1人が本棚に入れています
本棚に追加
後日談
既に五月二日が経過していた。
丁度、世の中がゴールデンウイークを迎える最中だ。
普段通りに月英学園高校へ向かう雪子。
学校は休みだ。
だが、何故か学校に向かう姿勢になっていた雪子は、普段と変わらず学校へゆっくりと歩いていく。
信二が起こした事件は解決したが、特にこれといった変化は訪れなかった。
そのため、健人たちがグレムリンのコピー体の襲撃を阻止したために、地上では何事も無くごく平穏の日々が続いていた。
もちろん、四月二十日の事件について触れる人もいなくなってしまっていた。
既に古い情報として認知されて、幻影はただの一教師の着ぐるみを使用した度の過ぎた犯罪、後に自首するために自分で自殺に追い込んだという認識で処理されてしまった。
当然、生徒からも世間からも「死んで当たり前」の一言で済まされていた。
沈むぐらい哀しい一言。
理由はどうあれ、一体、どういう気持ちでこんな発言が生まれるのか。
正直私には理解できない。
でも、もしかしたら今は、これでよかったのかもしれない。
幻影の存在が世に知れ渡ると、世間は健人や一真などの幻影となった存在を一生追い詰めていくだろう。
そして居場所を失う。
だが、この考えを肯定すると、ただの人でなしに過ぎない。
事件を起こした教師も含め、人間が住むこの世界には居場所が無いのだ。
幻影と化した人間はいずれにせよ破滅へ進んでしまう。
幻影の住める居場所を作るには、人間たちが自分たちとは違う〝存在〟を認知しなければいけない。そして受け入れなければならない。
二つの思考が脳に過ぎっていた。
平和は悪いというものではないけれど、同時に大事なものが忘れてしまう気がしてならない。
皆無かったことになり、都合のいいところで記憶から抜け落ちる。
平和は人間の考えた協調性を前提に出来た状態を示すことなのかもしれない。
故に、多数決で上回る勝手な人間の都合で生み出した世界が平和という考えなのかもしれない。
雪子は重い足取りで、桜が咲く街道を歩く。
思ったより静かだった。
また、顔を落としたまま街道を歩いていく。
街道のベンチに薄っすらと、男の足元が見える。
「健人さん!」
考えるより先に、言葉が発した。
だが、健人が雪子を見て微笑み、靄が消えかかる。
微かにこちらを見て、手を振っていた。
私は幻覚を見ていたの?
雪子はふっと肩を落とした。
こんなところにいないですよね。
私はそう思い込むようにした。
すると後ろから肩を叩かれた。
びくっとしたが、すぐにあの男だと思い後ろを振り返った。
「よっ!」
「一真さんでしたか……」
「あれ? もしかして邪魔した?」
「いいえ」
「あいつのことを考えていたのか?」
「はい……」
雪子はしんみりとベンチを見つめていた。
一真も桜並木の下にあるベンチに視線を移した。
健人は今、元気にしているのだろうか?
ふっとそんな感情が生まれてくる。
一真は少しだけ感傷に慕っていた。
柄にもなく。
「一真さん?」
「…………」
「一真さん、聞いていますか?」
雪子は声のトーンを上げた。
「すまん。少しぼうっとしていた」
一真はようやく雪子に振り向いた。
「一真さんも健人さんのこと考えていたんですか?」
「まあね。もしかしたら俺もできることあるかもしれないって思ってね」
「出来ること……ですか?」
靡く長い髪を抑えた雪子はきいた。
「ああ。音也の言葉に気づいたんだ。幻影の力が消えていくって。それってつまり健人の幻影の力を取り除くことができるかもしれないって思ってさ……でも、もしそうなったら音也と戦う羽目になるかもしれないけどな」
「確かにそうかもしれませんね。その事は私もよくわかりませんけど、せっかく手に入れた命です。もっと大事にしてほしいです」
「それはそうだな……」
「なんか辛気臭くなってしまいましたね」
雪子は苦笑した。
「あいつ、元気でやってるかな?」
一真は隣に広がる海を眺めた。
「きっと元気にしていると思いますよ?」
「どうしてそう思う?」
「どうしてでしょうか……そんな気がします」
そして雪子は顔を上げた。
「私も健人さんのように……頑張らないといけませんね」
雪子は広い海の上に飛ぶ白鳥を見て、そうこたえた。
その頃、健人と音也は見知らぬ陸の孤島へ足を運んでいた。
陸の孤島というだけに、デパートや高層ビルなど無縁に等しい場所だ。交通手段も貧しく住むには不便な場所だ。
今のところ、人一人見当たらず、健人は不安を感じた。
「こんな場所に幻影がいるのか?」
左右を確認する。
「殺人犯が隠れるにはうってつけの場所だ」
「それはそうだが……」
一歩進んで、辺りを一周見渡した。
「何もないな」
「お気に召さないか?」
「いや、意外と景色も奇麗で波の音がいいな……俺は好きだな」
「今回は観光に来たわけではない」
「わかってる。幻影の討滅だろ?」
「そう。今回は人間の女性を串刺しにした幻影を討滅することだ」
「もはや人を忘れた幻影といった感じか……」
「それと、王も大体気づいてるとは思うが……」
先行する音也は足を止める。
「近いな……」
健人の五感が、自身の心に響かせていく。
身震いするほどの恐怖が押し寄せていた。
だが、ここで怖気づいても意味がない。
同類として見せ逃せないのだ。
「とてつもなくヤバい気配を感じる」
健人もトンネルの入り口で足を止めた。
トンネルとして機能しておらず、ただの洞穴に等しかった。
外界に出る手段が乏しい孤島では、そんなに珍しくはない。
「ああ。もう目の前にいるようだ」
音也はペンダントを握りしめる。
「準備はいいかい?」
「いつでも」
健人が持つペンダントが輝き、黄金の騎士へ姿を変えた。
そして、音也は青の騎士に変身して、トンネルの奥へ進む。
「よく来たね」
白い長袖のTシャツに青いジーンズを履いた少年が出迎えていた。
少年と言っても、身なりからしてまだ中学生の用だ。
「外界から人が来るってめずらしいね」
「まるで私たちを待ち伏せしているようだね」
「まだ少年じゃないか」
健人は一瞬だけ気が緩むが、気を引き締めた。
「油断はしないでくれ。王よ」
「わかっている……おい、少年!」
健人の呼びかけに、少年はズボンのポケットに手を隠した。
「何だい? 最初に言っとくけど、僕からお金をとっても意味がないよ」
「そうじゃない。聞いてくれ」
「君は本当に人間の女性を串刺しにした事件の犯人なのか?」
黄金の騎士である健人は言った。
「聞く必要ないんじゃないか?」
少年は相応の笑みを浮かべて、姿を変えた。
禍々しい蜘蛛をかどった化け物。トンネルの影に映る彼がにやりと薄気味悪い笑みを浮かべて見据えているのがわかる。
「だって、君たちはもう僕に犯人というレッテルを張っているんだから! でも、僕が殺ったというのは当たり」
「来るぞ!」
青の騎士である音也が言うと同時に、
「ああ」
黄金の騎士は派手な装飾が特徴の銀の剣を構えて走り出す。
そして、三人の戦いが繰り広げられた。
最初のコメントを投稿しよう!