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「主人以外の魔術師がいる可能性のう……」
学校から帰宅した忍から女生徒の投身自殺と魔術師の関与の可能性を聞いたアガレスは、テレビに流れる『甘えん坊将軍』の画面から目を離して首を傾げた。ドラマを観ている時は決して画面から目を離さないアガレスにしては珍しかった。
「主人の存在に気づいていれば、そんな下手な手を打ってこないと思うのじゃが……」
「どういうことだ?」
「人身御供を行うような左道者が、同じ地域にベナンダンティがいると知っていて、その儀式を敢えて行うかのう? 必ず邪魔されるのだから、儀式はひっそりと行うと考えるのが自然であろう?」
左道とは秘教・魔術をふたつに分類する際に用いられる概念のひとつで、日本で語られる白魔術・黒魔術の考え方に近い。元々は東洋の巫術師を道教の道士と区別される為に呼ばれはじめた。あるいはインドのタントラ思想に基づくなど、その概念起源ははっきりとしていない。多くのオカルティストはこの考え方に否定的であるが、邪悪な魔術を使う者に対する侮蔑の言葉として左道者と使うことがある。魔術の力の根源は左手に宿るということから、より魔術を極めようと人としての倫理からはずれた者という意味もあるかもしれない。
ちなみに白魔術・黒魔術も同じ魔術であり、使う者の考え方と思想次第というのが、多くの魔術師たちの見解だった。そもそも、魔術自体がその言葉が表わすとおり『魔』の『術』なのだから、聖なる魔術という存在自体おかしな言葉と言える。
「じゃあ、後頭部から落ちた投身者がうつ伏せになっていたのは偶然だと?」
「そうは言っておらぬのじゃな。好都合なことに、術者は主人に気づいていないということじゃな」
「術者……か。やっぱり、マランダンティだと思うかい?」
「さて、どうじゃろうな。以前、山海魔境で会った乾など、中道を行く者は、時と場合によって左道の術も平然と使うからのう」
「結局、この奇妙な投身自殺の事件はなにが理由かわからないってことか……」
「今日、死んだ娘は、ナーサリーライムを口ずさんでおったのかのう?」
「それは見てないからわからない。ただ、死に顔は似ていた気がする。口元に笑みを残した感じだったしね。警察の人も、そこが気になっていた感じだった」
「大方、頭から落ちたのに表情が崩れていないのは変じゃとかほざいておったのではないかのう?」
「なんでわかる?」
「警察など、いつの時代もその程度じゃ。ナーサリーライムを呟き、微笑みを讃えたまま墜死するか……。主人よ、何やら悦しそうなことが起こりそうじゃぞ」
アガレスは悪魔的な口の両端を吊り上げるような笑みを浮かべて見せた。
だが当の忍は楽しんでもいられない。同じ学校の生徒が2人も奇怪な墜死をしているのだから。
「お前の娯楽感覚はそのくらいにしてくれないか?」
「そうは言うても、主人が本気でこの事件に首を突っ込む気なのか分からぬので、余としてもどう助言したら良いのかわからぬのじゃ」
「それは……」
確かに今現在この事件は、忍の身の回りで発生している『謎の投身自殺事件』でしかない。忍の身に直接危機が迫っているわけではなく、忍の興味本位の質問にアガレスは応えている状態でしかない。
「そもそも『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とも言うが……『好奇心猫を殺す』とも言うでのう。すべては主人の気持ちひとつというところじゃ」
「うー……ん」
「で、主人の直感はどうしろと示しているのじゃな?」
アガレスは人の悪い笑みを浮かべつつ、テレビのスイッチを切って忍の顔を見た。よほどの危機的状況でもない限り、アガレスのスタンスはあくまでも忍の意志を尊重するというものだ。
「僕の直感は……危険を告げているように思える。なんというか、もやもやした霧が足下から立ちこめてきている気がするんだ」
「もやもやした霧のう……」
アガレスは思案するように腕を組み、そして口元に手をやった。そんな仕草は可愛らしいのだが、いかんせん良からぬことをたくらんでいるように見える目つきが、そのかわいらしさを減点していた。
「主人よ。次に人が落ちたら、その場所とその様子をしっかりと見ておくのじゃ。遺体があった位置に変化はあるか? 先に落ちた二人はどんな格好で倒れていたか? それを見比べることが重要になってくるやもしれぬでな」
「落ちた場所は……二人とも同じだった気がする……」
「三人目も同じなら、その落ちた場所に意味があるか、あるいは飛び降りる場所に意味があるかが判別できるじゃろうな……」
「なるほど……」
つまり、アガレスは三人目があると見ていると忍は理解した。
同時にそれは、さらなる犠牲者を待つしか方法がないことを意味していた。
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