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4話 覚醒イベント
ガキィっ!
金属と金属が爆ぜる音。
ハッとしたわたしの前に、ロイの背中があった。
「おい! なにボケッとしてんだ!」
え、あ……ヨハンからわたしを守ってくれたの!?
「へえ……そんな短い剣で、僕の攻撃を受け止めるんだ。思ったよりやるね、君」
「チィ!」
ロイに剣を払われたヨハンは、数歩後ろに飛び退がった。
その表情には、まだ余裕があるみたい。
ヨハンは、いつもわたしの相談に乗ってくれた優しい人だった。
自分以外の王子たちの話も笑顔で、真剣に聞いてくれた人。
なのに……本気で、わたしを殺そうとしてる。
兄弟がいないわたしには、本当の弟みたいな子だった。
あまりの出来事に、わたしはまだ信じられない。
「おい、女。俺がこの細目野郎を引きつけとくから……その隙に森の中へ逃げろ、いいな」
「え? でも……」
「でもじゃねえよ……野郎、ぜんぜん本気じゃねえんだ……お前を守りながらなんて、俺はそこまで起用じゃないんでな」
盗賊団のおじさんたちと戦ったロイは、結構強いと思う。
そのロイが、逃げろって言うくらいなんだから、ヨハンはもっと強いんだ。
「……分かりました。タイミングを見計らって、森の中へ逃げます」
「……物分かりのいいお嬢様で助かったぜ。俺が時間を稼ぐ」
「あの一ついいかしら……どうしてわたくしを助けてくれるんですの?」
「女が目の前で殺されるのなんか、見たくない。それに……お前を助けたら、後で礼をたっぷり貰えそうだしな」
んな!? いい事を言うかと思ったら、狙いはお金!?
この人最低だ。一瞬でもいい人だと思った自分がバカみたい。
「……話し合いは終わった? なにを企んでるか知らないけど、君はここで死ぬんだ。無駄な事は辞めときなよ?」
ヨハンの細い目が、ますます細くなってる。なにがそんなに嬉しいのよ。
今まで可愛い弟みたいって思ってたけど、だんだんいけ好かない陰険野郎に見えてきた。
「よそ見してんなよっ!」
ロイがヨハンに斬りかかった。
だけど、ヨハンはその攻撃を簡単に受け止めてしまった。
そこから二人の激しい応戦が始まる。
ロイが一瞬、わたしに視線を送った。
今が逃げるチャンスって言う合図って言うことだ。
ごめんなさい、ロイ! わたしはこのまま逃げるからね……逃げる……またわたしは、逃げるだけ?
サクラからも、街からも逃げて……ヨハンからも逃げる。
ずっと逃げて逃げて……逃げてどうするの?
わたしは、アッシュ達の誤解を説いて、サクラに仕返しするんじゃ無かったの?
「おい、女! なにやってんだ!?」
「どこを見ているんだい!」
「チッ! しつこいんだよ、細目野郎!」
理由はどうであれ。ロイは、知り合って間もないわたしの為に戦ってくれてる。
もしかして死ぬかも知れないのに……ダメだよ、ユキ。
そんな人を死なさせる訳にはいかないよ!
盗賊団のおじさんたちをぶっ飛ばした、男爵令嬢のイザベルの強さを信じてみる。
自分の身は自分で守ってやらないとだ!
「ヨハン! かかって来なさい! わたくし【イザベル】は逃げも隠れもしませんわ!」
「なっ!? バカ野郎!!」
「アハハハハ! いい判断だね、イザベル! 邪魔だよ、獣人くん!」
「がっ!?」
ヨハンは軽々とロイを蹴り飛ばすと、一直線に走ってくる。
こ……怖い!
剣を持った人が、本気で殺しにくるのって、こんなに怖いんだ。
「バイバイ、イザベル!」
ちょっと後悔してるけど……もう後戻りはできないんだ!
わたしは、もう逃げないんだから……逃げない……
「やっぱり……嫌ぁっ!」
――ブオっ!
なんか出ちゃった!?
わたしが放ったパンチから、風圧的な何かが飛び出して、ハンスを吹き飛ばしちゃったよ。
「んな!?」
数十メートル先までぶっ飛んだヨハンは、鈍い音を立てて倒れちゃった。
背中を思いっきり強打したようで、気絶している。
「だ、大丈夫? ハンス……?」
わたしは恐る恐ると近寄ってみた。ハンスは白目を剥き口から泡が出てるし、ピクピクと痙攣させてる。
「……うそ……勝ちゃった……え?」
「お前、なにしたんだよ? というか、お前、魔法使えるのかよ?」
ロイもあまりの事に、動揺してるみたい。
それに魔法……? あれが魔法なの?
ゲームの中でも、少し魔法の事を触れていたけど。
自分じゃ使った事がないから、実感が無い。
それにしても、イザベルって強すぎじゃない?
これはご先祖様の無駄な設定のせいだったりして……
「あはは……まさか、ねぇ」
もしかして、イザベルはこの世界じゃ、常識を超えた強さを持っているんじゃないかとさえ、思えてくるよ。
そしてその少し後。
ロイはアジトの中を調べてきた。
生存者はゼロ。
ただ、グリークの姿だけは無かったって。
その顔は少し安堵してたように見えたけど、複雑な気持ちなんだろうな。
後で知ったんだけど。
わたしをここに連れてきた理由は、イザベルの強さを利用して、一緒に盗賊団を倒すつもりだったらしい。
なにを考えてたんだろ、この人。
気を失ったヨハンを、ロイはロープで動けないように縛り上げた。
わたしには、やっぱり信じられない。
ヨハンはああ言ったけど、アッシュの口から本当のことを聞けてないから。
「……お前に言いたい事はたくさんあるが……とりあえず助かった。ありがとうよ」
ちゃんとお礼を言えるんだな、この人。ちょっと意外。
「いえ……わたくしの方こそ、守っていただきありがとうございます」
「あ? お前を守ったのは、金のためだからな」
そうでしたそうでした。
お礼が欲しいから、守ろうとしてくれたんだったよ。
でも、理由は何であれ、命をかけて守ろうとしてくれたのは、ほんの少し嬉しかった。今のわたしには、ね。
「でだ。お前はこれからどうするんだ?」
「……これから……ですか?」
旅を続けても、またアッシュが刺客を送ってくるかも知れない。
「……決めましたわ。わたくし都に戻ります」
アッシュに直接、聞かなくっちゃ。
本当にアッシュが、ヨハンにわたしを殺すように頼んだのかどうかを。
「へえ……俺もついていくぜ。お前にきっちり礼を貰わねえとな」
「……最低ですわ」
ロイもついて来てくれるのは嬉しいけど。
お金お金って……この人、ほんとっに最低!
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