7 ただの幼なじみ?

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7 ただの幼なじみ?

 ルーカスのおかげで、私は二月から学園に戻ることに決まった。学校に戻ることはうれしいが、薬草園から立ち去るのは名残おしい。薬草園での残り少ない日々を楽しんでいると、クルトがひとりで薬草園にやってきた。  昼下がりの畑で、ジャクソンが大喜びでクルトを迎える。彼らは親しく、肩をたたきあっていた。私とジャクソンとクルトは、邸の方へ移動する。 「まだ結婚しないのか?」  食堂で、ジャクソンがリンゴのパイを食べながら、遠慮なく王子に聞く。同じテーブルに座っている私は、ぶしつけな質問にぎょっとした。しかしクルトは平然としている。 「君が学園一の美女を取ったせいで、私はまだ結婚できない。ところで、この薬草茶はおいしいな。菓子もうまい。去年の春に来たときは、こうではなかった。何か変わったのか?」  クルトは大口を開けて、手づかみでパイを食べる。彼が不作法にふるまうのを、私は初めて見た。クルトとジャクソンは、気安い仲なのだろう。 「アメリアが来た。だが彼女は来月、魔法学園に戻る。アメリアの学園復帰は喜ばしいが、僕たち家族には大きな痛手だ」  ジャクソンは大げさに、ため息をはく。クルトは私をじっと見た。 「結婚してくれ。私は食いしん坊で、おいしいものが好きだ。それにメイソンに君はもったいないと、前々から思っていた」 「え?」  唐突な申し出に、私は困った。クルトは真剣な顔をしていて、私は背中に嫌なあせをかく。彼は楽しそうに笑いだした。 「いい相手を見つけたのに、振られた」 「殿下。そういうところは変わらないですね」  ジャクソンの妻がころころと笑う。彼女のひざの上では、三才の息子がリンゴをかじっている。さきほどの結婚してくれは冗談だったのだ。私はほっとした。 「どうにも、ほれっぽくてね。最近では、父も母もそろそろ身を固めろとうるさい。はやく、どこかにいる運命の人を見つけなくてはならない」  クルトはうんざりして、天井を仰ぐ。母親の隣に座っている六才の娘が、勝気に主張した。 「クルトは私と結婚するの! だって、この国で一番かっこいいから」  幼児からのかわいい求婚に、クルトは目じりを下げた。 「あぁ、姫君。私が四十才を過ぎても結婚できなかったら、このあわれなおじさんと結婚してくれ」  クルトの返答に、ジャクソンはあきれる。 「ケンカっぱやいところは治ったのに、おちゃらけた性格は変わらない。結婚相手は国内外を問わず、広く探したらどうだ?」  クルトはよくしゃべる人だ。話のペースもはやい。ルーカスと対照的だった。ルーカスは話すのが苦手なせいもあるが、性格がのんびりしているのだ。 「ケンカと言えば、決闘は今、魔法学園の伝統になっているらしい」  クルトがおもしろそうに笑う。ジャクソンは目をぱちくりさせた。 「伝統? 王子の君がケンカばかりしたせいで、体裁を整えるために、ただの私闘を決闘と言い変えただけなのに」 「私は手袋を投げたことはないが、今は手袋を投げることが必須になっているようだ。ルーカスも手袋を投げていた。今、思いかえしても笑える。本人たちは真剣なのに、喜劇にしか見えなかった」  クルトは、くっくっくと笑う。ジャクソンは苦笑した。 「おとなしい子なのに、上級生の王子に決闘を挑むとは思いきったことをする。彼は先月、この薬草園にアメリアに会いに来たが、アメリアと姉弟のように仲がよかった」 「姉弟ねぇ」  クルトはちょっと考えた後で、私にたずねる。 「ルーカスは昔から、魔法や剣が得意なのか?」  私は微笑した。 「はい。子どものころから、彼も彼の兄も剣が得意です。魔法はうまく口が動かなくて、苦手だったようですが。ただ、この前のパーティーで無詠唱魔法を使っていて、私は驚きました」  普通、無詠唱魔法は、年配の熟練魔法使いしか使えない。男の子は、ほんの少し見ない間に成長する。魔法は私の方が得意だったのに。今では、私はルーカスに助けられてばかりいる。 「あー!」  ジャクソンの子どもたちがさけぶ。テーブルの上で果実のジュースをこぼしたのだ。 「こらっ」  ジャクソンがしかる。けれど子どもたちは父親を無視して、「あんたがコップを倒した」「僕、ちがう」と、けんかを始める。ジャクソンと妻は、ケンカの仲裁をしたり、こぼれたジュースをふいたりする。  クルトは子どもたちの騒ぎに慣れているのだろう、ゆったりと茶を飲んでいる。素敵な人だな、と思う。手づかみでパイを食べても、ふざけたことを言っても、逆にそれが魅力的に映る。さきほどの求婚を断ったのは、もったいなかったかもしれない。  私がクルトを見ていると、彼は視線に気づく。静かな声で問いかけた。 「女性に対して失礼な質問かもしれない。だが君の年齢を聞いてもいいかな?」 「今月、十七才になりました」  私は笑顔で答える。クルトは少し黙ってから、意味深にたずねた。 「ルーカスは、ただの幼なじみ?」  私はどきっとする。 「はい」  肯定したけれど、自分の言葉に納得できなかった。去年までは何の疑いもなく、ルーカスは私の弟と言えた。けれどあの決闘の後から、ルーカスは弟でなくなった。弟でないなら、彼は私の何だろう。  私とルーカスの関係は変わった。けれど、この関係の行きつくさきが見えない。クルトは、ふっと笑った。 「結婚の話は、真剣に考えてほしい。そのうち君の両親にも話をする」  私は凍りついた。悪い冗談かな、とも思った。でもその一方で、私の人生でこれ以上はない良縁だ、と冷静に考えている。私は迷い、何も返事できなかった。
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