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 俺はちょっと言葉に詰まった。  でも大好きなお兄ちゃんに変わりはない。 「うん」  そう言ったのに、ゆっくりと首を横に振る。 「それじゃダメ。那月の言葉で俺をどう思ってるかが聞きたいんだ。その必要が──あるんだよ」  だから、な?と目の前で悠然(ゆうぜん)と笑い掛けられ思わず息を止めて見つめた。  目を惹きつけられたまま、その笑顔に誘われるように自然に言葉がこぼれ落ちる。 「今も……よりちゃんが、好き」  友達としてという意味なのに、そう口にした途端胸がギュッと掴まれたように苦しくなった。 「……ヤバい。思ったより、くるな」  呟いたよりちゃんは真顔になって俺から顔を逸らし、熱を計るみたいに額に手のひらを当てている。  その横顔が格好良いな、と思った。俺より手も足も長くて大きい。よく見れば顔に面影は残っているけど、やっぱり別人みたいに見える。  今日みたいなことがなかったら外で会っても絶対に気付かない。もしかしたら、もう既に何回も知らずにすれ違ってたのかもしれない。この距離を考えたらそうじゃない方が不自然だ。  今日再び会って話ができたのは全くの偶然だ──。 「……こっちに帰ってきた時、なんですぐに教えてくんなかったんだよ」  俺の家にだって何回も来たことがあるし、知らないはずはない。もしかして俺に会う気は無かったのか。 「え?あ、うん──そうだな」  少しだけ困った顔をして、よりちゃんは言いよどんだ。 「これだけ近所に住んでたら、いつかそのうち会うかなと思って?」  やっぱり、会いに来てくれる気は無かった。 「でもずっと会えなかったかもしれないじゃん!今日だって本当に偶々だったんだし!よりちゃんにとっては、俺なんかどうでも良かったんだ」  記憶の中のよりちゃんは俺にとって大きな存在で、よりちゃんにもそう思っていて欲しくて──止められなかった。  よりちゃんは増々困った顔になった。 「分かってないな。違うよ那月。どうでも良くなかったから会えなかったんじゃねえか」 「……どういう意味?」 「那月とは同級生でもないし、すぐ隣に住んでたってわけじゃない。親同士が親しくしてたわけでもねえし、俺にはお前の事なんて何にも分かんなかったんだぞ?俺のことを覚えてるかどうかすら」  確かに俺の中でよりちゃんは特別だ。だけどよりちゃんはそんなこと知るわけはない──。 「ただ昔、同じ公園で遊んでたってだけだろ。もし完全に忘れてるのに、近くに越して来たってだけで家まで会いに行ったら……気持ち悪いだろ。普通」  確かにあの時遊んでいた、よりちゃん以外の誰かが今言ったみたいに会いに来たら……きっと俺は困るだろう。それこそ全く記憶にない。 「だけど俺は──もう一度那月に会いたくて、結局こんな近くに戻って来たんだ。充分気持ち悪いよな」  沈んだ声が、刃を自分に向けて傷を付けている──そんな言い方に聞こえた。 「ごめん。俺、考えなしに責めるようなこと言った。よりちゃんのこと気持ち悪くなんかない。また会えて本当に嬉しい。よりちゃんは他の兄ちゃん達と違う。俺の特別だよ」 「那月……」  少しの間うつむいた後よりちゃんは真剣な顔になって俺を見た。 「……会いに行かなかった理由、本当はもう一つあんだよ」  視線が縫い止めるように真っ直ぐで、少しだけ怖い。だけど逸らしたら続きを聞けなくなりそうで動けなかった。 「お前が全然別人になってたらと思うと怖かったんだ。けどそうであって欲しいとも思ってた。那月が変わらずに昔のままだったら俺、自分がどうなるか分かんなくてさ──」  肩に両手が置かれる。  手のひらがすごく熱い。  どちらも動かず二人して石になったみたいだった。よりちゃんは何かをとても迷っているように見える。 「……よりちゃん?」  固まってしまった時間をなんとかしたくて名前を呼ぶ。 「やっぱ会っちまったら、我慢すんのなんか全然むりだな」  そう呟いて、よりちゃんは俺を引き寄せた。
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