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2人の眼下には、地元の人間に鬼落としと名付けられた、深く切り立った峡谷が在った。
鬼落としーー。
あまりに深く切り立った断崖絶壁であり、鬼でも落ちたら上がれない、もしくは死んでしまう、からそう呼ばれた。
山の真ん中から、日本刀で一気に切り裂いたように、2つの向かい合う断崖で作られた細く深い谷だ。
谷底に昔水が流れていたと言われるから、河川侵食谷の類なのかもしれないが、どういう経緯で成因されたか詳しくは調査されていない。
昔はその下に水の流れる沢が在ったと言うが、今は枯れているそうだ。
なぜ疑問系かと言うと、その谷の下まで、ここ100年は降りたという記録がないからだ。
下流に当たる麓に、水が来ている場所が無い事から、沢は枯れたのだろうとそう推測されているだけだ。
側に道路が出来るまで、山中で100mあまりも深く切り立った断崖であり、余程の装備があっても降りる事は困難だった。
また、麓からは深い森を道無き道を掻き分け行かねばならず、敢えて行くような者も今は無い。
谷の奥はV字に山に切れ込んでいて、高さはほぼ変わらないと言われる。
ーーまた麓から谷底まで向かう森自体に、奇怪な伝説もあり、特に地元の人間は好んで入る事はなかった。
むしろ入る事を禁忌としていた。
そんな鬼落としの天辺には、今はアスファルトで舗装させた道路が通っている。
良介達が通った道路だ。
昭和31年、日本山岳会のマナスル遠征隊が3度の挑戦で、マナスル初登頂の成功をする。それを皮切りに、世界各国で日本の登山隊の活躍が続いた。
それらの功績がマスコミ取り上げられると、昭和32年頃から若者達の間に空前の登山ブームが巻き起った。
N県は県の8割が山であり、日本一の山岳県であった。
それに伴い、観光客目当てに、この道が作られた。
だが地元の人間はあまり歓迎はしなかった。
奇怪な伝説のあるのは麓に近い森だが、その根源は鬼落としにあるとされていたからだ。
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