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「なるほどな。つまりオレのところに現れたのはたんなる偶然ってワケか」
「そうなの! たまたま通りかかったらおじさんが倒れてたから覗いてみたんだ」
季節を掌(つかさど)る妖精は自分の担当でない時季は方々を回遊している。
そして気まぐれに人間の世界に干渉するという。
冷夏や暖冬、ゲリラ豪雨などはその代表例だと妖精は言った。
「するとオレはお前の気まぐれに助けられたってことだな」
男の口調はしっかりしている。
甘みのあるあの水が急速に体力を回復させたようだ。
妖精が現れたことで室内も秋のように涼しくなっている。
「とにかく礼を言っておこう。オレは暑いのが苦手でな。お前が来なかったらきっと死んでいた。命の恩人だ」
妖精はにこりと笑った。
その無邪気な様を眺めながら、男はあれこれと思案する。
(こいつ、妖精だというが見た目も話し方も子どもそのものだな。ならきっと頭のほうも――)
彼は大袈裟にため息をついてみせた。
「どしたの、おじさん? また水を出してあげようか?」
「いや、そうじゃないんだ。これからのことを思うと気分が優れなくてな」
「どうして?」
「オレには家族も友だちもいないんだ。それに金もない。お前がいなくなったらオレはまた独り寂しく死ぬんじゃないかって不安で……」
「う~ん?」
言ってから今のは言い回しが難しかっただろうか、と彼は考えた。
とにかく不安を抱いていることが伝わればいいので、縋るような目で少女を見上げる。
「そっかぁ、おじさんはひとりぼっちなんだね」
心配そうに顔を覗きこむ少女を見て、彼は思った。
やはり考えたとおりだ。
妖精といえどもしょせんは子ども。
演技を見抜く力もなければ疑念を抱くこともない。
「じゃあね、しばらくの間、あたしがいっしょにいてあげる!」
「いいのか?」
「うん! なんかほっとけないし。これも縁ってやつだね」
彼は笑った。
簡単なものだ。
ほんのちょっと泣き言を漏らしただけでころっと騙される。
こんなのが本当に季節を掌る妖精なのか、と彼は一瞬だけ訝しんだ。
(取り敢えず繋ぎ止めることには成功した。あとはこいつの能力をどう使うかだな。冷房や飲み水に困らないのはいいとして――)
常識を超越した力は金になる。
男はこの妖精を利用してどう金儲けをしようかと考えた。
「そうか、ありがとう。しばらくと言わずにずっといて欲しいくらいだよ」
人としての弱さを見せておいて同情を引く。
この無垢な妖精は庇護欲を抱かせておけば勝手にどこかに行ってしまうことはないだろう。
「ところでさっきの水はいくらでも出せるのか?」
「あたしを甘く見ないでよね。プールにいっぱいの水だって出せちゃうんだから」
「そりゃすごいな。あ、そうだ。冬と雪の妖精と言っていたが他にも何かできるのかい? たとえば氷を作るとか――」
「んっとね~」
それから彼はこの妖精に何ができるのかを事細かに聞き出した。
まず何度か見せた水を生み出す技。
そこから発展して氷を作り出すことも造作もないらしい。
さらには雪を降らせることもできるが、今は夏と太陽の妖精が精力的に活動しているため難しいという。
川や湖を凍らせたりすることもできるそうである。
そして驚くことに水を跡形もなく消すことさえできるというのだ。
「聞けば聞くほどすごいな。いや、まったく驚いたよ。お前はすごいやつだ」
「トーゼンだよ! あたし、妖精の中で一番強いんだから」
少女は得意気に部屋中を飛び回った。
(よし、上手く持ち上げたぞ)
彼は笑いを堪えると、神妙な顔つきで言った。
「実は――頼みがあるんだ。オレを助けると思って手伝ってくれないか?」
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