第一章 波乱の赴任日

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「あーなんでこんなことに!」    町田アナンは文句を一人で言いながら、鏡の前でせっせと化粧に励んでいた。  歳は25歳。肩に触れるくらいの黒髪で、平凡な顔立ちの女性だ。  彼女は教師生活2年目の途中、突然、花の島に転勤になった。  どうやら花の島の教師の1人が急病になったらしい。  そのピンチヒッターとしてアナンが選ばれたわけだが、なぜ自分が選ばれたのか腑に落ちなかった。 「さて、行きましょ!」  アナンは文句言っても仕方ないと、気合を入れ椅子から立ちあがった。 「くよくよしていてもしょうがないもの」  花の島は、観光客がよく訪れるため、コンビニが設置され、便利はよかった。一番の利点といえば職場に歩いていけることだった。  アナンが派遣された高校は各学年が2クラスしかなく、全学年を合わせても180人くらいの小さな学校だった。 (昨日の内に挨拶にでもくればよかった……)  職員室に到着する前にそう思ったが、すでに時は遅かった。  深呼吸すると職員室の扉をノックして中に入る。 「あ~。新任さんね!」  明るい女性の声がした。白衣を着ているところを見ると保健室の養護教諭のようだった。 「ようこそ、花の学校へ。急にごめんなさいね。同僚の者が病気になっちゃって」  養護教諭は、柔らかな笑みを浮かべていて、アナンの気持ちが少し落ち着く。 「ああ、町田先生かね」  職員室の奥のほうからしゃがれた声が聞こえて、人のよさそうな初老の男性が現れた。養護教諭は道を開けるようにして、他の職員も男性に注目していることからこの人が校長のようだった。 「はじめまして。町田アナンです。よろしくお願いします」  アナンが頭を下げるとその男性は優しく微笑んだ。 「そうかしこまらないで。私は校長でありませんよ。校長は今日は用事があって、島にはいないのです。私は川田ジロウ。音楽を担当しています」  (お、音楽??)  まったくイメージが合わず、顔が引きつるのがわかった。けれどもアナンは顔を引き締めると頭を再度下げた。 「川田先生、よろしくお願いします」 「ああ、また。そんなかしこまらないでも。そうだ、君と同じ大学だった北守先生がいるんだよ。野中先生、北守先生はどこかね?」  ジロウは回りを見渡しながら、先ほどの養護教諭の野中ヒトミに話かけた。ヒトミは目を少し細め、窓を指を差す。 「あそこですわ。川田先生」  窓の外は駐車場になっており、そこから黒髪の青年と茶色のふんわりとした髪を持つ少年が車から出てくるのは見える。 「北守先生はまた遅刻か」  ため息交じりに体格のいい男性がぼやく。 「紺野先生、しかたありませんよ。花村くんと一緒なのだから」  養護教諭のヒトミは微笑むと視線をアナンに向けた。その笑顔がなぜか特別な意味を持っているようでアナンは嫌な気分になった。 「あ、北守先生が来たようだな」  ジロウの声のすぐ後に足音が聞こえて職員室の扉が開いた。そして眼鏡をかけて青年が入ってくる。 「すみません。遅刻してしまいました」  アナンは同じ大学出身という青年の顔をよく見ようと扉へ目を向けた。 (ああ、あいつだわ)  その顔を見て、アナンの苦い思い出が脳裏をよぎる。  それは大学時代に酔った勢いで一度だけ寝たことがある男だった。 (なんであいつがここに)  アナンの視線を感じても青年―-北守ヨウスケは動揺もせず、ただ冷たい視線を返した。 「北守先生、今日から花の学校に赴任した町田アナン先生です。同じ大学出身みたいですよ」  彼女の背中越しに、ジロウがそう声をかけた。 「そうですか?見覚えがないですね。はじめまして。町田先生」  ヨウスケはジロウにそう答え、アナンに向き直る。 (この、いけしゃーしゃーと)  内心頭に来たが、アナンはそれを顔に出さないように笑顔を作った。 「私も見覚えがないですね。こちらこそ、はじめまして。北守先生」
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