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「まったく頭に来るわ!」
アナンは手に持っていたクッションを部屋の壁に投げつけた。
今日は午後からほとんど仕事にならなかった。初日だったのでアナンが授業をすることはなかったのがラッキーだった。もし授業を行うことになっていたら大変なことになっていたに違いない。
テーブルの上に、国語の教科書を広げてはいるが、明日の授業計画など練れるわけがない。
3年前、卒業式間近の飲み会で、飲んだ勢いで寝た男、北守ヨウスケ。
構内では顔を見たことしか記憶になく、失恋あけで飲みすぎ、その場で優しくされてついつい、一緒にホテルに行った。
でも翌日目覚めたときは彼の姿はなく、ただ支払い済みだからというメモが残されていた。
ヨウスケとはそれっきりまともに話すことがなく、大学を卒業した。
(今日まで名前すらわからなかったわ。あれは本当に一夜の過ちだった。あんな奴と一夜を共にしたなんて、犬に噛まれたと思ってきたのに!)
「あ~!思い出したら、頭にきたわ!こんな島出て行きたいけど、半年はいなきゃなんないし。この半年は教師の仕事に集中しよ!」
アナンは自分を奮い立てるようにそう叫ぶと、明日の授業の進め方を考えるために国語の教材に目を落した。
(町田アナンか……)
ヒトシはごろんと自分のベッドに横になって天井を見上げた。
昨日から胸がざわざわしていた。
気配の違うものが島に来たのがわかった。
今日会って、それが運命の女性だということを実感した。
目が会うだけで不思議な気持ちになった。
それは他の誰にも感じたことのない気持ちだった。
「運命か……宿命か……」
ヒトシは誰もいない部屋でそう呟いた。
体の中の何かが彼女の体を欲しているのがわかった。
でもヒトシはこれまで先祖がしてきたことを繰り返す気はなかった。
(花村家の宿命は俺の代で終わりにしてやる……)
「おい、ヒトシ、入るぞ」
ふいに部屋の外からヨウスケの声が聞こえた。家には誰もいないはずだった。
(また勝手に入ってきたのか……)
ヒトシは苦笑した。
田舎のこの島ではだいたい皆、家に鍵を掛けることはない。
父のマサシも同じで神主の仕事に行くにしても家に鍵など掛けたことがなかった。
だから隣に住むヨウスケが小さいころから勝手に家に入ってくることもあり、その逆も然りだった。
「いないのか?」
「いるよ。入れば?女はいないよ」
ヒトシがそう返事をする、一応軽くノックされて、ヨウスケが部屋に入ってくる。
「今日夜出かけるぞ」
それはいきなりの誘いで、ヒトシは自然と身構えた。
「どこに?」
「今日は星の浜で花火を上げるんだ。結構上げるらしい。見にいくぞ」
「ヨウスケと?俺は女の子と一緒がいいな」
ヒトシはベッドから体を起こすと肩をすくめる。
「女子生徒も見に来るっていってたし。観光客も結構見にくるぞ。行かないか?」
彼にして強引で、ヒトシは不可思議に感じながらヨウスケを見た。
「今夜8時な。迎えにくるから」
ヨウスケはヒトシから視線をそらし、それは怪訝につながる。そしてある可能性に行きついた。
「……町田先生も来るんだろう?」
ヒトシの言葉にヨウスケは何も答えず背中を向け、手を振った。
彼はアナンと寝る気はなかった。だから行くつもりなど到底ない。
しかし体の中の何かがアナンに会いたがっていた。
ヒトシは深く息を吐くとベッドに体を投げ出した。
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