5話 宿屋イベント

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5話 宿屋イベント

 ――翌日  盗賊団のアジト出来事から一夜明けた頃、わたしはまたティザーの都に戻ってきた。  森を出てお昼過ぎくらいに着いたんだけど、夜からずっと起きてるからすっごく眠い。  気を抜いたら、一瞬で寝ちゃいそうなくらいに。  都に着いて、ロイは歓楽街の割と小さな宿屋へと連れて来てくれた。  ロイの知り合いが経営してる宿屋らしい。  そう言えば、ロイって街に入る前から、またフードを被ってる。  それじゃ耳が聞こえないんじゃないのかな。 「そのフード被ってたら、周囲の音とか聞こえにくいんじゃではなくて?」 「……俺の髪の色じゃ、街ん中で目立つからな。目立つのは好きじゃないんだよ。それに耳はいいんで、ちゃんと聞こえてる」  たしかに銀色の髪と耳、ロイの顔じゃ、目立つよね。  意外とシャイなのかも知れないな、ロイって。  わたしとロイは、宿屋のおじさんに二階の部屋を案内された。  ごゆっくりどうぞって、おじさんはニヤニヤしてて、嫌な感じだったけど。  部屋は別々にしてくれていた。たぶんロイが一応気を使ってくれたのかな。 「ま、夜までゆっくりしてな」 「……はい」  気が重いなあ。  アッシュが本当にわたしを殺させようとしたのか、事実を知りたいと思ったんだけど。  昨日の舞踏会の出来事は、まだはっきりと覚えてるわけだし。  はぁ〜……悩んでも仕方がないよね。  ここまで来たんだから、後戻りは出来ないんだから。  それにしてもだよ。  よく見たらちょっとボロい部屋。ベッドもギシギシと軋んでいる。  壁もかなり薄いみたい。  あんまり聞きたくない声が、両隣の部屋から聞こえてくる。  まだ時間は昼間なんですけど……はぁ〜……聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるよ。 「なあ、お前さ」 「え、あ、はい?」  なになになに!?  ロイが顔を近づけてきたよ!? ち、近いよ、顔が。  ま、まさか……両隣の色っぽい声を聞いて、なんかムラムラしちゃったの!?  わたしの手を掴んでる……なんでだろう……き、緊張しちゃうよ……  これは、きっと何かされるんだ。目、閉じた方がいいのかな……? 「……寝不足だろ。目の下のクマ、すげーなぁ」  は、はひ!? 思わせぶりな表情で、近づいてきたくせに、目の下のクマ!?  なんか知らないけど、ムカついてきた。 「は、離してください!」 「……なに怒ってんだ?」  怒ってなんかいません! ムカついただけです。  ロイは怪訝そうな表情をしている。鈍感すぎだよ、この人は。 「……? まあいい。俺はそのアッシュとか言う王子の屋敷と、侵入経路と脱出経路を調べてくるからな。  いいか、お前はこの宿屋から一歩も出るんじゃないぞ?」 「分かっていますわ……」  ロイ曰く、指名手配されたわけじゃないけど、いつ誰がわたしを襲ってくるかも知れない。  わたしの強さは理解してくれてるんだけど、武器を持った相手がたくさん来たら、さすがに無理だろうって。 「夜には戻ってくるからな」  ロイはそう言って宿屋を出て行っちゃった。  何気なく見た窓からの景色。街中央の王宮が遠目に見えている。  イザベルの住んでた屋敷や、アッシュの屋敷もあの辺りにあったけど、ここからじゃよくは見えないな。 「みんな、どうしてるんだろ。ハンスやヨハン、オルハンにハイネは……うぅ、ちょっと泣きそう……」  優しく微笑むみんなの顔が浮かんできたよ。  ――コンコン  え? ノックの音? 誰だろう?  絶対ロイじゃないのは分かる。  だってノックとかしそうなタイプじゃないし。それに夜まで帰らないとか言ってた。  じゃあ誰? 知り合いなんか来る訳がない。  わたしがここにいる事知ってるわけ無いもん。  まさか……また刺客とかそんな人?  こ、怖くないからね。イザベルは強いんだから、返り討ちにしてやるんだから! 「えっと……どなた様です……の?」 「その声、やはりイザベルですね!?」  そのイケボは聞き覚えがある。あのハンスの声だ。 「ハンスですの!? どうしてここが分かったんですの!?」 「偶然街で貴女を見かけて、追ってきたのです。ここを開けて貰えませんか、イザベル!」  ハンスは、公爵家の嫡男で、アッシュとは兄弟のように育った大親友。  沈着冷静で、いつも的確なアドバイスを皆にしてくれるハンス。  知的でどこかミステリアスな雰囲気を醸し出す、人気キャラだ。  そんな冷静な人が、今大きな声でわたしの名前を呼んでくれている。  でも、どうしてわたしを追いかけ来たんだろ?  あのプレイヤーキャラのところにいるんじゃないの?  考えて仕方が無いよね。もしかしたら本当にわたしを心配してくれているのかもだし。  ハンスといろいろ話がしたい。  昨日の夜の事もいろいろと聞きたい。 「少しお待ちになってください、ハンス」  紳士だなぁ。鍵なんかかかって無いのに、わたしが開けるのを待ってるなんて。ガサツなロイとは大違いだ。  ドアノブを回して、ギィと軋みドアを開けた。 「ありがとうございます……イザベル!」 「え!? ハ、ハンス!?」  一瞬の出来事だった。  ハンスは、わたしをベッドの上に押し倒した。  ちょ、ちょっと待ってよ!? そんな急にだなんて、まだ心の準備って言うものが……あれ? ハンスの手にナイフって、あれ!? 「は……はははは! イザベル!」 「ハ、ハンス! 落ち着いてください!」  わたしが風邪で療養してる時に、一番最初に駆けつけてくれた。  ずっと寝ずに看病してくれた、あの優しかったハンスが、わたしを殺そうとしてる。  ハンスの顔が怖いくらい歪んで、目が血走ってる  訳が分からないよ……ハンス、どうして! 「ははは! 恐ろしくて、泣いているんですか? でも、安心してください。苦しませず、一瞬で終わらせますからね」  ダメ……力が入らないよ。  ハンスの笑顔がチラついて、殴るなんて出来ないよ…… 「……助けて……」 「あはははは! 助けを呼んでも無駄ですよ! さあ、サクラの為に死んでくださいね、イザベル!」  嫌だ、死にたくないよ……助けてよ、ロイっ! 「……ったく。また、お前の知り合いかよ……お前、いったいなにやったんだよ」  部屋の入り口に立ってるロイの姿があった。  え……ロイがどうしてここにいるの?  夜まで帰らないって言ってたのに…… 「……何ですか、貴方は? わたしとイザベルの邪魔してくるなんて、無粋な人ですね」 「男と女の情事なら、口を挟むなんて野暮な事はしねーよ。でもな、それどう見ても、普通のプレイじゃねーよな!」  ハンスをお尻に、ロイの蹴りが炸裂した。  ――ドガっ!! 「きゃああああ!?」 「なななななんだぁ!?」  どれだけ薄い壁だったんだろう。  ぶっ飛んだハンスの体が壁を突き破って、大きな穴が空いちゃった。  急に壁壊して人が突き破って来たら、驚くよね。  ごめんね、おじさんとお姉さん! 「おい、逃げるぞ!」 「あ、はい!」  ロイはわたしの腕を掴んで、部屋を逃げ出した。  わたし達は、宿屋を逃げ出すと、入り組んだ裏路地へと走り出していた。
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