12 世界で一番、美しい音

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12 世界で一番、美しい音

 決闘に勝った僕は、よろよろの体だったが、アメリアに愛の告白をした。恋人になって、ゆくゆくは結婚してほしいと願い出る。だがアメリアは僕が決闘したことに腹を立て、恋人になってくれなかった。  アメリアに立ち去られて、僕はしょんぼりする。すると二年生たちが、こっそりと教えてくれた。アメリアは僕が決闘で劣勢だったときに泣いて、大騒ぎしたらしい。取り乱して、決闘の場に飛びこんでいこうともした。 「やめて、ルーカスが死んでしまう!」  二年生たちは、アメリアを体を張って止めなければならなかった。彼らは僕に、あきれたように言う。 「当分、アメリアは怒ったままだよ」  僕は教官たちから決闘した罰として、学園内にある畑の雑草取りを命じられた。一週間、早朝に登校して、ひとりで雑草をむしるのだ。踏んだりけったりだけど、仕方がない。  翌朝、スコップを持って畑仕事に精を出していると、クルトがやってきた。僕は驚く。生徒ではないクルトには、罰の雑草むしりはないのに。 「私ほど、罰の草刈りをした生徒はいない」  彼は笑って、僕に虫よけの魔法をかけた。虫の寄ってこない、ラベンダーの香りだ。そして分厚い手袋をはめて、雑草を一緒にむしる。 「ありがとうございます」  僕はお礼を言う。クルトは僕を手伝うために来たのだ。彼は面倒見がいい。しかしクルトは、まじめではなかった。 「面倒だ。君の得意な火の魔法で、畑の雑草を一掃してくれ」 「そんなことをしたら、大切な薬草も燃えます」  僕はゆっくりと反論する。 「いいじゃないか。君の仕事は雑草をなくすことで、薬草を保護することではない」  クルトは子どものように、へりくつをこねた。僕はちょっとあきれる。 「薬草がなくなったら、僕はアメリアにますます嫌われます。彼女はこの畑を大切にしています」  園芸用はさみを手に、激怒するアメリアの姿が浮かんで、僕はぞっとした。クルトは驚いて、エメラルドの両目をぱちぱちさせる。それから笑いだす。アメリアについて何か言うと思ったが、彼は何も口にしなかった。そして明日からまた外国へ行くと告げた。  四月になった。季節は、うるわしい春だ。畑には、白や黄や紫の花が咲いている。カモミールやミントやミモザだ。  僕はアメリアに嫌われたまま、ひとりで早朝に畑の雑草をむしっていた。畑にしゃがみこみ、小さなクワを一生懸命に動かす。アメリアがやってきた。彼女は苦笑する。 「もう、決闘の罰は終わったのでしょう?」  僕は一か月ほど、草むしりを自主的にしていた。アメリアは僕の隣に腰をおろす。 「アメリアはまだ怒っている?」  僕は気弱にたずねた。 「こんなにも長い間、畑の世話をしてもらえれば、機嫌も直るわ」  アメリアは空を見る。空は彼女の瞳と同じ、青い色をしている。澄んだサファイアの色だ。 「去年の春は、ルーカスもあなたのご家族も、学園でうまくやっていけるか、とても心配していた。私は『私がルーカスを守る』と、えらそうに言っていた」  アメリアは懐かしそうだった。僕も去年のことを思い出す。あのころは、家の中ばかりにいた。アメリアは僕の方を向いて、うれしそうに笑う。 「友だちがいっぱいできたね。おしゃべりも、うまくなった」  学校に入って、僕の世界は広がった。僕はアメリアにほほ笑み返す。 「僕は学園に入って、よかった。学園に入学できたのは、アメリアのおかげ。ありがとう」  アメリアが魔法をかけなければ、僕はずっと優しい家族に守られて、家の中に閉じこもっていただろう。そして聴力強化の魔法があっても、アメリアが勇気づけなければ、僕は学園に行けなかった。 「私が学園に戻ってこられたのは、ルーカスのおかげ。あなたがエスコートしなければ、新年のパーティーにも出席しなかった。ありがとう」  アメリアは僕に、ありがとうの気持ちを返してきた。 「ずっと、そばにいて。私をエスコートしていいのは、あなただけ」  彼女の言葉に、僕はうなずく。彼女は笑って、少し涙ぐむ。アメリアは僕に、手を差し出してきた。細い手を僕は握る。どきどきした。もう、この手を離さない。風が畑の花々を揺らす。僕は初めて、アメリアを抱きしめた。  半年後、クルトが隣の大国の姫と結婚した。大陸一美しいと言われている姫だった。ジャクソンが、「あいつは昔から、ほれっぽい」と笑った。  僕とアメリアは、僕が学園を卒業してすぐに結婚した。一年後、アメリアは女の子を産んだ。産声が聞こえる。赤ん坊が世界に出て、初めて上げる声だ。 (世界で一番、美しい音だ)  僕の風は、そういった美しい音を運ぶためにある。きれいな花を揺らすためにある。世界は今日も、あたたかくて優しい。
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