1話 トゥルーエンドじゃない

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1話 トゥルーエンドじゃない

「ここに我が許嫁、イザベルとの婚約を破棄させてもらう!」 「え!?」  わたしはティザーの都にあるホール会場にいた。  今日は王族主催の舞踏会。  本来ならここでわたしはアッシュ王子に、プロポーズされるはずだった。  でも、そうじゃなかった。  王侯貴族が集まった面前の場で、婚約であるアッシュ王子に婚約破棄を言い渡された。  わたしにはいったい何が起こってるのか。さっぱり理解できないんですけどぉ!? 「アッシュ……どうして、わたくしと婚約破棄をされるのですか! 納得のいく理由をお教えください!」 「どうしてだと……? 自分の胸に聞いてみるんだな、イザベル! 自分が犯した罪の数々を!」  思い当たる節は、まったく無いです。  アッシュ王子に嫌われる事もしてないです。  どうしてこうなったんだろう?  今から一年前の出来事。  寝落ちしそうなになりながら、人気恋愛ゲーム『ロイヤルプリンス』の周回プレイを楽しんでいた。  もちろん全キャラを攻略するためにね。  その時、一瞬周りが真っ暗になった次の瞬間。  目を開けたわたしの目の前に、ゲームキャラたちがいた。  攻略キャラである五人のイケメンが、わたしの顔を心配そうに覗き込んでいた。  夢じゃないかと疑ったけど、夢じゃなかった。  自分の頬を常ってみたら痛かったし。 「おい大丈夫か、イザベル!」  わたしを力強く抱きかかえたのは、褐色の肌に艶やかな黒髪をした砂漠の国の皇子『オルハン』だ。  ファン投票二位の人気キャラが、だよ?  わたしを心配そうに見つめてるんだよ? 目と鼻の先に顔が……はぅ、嬉しすぎて目眩がしそう……  クールな公爵家の『ハンス』。  明るく元気な『ハイネ』は海洋国家の王子。  笑顔が可愛い皆の弟的な『ヨハン』。  そんな全員が、わたしを心配そうに見てくれている。  全員と仲良くしたい箱推しのわたしには、ここは天国だよ。  でも、さっきから皆はわたしの事、『イザベル』って呼んでるけど、わたしは『日高 ユキ』だよ?  名前を間違えて……何、この金髪の髪?  え、着ているのもトレーナーとジャージじゃない!?  イザベルって、もしかして!  いつもプレイヤーキャラの恋愛を邪魔する、あの虐め役のイザベル!?  え、わたし……イザベルになっちゃってるの!?  ええええ!?  と、言うことがあったのよね。  自分なりに考えたけど、どうしてこうなったのかは分からないまま。  帰る方法も見つからず、最初は悲しくて塞ぎ込みがちだったけれども、皆が優しくしてくれるのが、すごく心強かった。  そう、このゲームの主役であるプレイヤーキャラが出てくるまでは……  プレイヤーキャラは、日本から転移してきたって言う設定。  笑顔が可愛くて健気。か弱そうに見えて、実は芯がしっかりした子。  本当に可愛いんだもん。皆はすぐにプレイヤーキャラの虜になっちゃった。  イザベルがプレイヤーキャラを虐める理由、分かっちゃうよ。  このゲーム、イザベルに取ってはバッドエンド。  全員に振られちゃうんだからね。  プレイヤーキャラに選んで貰えなかったキャラでさえ、イザベルには興味無し。  小説版じゃ、イザベルの家は没落して、最後は孤独死だよ。  誰よ、こんな可哀想な展開にしたのは。  だから、わたしは決めた。  周回プレイで得た知識を駆使し、そんなバッドエンディングを迎えないようにと。  もちろんプレイヤーキャラを虐めずに、五人との親密になるため、必死にフラグを叩き折ってやった。  イベントも、プレイヤーキャラじゃなく、イザベルが主役になれるようにも立ち回ってやった。  そうしてるうちに、ファン投票一位であるアッシュ王子と結ばれることになるはずだった。  このゲームは、マルチエンディング方式。  プレイヤーキャラ視点じゃ、ハッピーエンドのひとつである、舞踏会でのシーン。  本来ならここで、わたしにアッシュ王子がプロポーズする予定だった。  でも、結果は違った。  最悪の結果、「婚約破棄」である。  アッシュは嫌悪の眼差しで、わたしを見てる。  壁際にいた他の四人は、目すら合わせてくれない。  玉座に座る王様も、家臣の人たち、貴族の方々……全員、犯罪者でも見るような目で、わたしを見ている。 「我が娘ながら、なんて恐ろしいことをしてくれたのだ!  お前は、我が『ギュンター家』が始まって以来の恥さらし! たった今から、貴様は我がギュンター家とは縁を切らせてもらう!」  そう言い放ったのは、イザベル父親(パパ)であるギュンター男爵。  あの、本当にわたしが何をしたって言うの?  父親に縁を切られるようなことって、なに。 「ギュンター男爵……もうその辺にしてあげてください」  鈴なり声に、舞踏会場がざわついた。  ドレスに身を包んで、そこに現れたのはプレイヤーキャラの主人公の少女。  やっぱり主人公だけあって、目を惹くだけの事はあるなぁ。 「サクラ!」 「サクラさん!」  アッシュ王子含む五人が、サクラと言う名のプレイヤーキャラに駆け寄る。  今までわたしを見ていたような表情じゃない。皆、恋してるのが分かる表情。  ……なんか、悔しいのと悲しい気持ちが溢れてきた。  全部フラグクラッシャーしたはずなのに、どうしてプレイヤーキャラに心を奪われてるんだろう。  なにか変じゃない、これ。おかしいよ、絶対に。  プレイヤーキャラのサクラは、ゆっくりと歩いて近づいてきた。  まるで勝ち誇ったようなその表情。  そして、わたしの耳元でそっと呟いた。 「クスクス……ねえ、今の気持ちどう? なかなかいいエンディングだと思わない?」  え? 今、エンディングって言った?  プレイヤーキャラは、自分がゲーム内のキャラだと認識でき無いはず。  それどうして、エンディングって単語がでてくるの? 「……あなた、プレイヤーキャラじゃない。誰なの!?」 「そっか。この姿じゃ分からないのも無理ないわね。ナオよ。貴女の親友の日下部(くさかべ)ナオ」  え!? 日下部ナオ!? 小さい頃からずっと親友だった、あのナオ。  ナオは、いつも一緒にいて、同じ高校に入学してからもずっと親友だった。  それが、どうしてナオまで、このゲームの中に。  それもプレイヤーキャラになってるなんて、頭の中が混乱してきたよ。 「本当にナオなの!? どうして、こんな真似したの!? 納得いく理由を話して!」 「ユキも知ってるでしょ? 私もこのゲームの王子たちが好きな事。それを散々邪魔されたんじゃ、面白くないもの。それと私、貴女の事がずっと嫌いだったのよ……クスクス」  え……わたしの事が嫌いだったって言うの……?  わたしは、ずっと親友だと思ってたのに、ナオは違ったって言うの……?  全てが壊れていくような感覚が、わたしに中にあった。 「貴女の悪評を流すのは簡単だったなぁ。皆、直ぐに信じてくれたわ。主人公補正って、すごいわよね」  明るく素直が取り柄のプレイヤーキャラを使って、ナオは、わたしを貶めるような真似をしたんだ。 「じゃあね、ユキ。さ、兵士さん達、この女を街から追放してください」  そう言い残し、彼女はクスクスと笑いながら、わたしの元を去った。  わたしは兵士たちに脇を抱えられると、引きずられるように会場を連れ出された。  会場の皆は、わたしに軽蔑の眼差しを向けていたり、嘲笑している。  会場から出て行くわたしを、ナオは満足そうな表情で見ていた。  最悪だ。フラグを折ったつもりだったのに、まさかの主人公補正がかかるなんて。  そんな事があり得るの? まるでチートだ。  ショックが大きすぎる。わたしは何も考えれない状態のまま、ティザーの都を追放された。  父親からせめての情けだ、と兵士から伝えられ、わたしにはポニーのような年老いた一頭の馬を与えられた。  誰も見送りがない城門を背に、わたしは夜の都を追い出されてしまった。  これからわたし、どこに行けばいいってのよ。  ゲーム世界の外側に行く場所なんてあるの? もう不安しかないわ。
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