4話 覚醒イベント

1/1
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

4話 覚醒イベント

 ガキィっ!  金属と金属が爆ぜる音。  ハッとしたわたしの前に、ロイの背中があった。 「おい! なにボケッとしてんだ!」  え、あ……ヨハンからわたしを守ってくれたの!? 「へえ……そんな短い剣で、僕の攻撃を受け止めるんだ。思ったよりやるね、君」 「チィ!」  ロイに剣を払われたヨハンは、数歩後ろに飛び退がった。  その表情には、まだ余裕があるみたい。  ヨハンは、いつもわたしの相談に乗ってくれた優しい人だった。  自分以外の王子たちの話も笑顔で、真剣に聞いてくれた人。  なのに……本気で、わたしを殺そうとしてる。  兄弟がいないわたしには、本当の弟みたいな子だった。  あまりの出来事に、わたしはまだ信じられない。 「おい、女。俺がこの細目野郎を引きつけとくから……その隙に森の中へ逃げろ、いいな」 「え? でも……」 「でもじゃねえよ……野郎、ぜんぜん本気じゃねえんだ……お前を守りながらなんて、俺はそこまで起用じゃないんでな」  盗賊団のおじさんたちと戦ったロイは、結構強いと思う。  そのロイが、逃げろって言うくらいなんだから、ヨハンはもっと強いんだ。 「……分かりました。タイミングを見計らって、森の中へ逃げます」 「……物分かりのいいお嬢様で助かったぜ。俺が時間を稼ぐ」 「あの一ついいかしら……どうしてわたくしを助けてくれるんですの?」 「女が目の前で殺されるのなんか、見たくない。それに……お前を助けたら、後で礼をたっぷり貰えそうだしな」  んな!? いい事を言うかと思ったら、狙いはお金!?  この人最低だ。一瞬でもいい人だと思った自分がバカみたい。 「……話し合いは終わった? なにを企んでるか知らないけど、君はここで死ぬんだ。無駄な事は辞めときなよ?」  ヨハンの細い目が、ますます細くなってる。なにがそんなに嬉しいのよ。  今まで可愛い弟みたいって思ってたけど、だんだんいけ好かない陰険野郎に見えてきた。 「よそ見してんなよっ!」  ロイがヨハンに斬りかかった。  だけど、ヨハンはその攻撃を簡単に受け止めてしまった。  そこから二人の激しい応戦が始まる。  ロイが一瞬、わたしに視線を送った。  今が逃げるチャンスって言う合図って言うことだ。  ごめんなさい、ロイ! わたしはこのまま逃げるからね……逃げる……またわたしは、逃げるだけ?  サクラからも、街からも逃げて……ヨハンからも逃げる。  ずっと逃げて逃げて……逃げてどうするの?  わたしは、アッシュ達の誤解を説いて、サクラに仕返しするんじゃ無かったの? 「おい、女! なにやってんだ!?」 「どこを見ているんだい!」 「チッ! しつこいんだよ、細目野郎!」  理由はどうであれ。ロイは、知り合って間もないわたしの為に戦ってくれてる。  もしかして死ぬかも知れないのに……ダメだよ、ユキ。  そんな人を死なさせる訳にはいかないよ!  盗賊団のおじさんたちをぶっ飛ばした、男爵令嬢のイザベルの強さを信じてみる。  自分の身は自分で守ってやらないとだ! 「ヨハン! かかって来なさい! わたくし【イザベル】は逃げも隠れもしませんわ!」 「なっ!? バカ野郎!!」 「アハハハハ! いい判断だね、イザベル! 邪魔だよ、獣人くん!」 「がっ!?」  ヨハンは軽々とロイを蹴り飛ばすと、一直線に走ってくる。  こ……怖い!  剣を持った人が、本気で殺しにくるのって、こんなに怖いんだ。 「バイバイ、イザベル!」  ちょっと後悔してるけど……もう後戻りはできないんだ!  わたしは、もう逃げないんだから……逃げない…… 「やっぱり……嫌ぁっ!」  ――ブオっ!  なんか出ちゃった!?  わたしが放ったパンチから、風圧的な何かが飛び出して、ハンスを吹き飛ばしちゃったよ。 「んな!?」  数十メートル先までぶっ飛んだヨハンは、鈍い音を立てて倒れちゃった。  背中を思いっきり強打したようで、気絶している。 「だ、大丈夫? ハンス……?」  わたしは恐る恐ると近寄ってみた。ハンスは白目を剥き口から泡が出てるし、ピクピクと痙攣させてる。 「……うそ……勝ちゃった……え?」 「お前、なにしたんだよ? というか、お前、魔法使えるのかよ?」  ロイもあまりの事に、動揺してるみたい。  それに魔法……? あれが魔法なの?  ゲームの中でも、少し魔法の事を触れていたけど。  自分じゃ使った事がないから、実感が無い。  それにしても、イザベルって強すぎじゃない?  これはご先祖様の無駄な設定のせいだったりして…… 「あはは……まさか、ねぇ」  もしかして、イザベルはこの世界じゃ、常識を超えた強さを持っているんじゃないかとさえ、思えてくるよ。  そしてその少し後。  ロイはアジトの中を調べてきた。  生存者はゼロ。  ただ、グリークの姿だけは無かったって。  その顔は少し安堵してたように見えたけど、複雑な気持ちなんだろうな。  後で知ったんだけど。  わたしをここに連れてきた理由は、イザベルの強さを利用して、一緒に盗賊団を倒すつもりだったらしい。  なにを考えてたんだろ、この人。  気を失ったヨハンを、ロイはロープで動けないように縛り上げた。  わたしには、やっぱり信じられない。  ヨハンはああ言ったけど、アッシュの口から本当のことを聞けてないから。 「……お前に言いたい事はたくさんあるが……とりあえず助かった。ありがとうよ」  ちゃんとお礼を言えるんだな、この人。ちょっと意外。 「いえ……わたくしの方こそ、守っていただきありがとうございます」 「あ? お前を守ったのは、金のためだからな」  そうでしたそうでした。  お礼が欲しいから、守ろうとしてくれたんだったよ。  でも、理由は何であれ、命をかけて守ろうとしてくれたのは、ほんの少し嬉しかった。今のわたしには、ね。 「でだ。お前はこれからどうするんだ?」 「……これから……ですか?」  旅を続けても、またアッシュが刺客を送ってくるかも知れない。 「……決めましたわ。わたくし都に戻ります」  アッシュに直接、聞かなくっちゃ。  本当にアッシュが、ヨハンにわたしを殺すように頼んだのかどうかを。 「へえ……俺もついていくぜ。お前にきっちり礼を貰わねえとな」 「……最低ですわ」  ロイもついて来てくれるのは嬉しいけど。  お金お金って……この人、ほんとっに最低!
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!