11 決着

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11 決着

 ほめてもらえたが、剣を交わし合えば僕は彼に勝てない。クルトは僕より体が大きい。魔法を使わなくてはならない。だがクルトの剣は早く、一撃一撃が重い。魔法を使う余裕がない。余裕がなくても、魔法を発動させる。 (――――、――――――!)  大量の水が、僕とクルトに落ちてきた。僕たちはびしょぬれになり、ぼう然とする。足もとには水たまりができていた。 「今の魔法は何だったのかな、主席のルーカス君」  クルトがあきれて苦笑する。僕はそのすきに、五歩ほど下がった。水の魔法は苦手で、失敗した。 「無詠唱魔法の失敗か。水もしたたるいい男が、ふたりもできた」  クルトは金髪をかきあげる。くやしいが、彼はいい男だ。しかし失敗のおかげで彼にすきができて、僕は逃げられた。  僕は自分に落ちつけと言い聞かせて、深呼吸をする。クルトは最強の剣士だ。魔法も剣も、僕のすべてを使って彼に勝つ。僕はクルトに向かって突進する。 (冬の北風(ノルデン ヴィント)。すべてを凍らせる夜の(トラオム)。今、なんじにわれが命令する)  クルトの濡れた服が凍り始める。彼はぎょっとしたが、構わず僕を迎えうつ。剣が交わる。僕は無詠唱で、また魔法をかけた。クルトの体が重くなる。今、彼の体重は普段の三倍ほどになっている。  クルトの表情がゆがむ。けれど彼の剣はにぶらない。僕はまた魔法を使った。クルトの視界は暗くなる。ここまですれば、まともに剣を振れないだろう。僕は激しく、クルトに剣をうちこんだ。 「ガキのくせに、容赦ない。このよい子の優等生め。俺は一度も、主席になったことはない」  悪態をつくが、彼の剣は強力だ。僕は手をゆるめない。攻めて攻めて、攻めまくる。 「くそっ、最後の手段だ」  彼は僕の腹を思いきりけった。息が詰まる。ふいうちをくらった僕は、後方に吹っ飛ぶ。水たまりに転がって、泥だらけになった。急いで起きあがったとき、音がほとんど聞こえなかった。クルトが迫りくる。僕は彼の剣を受け止めた。 「―――、―――――」  クルトが何かをしゃべるが、聞きとれない。僕の背に、冷たいものが走った。聴力強化の魔法を無効化されたのだ。 (地をはう(フォイアー)。赤き(ドラッヘ)。われのために、今、(ヴェーク)を切り開け)  あせって無詠唱魔法を使うが、魔法が発動しない。 「――――(フォイアー)。赤き(ドラッヘ)。――――、今、(ヴェーク)を――――!」  僕は、うまく発音できたか分からないが、声に出した。しかし魔法は使えない。 「――――。魔法の言葉自体を―――――」  クルトのせりふが、少しだけ聞きとれた。多分、クルトの魔法により、魔法の言葉そのものが禁止されているのだ。だから詠唱のありなしにかかわらず、魔法が使用できない。  僕は、いや、――長年の経験を持つ老練な魔法使いでもないかぎり、人はみんな言葉によって、魔法を行使する。言葉も声も、魔法を用いるための便利な道具だ。  これはまずい。僕はクルトの剣に押されて、後ろに下がっていく。息が上がる。汗もかいている。足が、がくがくする。体格の差が埋められない。 (負ける。アメリアをクルト殿下に取られる)  僕はぞっとした。アメリアのためにメイソンに復讐できなくて、アメリアを学園に戻したのもクルトで。僕は魔法の力を借りないと、耳が聞こえない。不良品の耳だ。  二年前、アメリアが僕に、聴力強化の魔法をかけた。僕は優しい音ばかりに囲まれていた。けれど家から出て、学園に入学すると、嫌な音や汚い音もあった。世界は美しいだけではなかった。  それでも、アメリアはきれいだ。友だちも優しい。父も母も兄も、いつでも僕の味方だ。教官たちは厳しいが、僕のことを考えてくれる。世界には、美しいものやきれいなものがたくさんある。瞬間、僕のまわりに風がふいた。 「あなたの耳が、あなたの言うとおり不良品としても、あなたの本質は風。だから家の中に閉じこもる必要はない。学校へ、あなたが行きたい場所へ自由に行けばいい」  アメリアが僕に、魔法学園への入学を勧めた。僕は草花を揺らし、音を届ける風。何にもとらわれない、世界中を吹きわたる風。耳が聞こえても聞こえなくても、僕は勝つ。  強い風が起こり、クルトが後ろに吹き飛ばされる。だが一流の剣の使い手である彼は、剣を手放さない。僕は風に乗って飛ぶようにして、クルトを追いかけた。  クルトは地面に落ちて、一回、二回と転がった。泥だらけの体で、すぐに起き上がろうとする。僕は息を止めて、クルトの眉間に剣を突き付ける。クルトは驚いて、僕を見る。力を抜いて、ふっと笑った。 「君の勝ちだ」  わっと歓声がわき起こる。僕とクルトは、拍手の渦に包まれた。僕は剣をひっこめる。クルトは立ちあがって、楽しそうに笑った。 「今の風の魔法は何だ? すごいじゃないか」  僕は、肩でぜいぜいと息をしていた。勝者の意地で立っているが、本当は倒れたい。汗が目に入って、痛い。 「大丈夫か?」  クルトは心配げに問いかけて、手を貸そうとする。僕は首を横に振って、断った。アメリアの方を見ると、彼女はぼう然と立ちつくしていた。目は真っ赤で、泣いたあとがある。髪も乱れている。クルトは手を引っこめてから、微笑した。 「水もしたたるいい男だったのに、君も私も泥だらけだ。泥だらけでも、君はドラーヴァ王国最高の魔法使いだ。子ども扱いはできない」  彼はもう一度、手を出して、僕に握手を求める。僕はクルトの手を取って、ふたりで笑い合った。
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