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高校時代の親友の扱いなんてこんなもんなのか。どうしてメールをしても、すぐに返信してくれないの……
鈴木美香はスマホの画面を見ながらため息をついた。
大学に入ってから、わたしには友だちといえる友だちもいなかった。祐美乃しかいないのに。大学デビューで、もうわたしのことなんて忘れたのだろうか。
祐美乃には……
もしかしていっぱい友だちができたんだろうか。
祐美乃は、高校時代の親友だ。わたしと同じように大学入学と同時に一人暮らしをはじめた。
祐美乃とわたしは、高校時代、毎日のようにラインのやりとりをしていたし、放課後もよく遊んだけれど……
最近、祐美乃とやり取りが激減しているのは確かだ。
美香はもう一度スマホをみる。残念ながら返信が来たという表示はなかった。
祐美乃も一人暮らしや大学生活に慣れるのに精一杯なのかもしれない。サークル活動とかも一生懸命なのかもしれない。だけど……見捨てられたようで、わたしはつらかった。
**
わたしの住む町は大学の周辺にある町として栄えていた。
不動産屋さんの言うことには、町にあるほとんどのアパートやマンションに美香の通う大学の生徒が入居しているという。
しかし、わたしには誰一人知り合いがいなかったし、他のアパートやマンションのこともわからなかった。
故郷から離れ、ひとりぼっちだった。
ぽかぽかした晴れた日だった。
入学して間もないわたしは時間の計算を間違えて、遅刻しそうになっていた。
大学への一本道をほとんどかけ足といってもよいスピードで歩いた。
校門を入ってわたしはすごく驚いた。
サークル勧誘のため多くの先輩たちが学校の校門から校舎までの間を埋め尽くしていた。
校門から歩くだけで、美香は両手に抱えきれないほどのビラをもらった。
「テニスサークル、どう? 楽しいよ。すぐに友だちもできるし」
見知らぬ男の人がわたしのそばで話をする。
「いえ、テニスはちょっと……」
美香は言い淀んだ。
「そんなこといわないでさ。飲み会のみ参加もオーケーだし」
男の人はいろいろ言っていたが、美香を開放する気がなさそうだ。
ちらっとみると、すぐそばで1年生の女子2人もそのテニスサークルの人たちに囲まれて、「サークルに入会してよ」コールを受けていた。
「わたし……でも、ほんとうにあまり……」
美香は少しずつ後ずさりして、2人のほうへ近づいた。
2人も美香の様子に気が付いたようで、ちょっとずつ歩み寄っていた。
「あ。そろそろ授業行かないと!!」
「そうだね」
美香たち三人は、初めて会ったのにもかかわらず、共謀してサークルの勧誘から逃げることに成功した。
「よかった……無事逃げれたね」
美香がいうと、2人もほっとした顔をした。
「ありがとう」
3人は互いに感謝した。
「わたしは木下由宇。法学部の1年だよ」
「わたしは社会学部の井上佳代子」
2人は自己紹介をした。
「わたしは鈴木美香。文学部の1年。よろしくね」
3人は笑顔でアドレス交換だけをして、それから急いでそれぞれの教室に散った。
きょうは友だちが2人できた。
美香はうれしかった。はじめての東京での友だちだ。
違う学部だけれど、同じ大学だからきっとすぐに会えると思っていた。
しかし、1週間たっても、由宇ちゃんにも佳代子ちゃんにも会えなかった。
美香はがっかりした。
みんな友だちと楽しそうにおしゃべりしながら歩いているのに、自分だけが一人で校舎を歩くのは、寂しかった。
美香は結局サークルもどれにしたらいいのか全くわからず、ほったらかしにしていた。
サークルのチラシは毎日山のようにもらったが、家でチラシを眺めては自分に合わなさそうでやっぱりやめようと思っていた。
そもそもわたしはスポーツをバリバリやるタイプでもなければ、飲み会をメインに活動したいわけでもない。
男女交際は興味がないといったら、うそになるけど……まずは友だちを作ったり、学校の授業になれたり、一人暮らしを軌道に乗せる必要があった。
みんな知っているけど、言わないこと。それはサークル活動にはお金がいるってことだ。サークル活動のためにバイトして、大学に来ないって人もいるらしい。
それもなんだかな……
美香は大きく息を吐いた。
ちゃんと勉強はしたいし、一人暮らしもちゃんとしたい。お金が足りなくないようにして、少し大学生活に慣れたらバイトをしてみたいとは思うけど。
ーーうーん、このサークルっていくらかかるの?合宿こんなにして何するの? 毎週飲み会してどうするんだろう……
美香はひとりでつぶやいた。
由宇ちゃんと佳代子ちゃんに会って、どうするのか聞きたいな。
まだ1回しか会ったことない友だちに連絡してもいいのかな。
美香は迷っていた。
悩んだ末、どうしてもメッセージの送信を押せなかった。
きょうも朝から学校だ。
1限目は9時からある。高校の時よりはゆっくり始まるけれど、遠方から通学している人は大変ではないかとおもう。
わたしは歩いて15分ほどで着くので、楽だけど。
朝、学校にくるとき思うのは、近ごろ大学に人が少ないということだ。
サークルの勧誘の人もあまりいない。もう勧誘の時期が終わってしまったのかもしれない。
美香はふとそう感じだ。
それに学校へ行くような恰好の男の人も女の人もまばらだ。
これって、人々が日常の学生生活に戻っていったってことなのかな。(真面目に学校に来る人と来ない人がいるともいうしね。)
美香はキョロキョロと辺りを見回した。
学生の街だから、由宇ちゃんと佳代子ちゃんも、もしかしてこの辺りにすんでいるかもしれない……。
美香は期待していたが、大学へ行く道に由宇と佳代子の姿はみつからなかった。
しばらくすると、美香に仲のよい友だちというよりも、知り合いといったレベルの、授業が同じ学部の、友だちが数人できた。
「おはよう」
美香が大学で一番最初にすることは、知り合いレベルの友だちを見つけ、挨拶することだ。
「あ、おはよう」
向こうも軽くあいさつするが、その知り合いレベルの友だちはくるりと向きなおしてさっき話していた友だちとまたおしゃべりに興じていた。
まあ、こんなレベルの友だちだ。
(後で知ったのだが、こういう友だちも大学には必要だということだ。テストの前や休んだ時にノートを貸してもらうために、人間関係は大切にしなくてはいけない。)
そう言った点からいえば、数人知り合いレベルのノートのやり取りができそうな友だちができ、それを維持しているのだから、わたしはがんばっていたのだろう。
でも……寂しかった。
高校の時、くだらないテレビの話や漫画の話、先生の愚痴なんかいっぱいいっぱい話して、アイスクリームをこっそり買い食いしたりと友だちと遊んだものだが、そういった濃い関係の友だちがまだできなかった。
美香は知り合いレベルの友だちの後ろの列に座って、授業を聞いた。
午前中は4科目取った。
せっかく大学に朝から行くのだから、一気に授業を受けてしまいたかったからだ。
購買に指定の本があるというので見に行くが、1冊4千円もするので美香はびっくりした。こんな教科書というか、本を何冊も買わされるかとおもうと、今月の仕送りが足りるのか不安になった。
美香は貯金の額は多めにいれてあり、突然の出費にもいくらか対応できるようになっていたことを思い出した。
お父さん、お母さん。ありがとう。本当に感謝します。
美香は親の大切さとお金の尊さをしみじみ感じた。
本はお金をおろしてからにしよう。手数料のかからない時間帯でお金を下ろしたいなあ。
美香は家計を考えながら学食に向かった。
学食は学生の味方というのは本当だ。安くて300円に満たないかけうどん(わかめくらいは入っている)から500円くらいのボリュームランチまである。
誰でも学食は入ることができるので、近所のサラリーマンや小さな子をつれたママが端にいることもある。
なかには昼と夕方二回学食のお世話になっているという学生もいるらしい。
「あ」
美香は学食の列に並ぼうとしている由宇を見つけた。
急いでカレーの会計を済ませ、美香は由宇の方へあるきだした。
「由宇ちゃん!」
美香はおもわず大きな声を出す。
「あああ、美香ちゃんだ」
由宇は振り返ってうれしそうに微笑んだ。
「元気だった?」
「うん、まあね。一緒に食べようよ、美香ちゃん。ちょっと待っててね。さっき佳代子ちゃんいたんだよ。呼んでくるね」
由宇は学食の入口の方へ向かった。
美香は由宇ちゃんと佳代子ちゃんの席を取った。
学食のなかは、大きなガラスの窓のおかげで明るかった。
がやがやとしているが、ショッピングセンターのフードコートのような騒がしさではない。
窓際のテーブルには、教授とさっき授業で教えてくれていた准教授が一緒に座ってお昼をたべている。
うーん、アカデミック。
美香はぼんやりと学食事情をながめていた。
「美香ちゃん!おひさしぶり」
佳代子はミニスカートだった。脚がにょきっとでている。
わたしは次に由宇ちゃんの方を見る。
由宇ちゃんはハイウエストのタイトスカートだ。
おしゃれさんだ……。
美香は二人が垢抜けていたので、びっくりした。
そんな美香の気持ちを察したようで、二人は「美香ちゃんもお化粧がんばってるね」と褒めてくれた。
二人は親子丼をトレイに持っていた。
「大学、慣れた?」
佳代子は美香にきいた。
「ううん、結局サークルにまだ入ってないよ」
美香が眉を八の字にしていう。
佳代子は「実はわたしもなんだよね」と苦笑いした。
「わたし一人暮らしをこの辺でしていてね……サークル活動っていったいどれくらい忙しいのかとか、お金がどれくらいかかるのかって考えたら、なんとなくいやになっちゃったんだ……」
美香は正直に申告した。
「え? わたしもこの辺だよ」
「おおお、わたしも!」
由宇ちゃんと佳代子が嬉しそうに話した。
あれ? なんか今日らカレーが胃にもたれるなあ。なんか変……
わたしはそう思いながらも、二人が同じ町に住んでいると聞いてうれしくなった。
「ねえねえ、授業、何取ってるの?わたし文学部だから、法学部とか社会学部の勉強ってわからなくって」
「わたしも文学部の教科って何かわからないなあ。とりあえず、英語は必須だよね」
社会学部の佳代子がいう。
「そうそう、法学部だけどやっぱり英語はやるのよ」
由宇ちゃんはやれやれという顔をした。
由宇ちゃんと佳代子ちゃんとは、一般教養の必須科目の英語と、体育が同じだった。
「教科書って高いんだね」
美香は思わず愚痴った。
「ほんとだよね、一人暮らしにはきついよね」
佳代子が同意する。
「あのさ、わたしの高校の先輩がこの大学に何人かいてね、中古でよかったら教科書買わないかって……」
「ええ!いいな。中古でいいよ」
佳代子ちゃんとわたしは激しく首を縦に振った。
「じゃ、ちょっと聞いてみるね!あとでメッセージいれてもいい?」
由宇ちゃんがちょっと控えめに聞く。
「うん、もちろんだよ。よろしくね」
佳代子ちゃんが言った。
「ほんとうにありがとう。よろしくお願いします」
わたしは由宇ちゃんを拝んだ。
--なんだか気持ち悪いな。ダメだ……
美香はカレーを食べるのをやめた。
「あれ?美香ちゃん、カレー残すの?」
佳代子ちゃんが気持ち悪そうにしている私に気が付いた。
「ううん、いつもは平気なんだけど。なんだか気持ち悪いし、寒いような感じがする……」
「大丈夫?風邪かな」
由宇ちゃんも心配そうに美香を覗き込んだ。
「きょうはもう帰って寝ようかな」
「うん、それがいいよ」
佳代子ちゃんと由宇ちゃんはうなずいて、美香のカレーのトレイを片付けた。
「ごめんね、また今度、一緒にランチしてね。メッセージまってるね」
美香はお腹を無意識に抑えながら二人にバイバイした。
気持ち悪くて、なんだか頭も痛い。肘や膝、腰もなんだか痛い。寒いような気もする。まずいな……
急な体調の変化でゆっくりとしか歩けなかったが、美香は家路に急ぐことにした。
家に何とかたどり着くと、美香は化粧も落とさずベッドにもぐりこんだ。シーツが冷たくて、身体にしみた。
ああ、これは熱だな。
18年間生きていて学んだ経験から導き出した確かな答えだった。
美香はベッドのそばにスマホを置いた。
もう身体は限界のようだった。
美香はスマホのメールとラインの受信を確認したが、変わりはなかった。美香は目の前が暗くなっていくのを感じた。
起きたのはすぐだった。いや、すぐではなかったようだ。スマホで時計を確認する。二時間がたっていた。
メッセージが届いていた。
佳代子ちゃんと由宇ちゃんからだった。
「具合はどう? 大丈夫?」
二人とも同じ文面だった。ただしスタンプは違ったけれど。
「うん、大丈夫。熱があるみたいで寝てる」
美香は二人にコピペして送信した。
美香はなんだかほっとしてまた目を閉じた。
何分たっただろう。
美香は再び目を覚ました。
窓の外は夕暮れだ。
スマホの時計を確認すると6時近かった。
のどが渇いた……
美香はだるい身体を起こすと、台所へ向かった。
スポーツ飲料は買い置きしていなかった。
ああ、実家ならお母さんがいつも買っておいてくれるのに……経口補水液もまだ買い置きしていなかった。
水道の水をコップに入れて飲む。
冷たい水は身体にしみるようで、気持ち悪くなった。
やっぱり買い置きしなきゃ、スポーツ飲料は。今度元気になったら……。
美香は母を思い浮かべた。
電話をしたら、心配するだろうな。まだ大学に入学して間もないのに、体調を崩したと言ったら……絶対に熱があるとは母には言えない。大騒ぎをして、ここに来るに決まっている。
美香はだるい身体を起こして汗で濡れた下着を取り換え、部屋着に着替えた。それからマンションの入り口にある自販機へいこうと身体を動かした。
熱の体は熱い。廊下の壁がつめたすぎて、手で触るのもいやだったが、ふらふらするので、全身をペタッと廊下の壁に寄りかかりながら歩く。
ようやくあと数歩で玄関という時、玄関でチャイムが鳴った。
ノゾキアナでみると、由宇と佳代子だった。
美香はカチャカチャとチェーンを外し、二人を中に入れた。
「どうしたの?よくわかったね」
「うん、前にこの辺りで美香ちゃんの後姿をみかけたの。一生懸命美香ちゃんに追いつこうとしたんだけど美香ちゃん歩くの早くって、追いつかなかったの」
由宇ちゃんはテヘヘとわらった。
「わたし、このマンションに社会学部の友人がいて、美香ちゃんの名前知っていたの。それで、由宇ちゃんとお見舞いにいこうってなったの」
佳代子ちゃんは美香の顔をじっと見た。
「熱……高そうだね。顔が真っ赤だよ」
佳代子ちゃんは手を美香の額においた。
「さあ、ベッドに戻って」
由宇ちゃんはそう言うと、ゆらゆら揺れながら歩く美香に肩を貸した。
「スポーツ飲料水、経口補水液買ってきた。あとね、プリンとゼリー、ヨーグルトも」
佳代子が買い物袋の中身を言う。
そして、佳代子ちゃんと由宇ちゃんはわたしをベッドに座らせた。
「何か飲む? 」
佳代子が袋を探る。
「うん、スポーツ飲料水、ちょうだい……ありがとう」
わたしの目には熱い涙が浮かぶ。
「やだ、もう。気にしないでいいから。これ、ぜんぶ二人からのお見舞い。ね? 早くよくなって、おしゃべりしよう? 」
「う、うん……」
わたしは涙を拭いた。
「はい、じゃあ、寝てね。熱さましのシート貼るからね。おでこあげちゃうよ」
由宇ちゃんがにこにこして言う。
「ああ、お化粧落としてないじゃん」
佳代子ちゃんは化粧落としシートを私に握らせた。
「へへへ」
わたしは愛想笑いをする。
「ちゃんと落とした?」
「うん」
佳代子ちゃんに確認されて、美香はうなずいた。
「じゃ、貼りますよ」
由宇ちゃんが熱さましシートをゆっくりと額に貼っていく。
ひやっとして冷たくてしみたけれど、気持ちがよかった。
「大学で友だちはできた? 」
「仲良くしてくれる友だちはいる?」
元気になったら……
祐美乃にちゃんと聞かないと。
祐美乃がそばにいることは今はない。祐美乃のそばにわたしがいることもないのだ。
でも、わたしの大事な親友には変わりない……
元気でいてほしい。
わたしのこと、忘れないで……
大学でも仲のよい友だちを作ってね……
わたしもがんばってるよ。
今日は熱が出て倒れたら、友だち二人が助けに来てくれたよ。
わたし、友だちできたよ……
ああ、額がひんやりして気持ちいい。
あとで、元気になったら祐美乃に報告しよう。
美香の意識はだんだん遠のいていった。
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