?」
黄金の騎士は一瞬だけ手を止めて、信二の言葉に耳を貸した。だが、それが仇になってグリムリンの斬撃がくる。
風を切るほどの斬撃波。
斬撃を受け止め、剣を振り切った。
「君は優しいんだね。僕の言葉に耳を貸すなんて」
「さあな。優しいとか言われても実感がない」
「だろうね。君みたいな人はさ」
グリムリンは地に魔法陣を呼び出した。
無数のグレムリンの集合体を呼び起こした。
「どう? ぼくの力はこんなこともできる」
「何が力だ。それは王から力を借りただけじゃないか」
「でも、使いこなしている僕の力という解釈もある。つまり僕の力でもある。後、このまま戦いを長引かせてもいいのかな?」
そう言い、グレムリンは自分の分身である劣化体を地上へと潜らせた。
「お前は何がしたいんだ?」
「見てみなよ」
グレムリンは鏡をモニター代わりに地上の姿を映し出した。
平穏に教室で授業をして、真面目に聞く生徒や居眠りする生徒が映し出されていた。外ではテニスや野球をする部活員がせわしなく動いている姿。
それぞれの学校の内部を鏡越しで、黄金の騎士の本体である健人に見せつけた。
「後数分で地上に辿り着くよ。この意味、わかるよね?」
「俺が狙いだったんじゃないのか?」
「そうだよ」
「だったら、なんでこんなことした?」
「こうするのが、一番効果的だと思ってさ。君とまともに戦っても正直勝てるかどうかわからないからね……さあ、どうする? 僕を倒すか、あるいは学校を守るためにこの空間から出ていくかい? もっとも、君は優しいけど同時に人に絶望や憎しみを抱いていると見えるんだ」
「そんなことは」
「ないって言うのかい?」
グレムリンは呆れて鎌を横に振るう。
間に合ったのか、青の騎士と赤の騎士が同時にグレムリンの攻撃を防いだ。
「奴に耳を貸すな」
「右に同じく」
青の騎士である音也は言い、同意する一真。
「王よ」
「俺のことか?」
「ああ。もう君は幻影の王だ。慣れてくれないと困る……それはさておき、彼を倒すのが一番の解決策であると思える」
「お前はそれでいいのか?」
「ああ。構わない」
「躊躇っているのか?」
一真が話に割って言った。
「まあな……音也の息子なんだろ? 一体どんな未来が見えているのか……俺には知らない。けど、幻影の王が信二であり、音也の息子であるに違いない」
「だが、私は関係ない」
健人の言葉に、音也は強く否定した。
「第一に今の私に息子はいない。それに王は君だ。未来は彼かもしれないが、既に時の流れにずれが生じている。未来の王は信二であり、君は存在しない未来だ。そして君は現在、王として誕生して私たちの王である」
青の騎士は言った。
「俺は納得できない。だが、今倒すべき相手は信二だ」
赤の騎士はじれったい気分を抑えて、黄金の騎士に振り返った。
「しかし、俺にもう一度人を殺せというのか?」
「だったら、天河学園がどうなってもいいのか?」
「そこまで学園に思い入れしているわけでは無いさ」
健人はやる気のない声量でこたえた。
「見捨てるのか?」
「どうだろうな……助けてどうにかなるものでもない気がする」
「いいのかそれで!」
黄金の騎士である健人がいうと、赤の騎士である一真が胸倉を掴みかかる。
「お前は幻影である前に探偵部じゃなかったのか!」
「探偵部は別にヒーローでも何でもない」
「熱くなるな、一真。王はこれ以上傷つけられるのが怖いのだろう」
青の騎士はグレムリンを警戒して、振り向かずに言った。
赤の騎士は手を放して、青の騎士に視線を変えた。
「お前もお前だ。確かに未来の息子かもしれないが、思うところがあるんじゃないのか?」
「無い。そんな悠長に構えられるほど余裕は無いのだ。未来がどうあれ、現に未来は変わっている。後は私たちが選ぶべきだと思うがね?」
「未来の息子がいるのに?」
「残念ながら人間が思うような感情は無い」
「人間を憎んでいるのか?」
「あながち間違いではない。元人間である私が言うのも変ではあるが、人間に品性を求めるのは良くない」
「人の姿でよく言うよ」
「私もそう思うよ」
青の騎士はそう言い、黄金の騎士へ向き直る。
「でも、今、信二を倒さなければ学校だけではない……グレムリンの配下の手によって地球を制圧される可能性だってあるかもしれない。それに彼女はどうするんだい? 彼女は幻影でも何でもないただの人間だ。彼女の生きる場所を壊してもいいのかい?」
青の騎士に続いて、赤の騎士が頷いた。
「それなら俺も同意せざるを得ないな。雪子さんの居場所を守るためなら戦ってもいいんじゃないか?」
黄金の騎士は赤い騎士である一真の言葉を耳に、グレムリンを横目に近づいた雪子を見た。
「どうして来た! 早く隠れろ!」
「隠れる場所が限られています。それに……いえ」
雪子は被りを振るう。
「健人さん! 戦ってくださいなんて言いません。だけど、自分で正しいと思う選択で動いてほしいです……勝手な言い分ですけど……」
雪子は声を震えているの必死にこらえて、そう告げた。
「……彼女にこたえてもいいんじゃないか?」
一真が言い、
「私は早くこの問題を処理したいと思っている。皆、王の決断を待っている」
音也が言った。
三人の言葉に、黄金の騎士である健人が剣をつかみ取る。
今、ここで覚悟を決めるしかなかった。
黄金の騎士は剣の柄を握りしめる。
「……信二を倒す」
「ではいくとしよう」
音也があっけらかんと言う。
「いいのか?」
健人が音也に確認を取る。
「もう既に答えが出ていたんじゃないか……私に許可を取る必要はない。君がすべて決めるべきだ」
「なら、俺は信二を倒す」
三人の騎士はグレムリンを標的に、刃を向けた。
「そうか……それが君たちの答えなんだね」
「ああ」
「だったら……例え父さんでも容赦はしないよ」
グレムリンは三人の騎士に襲い掛かる。
剣と剣が交わる。
三人の騎士は一斉に対等する。
三人分の力を持つグレムリンは強力で、グレムリンの力が安定しないとはいえ、幻影の王が持つ力は侮れなかった。
魔力を応用した電撃のエフェクトが、三人の騎士を向かい撃った。
青の騎士と赤の騎士は左右に攻撃を避ける。
黄金の騎士は対抗するため、電撃を打ち消した。
「くそっ!」
グレムリンは二度目に炎と氷の魔法が飛び交う。
炎と氷は空中で交わり、結晶になって宙を進む。
すぐさまに思考を切り替えた黄金の騎士は、魔法を用いた風で結晶を空中へ吹き飛ばした。
結晶は天井の無い空間の上に向かって爆散する。
「早く決着をつけよう」
青の騎士は言った。
三人の騎士がグレムリンを囲むように散開。
警戒しつつも、三人の騎士は空間の力が作用して、疑似的な魔法を生み出し炎の渦がグレムリンを囲って抑制する。
「僕を混乱させようとしているのか?」
余裕が消えたグレムリンは焦りを見せた。
「残念だったね」
青の騎士が先行して斬りかかる。
渦に囲まれたグレムリンは無理矢理こじ開けるように解き放ち、斬撃を予測して避ける。
「まだ終わりじゃないよ!」
グレムリンが次の行動に移行する瞬間、
その隙を見逃さず、赤の騎士が追撃する。
黄金の騎士は空間か魔力の力を借りて、地水火風を宿ったオーラが剣の先に集まっていく。
「終わりにする!」
黄金の騎士は全力で駆け抜け、グレムリンを一閃する。
グレムリンは音を立てずに地に倒れる。
そして、満足気に天の字を描くように地面に寝そべる。
「さよならだ……父さん……そして……」
グレムリンは最後には笑い、健人を一瞥すると呆気なく空間から消え去っていく。
空間は消えて、元のいた場所である礼拝堂へと戻っていた。
風が揺らす草木や木々の音。
雨の音。
雷の音。
グレムリンの計画を阻止し、平和を取り戻したという実感が全く無かった。
寧ろ、まだ続くような空気だ。
黄金の騎士は時間が止まるように、数秒動きが止まった。
「終わったのか……」
三人の騎士は変身が解かれ、健人は消えたグレムリンを見送ると同時に呟いた。
「これでよかったのか?」
一真は横目で音也に言った。
「仕方ないだろ……戦わなければ私たちが殺されていた」
「それは勘弁」
音也の言い分に納得する一真。
その後ろで、目を見開いて両手で口を塞ぐ雪子が、声の出ない悲鳴を上げていた。
「け、健人さん……! その血は……どうしたんですか……?」
雪子の言葉に反応した一真と音也。
二人は同時に健人の右手の傷や頬の傷に注目する。
右手の傷や頬から流れる緑の血。
人が流す血では無かった。
人間が流す赤と黒の血では無く、緑一色に染まっている血。
健人は自分の血を見て、不思議にも何とも思わなかった。
「お前……その血……」
一真は驚いて健人の肩を支える。
「俺はもう人間じゃないのか……」
「立派な王として進化したのだ。寧ろ喜ぶべきだ」
「ふざけるな!」
一真は拳を握りしめ、音也の頬を殴る。
「君だって……いつまでも人間の世界に溶け込めると思っているのか?」
殴られた勢いで、音也は地面に倒れる。
「俺は……」
一真はもう一度殴りかかろうとした拳を引っ込めて、言葉を失った。
死んだ人間が偉そうに言える立場ではない。
まして俺は、人間という立場を一度は捨てた身だ。
一真は一旦一呼吸して、音也に手を差し伸べた。
「悪かった」
「分かればいいさ……」
手を借りて立ち上がった音也は、雪子に時計を渡した。
「これは……時計?」
「約束してくれ。王――健人は私が責任を持って守る。その代わり、幻影と健人の存在は他言無用だ。幻影を真実を知った人間の君にしか頼めない」
「わかりました」
雪子は時計を受け取り、健人を見た。
「あの……健人さん……」
雪子は健人に近づいた。
「私もついて行ってもいいですか?」
だが雪子の言葉に、微笑みながら首を横に振るう健人。
「雪子……お前は人間だ。人間の世界で生きてほしい」
「だけど……」
雪子が視線を落とすと、音也は健人に「そろそろ」と声をかける。
頷いた健人が歩き、雪子から離れる。
「仕方ないさ……雪子は人で、俺は世間で言う化け物だ」
健人は落ち着いた声で言い放った。
「だったら、俺もお前らと一緒に行ったほうがいいんじゃないか?」
一真は涙ぐむ雪子の髪をぽんっと叩いて、健人に言う。
「いや、君はどうやら大丈夫だ」
音也が代わりにこたえた。
「一体どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
「なんだと! お前は俺を挑発でもしているのか?」
「そうじゃない。単純に君は幻影の力が薄れている」
「二度も命を落としたからか?」
「それはわからない。あくまで私の予想に過ぎない。だが、君から幻影としての力があまり感じられない」
「つまり、俺は幻影として劣化しているのか?」
「そうかもしれない……雪子君」
「何でしょうか?」
「我々はそろそろ行くけど……いいね?」
「はい……」
「では、王よ」
「わかっている……」
音也が歩き、健人は重い足を引きずって歩き出した。
一瞬だけ振り向くが、健人は黙って歩みを止めなかった。
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