10 最強の魔法使い

1/1
188人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

10 最強の魔法使い

 翌朝、決闘の日はよく晴れた。ただ校庭の土は、前日の雨のせいで濡れている。ところどころ、水たまりがあった。 「クルト殿下とルーカスが決闘するとは予想していなかった」  僕のそばで、ヘンリーが言う。彼は、クルトにケンカを売った僕に、あきれているようにも感心しているようにも見えた。 「十年くらい前に卒業した人たちを探して聞いたけれど、クルト殿下はケンカ好きで、ひどいときには毎月決闘していた。でも強いわけでなく、勝ったり負けたりを繰り返していたらしい」  ウィリアムが僕に教える。彼は探偵のように、クルトを調べていたのだ。 「じゃあ、ルーカスは楽勝かな」  スティーブが笑う。彼は一年生で、入学当初は僕のことを耳が聞こえないと言ってバカにしていた。だがメイソンとの決闘の後で、仲よくなった。今までごめんと、しっかり謝罪もされた。  クルトが強いわけではないことに、僕はほっとした。しかしウィリアムは困った顔で告げる。 「ただクルト殿下はケンカ慣れしていて、相手をけったり、校庭の石や砂を投げたり、すべての魔法を強制的に解除する魔法を使ったりしたらしい。何でもありの決闘だったみたいだ」  ヘンリーとスティーブは、げーっと顔をしかめた。 「まるで子どものケンカだ」  ケンカ慣れしていない僕は、不安になる。年の離れた兄は僕に甘くて、兄弟ゲンカすらほとんどしたことがない。校庭には、決闘を見学する生徒たちが集まっていた。全校生徒の半分くらいはいるだろう。その群衆の中、アメリアが怒った顔で立っていた。  僕の気持ちは縮こまる。アメリアは優しいが、一度、怒ると、なかなか機嫌を直さない。彼女は頑固だ。アメリアの隣には友人のリリーとミアがいて、心配そうな顔をしていた。  彼女たちの近くには、ジャクソンたち家族もいる。こちらは楽しそうに笑っていて、何も心配していないようだった。 「クルト殿下、遅くない?」  ヘンリーがまゆをひそめる。僕はあたりを見回した。クルトは、学園の教官たち三人に囲まれている。彼は卒業生だ。懐かしい話に、花が咲いているのだろう。 「クルト殿下を迎えに行く」  僕はヘンリーたちに言って、クルトたちの方へ向かった。ところが近づくと、予想外のことが起こっていた。 「在学時にはケンカケンカで大騒ぎして、卒業後もこんな問題を起こすとは、君は成長していない」 「ルーカスは、学園始まって以来の秀才だ。魔法の才能もある。彼に大けがをさせたら、承知しないぞ」  クルトは年配の教官たち、――おじいさんやおばあさんたちに囲まれて、説教されている。厳しくて有名な教官たちだ。クルトは彼らに、頭が上がらないようだった。  僕は、どうしようと足踏みする。クルトに、はじをかかせたくない。見なかったふりをして、立ち去ろう。僕が回れ右すると、教官たちが僕に気づいた。 「ルーカス! 新年のパーティーといい今回といい、君はとんだ問題児だ」 「新年のパーティーの件は目をつぶったが、今回はそうはいかない。相応の罰を覚悟したまえ」  説教の矛先が自分の方にも飛んできて、僕はあわあわした。クルトはぱっと笑顔になって、僕のそばまで飛んでくる。 「私たちは大切な決闘がありますので、失礼します。治癒魔法が得意なジャクソンが、魔法薬がたくさん持って来ています。よって、けがに関してはご心配なく」  クルトはごまかし笑いを浮かべて、僕の背中を押して、教官たちから逃げる。僕は少しあきれながら、クルトに背中を押されて歩いた。 「その制服、懐かしいな。私はいつも着崩していたが、君はちゃんとリボンタイをつけている」  クルトはほほ笑む。僕の背中を押すのをやめて、隣に並んで歩きだした。彼は小さな声でしゃべる。 「昨日、アメリアが城までやってきて、決闘の中止を頼んできた」  僕は、彼の顔を見上げた。クルトは僕より背が高い。体も大きい。腕力も、僕よりずっとあるだろう。十才以上の年の差は大きかった。 「私が勝っても、結婚を強要しない。君は決闘の結果に左右されなくていいと告げたら、『ならばなぜ決闘するのだ?』とますます怒られた」  クルトはまゆを下げて、情けなさそうに笑う。 「アメリアから聞いたが、君も似たようなことを言ったか?」 「はい」  僕は肯定した。クルトはまじめな顔になって黙る。それから低い声でしゃべった。 「私が勝ったら、君はアメリアをあきらめてくれ。私はいい加減、幸せな結婚がしたい。逆に君が勝てば、私は彼女から手を引く。外国へでも行って、別の女性を探すさ」  僕とクルトが校庭の真ん中あたりに着くと、僕たちの周りから人が引いていった。クルトは片手を上げて、呪文を唱える。 「銀に輝く(シュテルン)。わがドラーヴァ王国を守る(モーント)。今、約束されし王の血脈に(クラフト)を与えよ」  ゆっくりと水の塊が現れて、長剣に変化する。その剣を、クルトはしっかりとつかんだ。エメラルドの瞳は真剣で、対峙する僕は怖いくらいだ。 (守りの(クラフト)。宝玉の(シェヴェーアト)。今、われの求めに応じて、輝け)  僕は無詠唱で、剣を出現させる。僕とクルトは、たがいに剣を構える。校庭は、しんとなった。みんな息をつめて、僕とクルトを見ている。緊張して、心臓がどきどき鳴っている。けれど平静でいられる。こんなにも周囲から注目されているのに、僕は大丈夫だ。 「決闘の合図はありますか?」  僕は固い声で、クルトにたずねる。何か宣言した方がいいのだろうか。 「ない。好きなタイミングで来たまえ」  クルトはにやりと笑う。 「行きます」  僕は言った。 (地をはう(フォイアー)。赤き(ドラッヘ)。われのために、今、(ヴェーク)を切り開け)  クルトの足もとが燃え上がる。僕は風魔法の次に、火の魔法が得意だ。風と火は相性がいい。僕はクルトが炎を避けて、後ろに下がることを期待した。だが彼は勇敢にも、前に飛びだしてきた。僕との距離を一気に詰める。僕は距離を保つために、下がった。 (母なる大地(エーアデ)。豊かな土壌。今、永遠のくらやみで、わが(ファイント)を捉えよ)  クルトの足もとに、落とし穴が出現する。しかし彼は何らかの魔法による攻撃が来ると予測していたらしく、穴ができる前に横に飛んで避けた。僕に向かってくる。 (自由(フライハイト)を歌う(ヴィント)。とらわれぬ(ヘルツ)。今、このときのみ、われに従え)  強風を起こし、クルトの速度を弱める。彼は顔をしかめたが、すぐに彼の剣が僕を襲った。重い斬撃を僕は受ける。クルトは楽しそうに笑った。 「いかさまをしていると言っていいほどに、無詠唱魔法は強力だ。君は学園最強の魔法使いだ」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!