冬と雪の妖精

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 快適だな、と男は思った。  容赦なく押し寄せてくる熱波もこの妖精が傍にいれば心地良い微風(そよかぜ)に変わる。  放っておけば60度近くまで上がる車内の温度だが今では冷房を入れずともひんやりと涼しい。 「こんな小さな容器でいいの?」  段ボール箱に大量に詰め込まれたボトルを手に取って妖精が問うた。 「ああ、それで充分だよ。たったそれだけでもたくさんの人が助かるんだ」  ハンドルを握りしめて彼は穏やかな口調で言う。  二人が向かうのは山をひとつ越えた先にある小さな町だ。  今年は酷暑に加えてかねてからの渇水により、町民は水不足に悩まされていた。  ダムもなく、山道は狭隘とあって外部からの水の供給は難しかった。  男はそこに目をつけた。  大小ありったけの容器をかき集めて車に積み、町の広場に簡易のスペースを作る。  あとは町民に水を売りつけるだけだ。  彼らは先を争って水を求めた。  今はコップ一杯の水すら貴重だから、値段を多少釣り上げても面白いように売れる。  満載の容器は数時間で底をつき、彼の手元には大金が残った。 「水って高いんだね」  何も知らされていない妖精は値札を見て言った。  途中からは競りのようになり、最終的には1リットルの水が5千円にまで跳ね上がっていた。 「生命線だからな。オレたちは何をするにも水がなくちゃならないんだ。そう考えればこれでも安いくらいさ」  画期的なビジネスだ、と彼は思った。  このやり方の利点は原資を用意しなくて済む点だ。  つまり商材となる水はその場で妖精に用意させればいい。  必要なのはせいぜい売り物を入れる容器くらいだ。  ただし妖精の存在は誰にも秘密だからその瞬間を目撃されないように細心の注意を払う。  そこさえ気を付けておけば彼の独擅場である。  価格は売主が一方的に決められる。  値段が気に入らないなら買わなければいい。  なにしろ相手は生活用水に困窮している弱者である。  法外な金額をふっかけても買い手はいくらでもつく。 「ふーん、人間ってたいへんだね」  何かを考えるように妖精は二度、三度と小さく頷いた。 「そう、大変なんだ。でもお前の素晴らしい力が困っている人たちを救ったのさ」  後ろめたさはない。  売買とは双方が納得したうえで行なわれる取引だ。  不正も詐欺も働いていない。  それにこの町の人間は実際に水不足に困っていて、自分は彼らが求めているものを供給したに過ぎないのだから、これは立派な人助けである。  もっといえば人命救助、命の恩人。  恩を売り、水を売り、大金を手にする。  完璧なサイクルだ。  男は心底からそう思っていた。 「時間が惜しい。次の場所へ行こう」  その後も彼は同様の手口で荒稼ぎした。  水を欲しがっている連中はどこにでもいる。  運悪く雨が降ってしまい水不足が解消されてしまったときは、反対に水を涸らしてしまえばいい。  こればかりはさすがに妖精も疑問を口にしたが、そこは舌先三寸で丸め込む。  彼は多少弁が立つから彼女も最後には言いなりになってしまうのだった。
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