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 よりちゃんと二人で家を出る。  公園はよりちゃんの家から五分くらいの所にある。通り過ぎてさらに五分ほど行けば俺の家だ。ホントに近い。  思い出の公園はかなり敷地が広い。樹が多くて施設も色々あり人もたくさんいる。  この暑い中ジョギングしている人がいる。  小学生がサッカーをしている姿も見える。  俺たちは公園に入って日陰のベンチに腰を下ろした。アブラゼミが頭上で喚くように鳴いている。 「やっぱまだ、あっちーな」  よりちゃんがシャツの襟元をパタパタしながら空を仰ぎ見た。傾いたとはいえ陽はまだ高い。 「ねえここ。このベンチに座って、よりちゃんと話してたよね」  実際に訪れたことによって匂いや音で鮮明に思い出す記憶があった。光景、といった方がいいかもしれない。何を話したかはもう覚えてはいない。 「してたな。那月はあそこの子供くらいだった」  近くのベンチで低学年に見える小学生が数人でカードを見せ合っていた。  よりちゃんも覚えていてくれた。  あの光景を共有出来てるんだという思いで嬉しくなる。 「ホント、那月は可愛いかったな──」  眩しいものを見るように目を細めてその小学生の方を眺めている。 「俺……正直自分が変なんじゃねえかって思ってた」  そしてポツリと、まるで独り言のように呟く。 「那月はいくら可愛いっていっても男だし、しかもまだ小学生だったろ、まあ俺も小学生だったけど。そんなお前を好きだとか、ずっと忘れられないとか……ダメじゃね?ってまだ思ってる。でも今のお前が拒絶しないでくれて……すごく嬉しいよ」  そんな風に思ってたんだ……俺は拒絶なんて思い付きもしなかったのに。  自分のことを語るよりちゃんが、やたらと寂しそうに見える。また俺を置いてどこかへ行ってしまうような気がした──手の届かないどこかへ。  そんなネガティブな発想、否定しちゃっていいよな。きっと俺にしかできないことだよな。 「──変じゃねえよ。全然変なんかじゃない。だって俺だってよりちゃんに特別な気持ち持ってる、そう言った。同じかどうかはまだ、分かんないけど。よりちゃんが他の兄ちゃん達と遊ぶの嫌だった。俺だけと遊んで欲しかった、そう言って困らせたことなかったっけ……俺だって一緒だろ?」  より(たち)の悪い気すらするぞ。 「ほーんと、かわいいなお前。しかもいい子に育っちゃって──マジで参るわ」  よりちゃんが大きな手で俺の頭をくしゃくしゃにする。 「付き合うにしても合わないにしてもその気持ちが嬉しい。ありがとな」  そう言って俺の好きな笑顔で笑う。  なんとなく言葉が途切れ、聞こえるのは子供の笑い声と蟬の声、風に吹かれる枝の音だけになった。  時間が六年前にスゥっと戻ったみたいだった。  あの時無くした、無くしていた時間の方が長くなってしまった大切なものがやっとまた戻ってきた……そんな感じがした。   (しばら)く公園で過ごしてから、よりちゃんはそのままバイトに行った。  明日は朝からバイトと言っていたから、会うかどうか分からない。うちから十分しか離れていないんだから、会うだけだったらいつでも出来る。
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