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「今日行くところって大きいんですか?」
「まぁそこそこかな」
空調の効いたバスの中にはちらほらと乗客がいる程度。お昼前の丁度人が少ない時間帯に当たったらしい。
「人多そうですね」
「人込み苦手?」
「得意ではないですね」
「まぁ、私もなんだけど」
バスで駅まで行って、そこから電車で二駅の場所にある大きな商業複合施設。普通の人の感覚はわからないが、出不精の私にとっては少し遠めの買い物。帰りの電車の中で荷物を抱えるのは恥ずかしいけれど、自家用車を持っていないので仕方がない。普段は自転車とバスがあれば生活できてしまうが、こういう瞬間には車が欲しいと思わないこともない。
「それより、知り合いとかに会いそうで怖くないですか?」
「……考えてなかった」
「私はまぁ友達もそんなにいないのでいいんですけど、麻里さんは学校中に知られてますし」
「理由は知らないけど莉緒ちゃんも学校で有名なんじゃなかったの?」
「まぁ、私の知名度は悪名みたいなものなので」
自嘲気味に笑う彼女を横目に、もう一度彼女が学校で有名な理由を考えてみる。
悪名か。なんだろう。不登校の美少女みたいな感じだろうか。悪い人って高校生には格好良く見えちゃうものだし。
「それより麻里さんですよ。もし生徒に会っちゃったらどうするんですか? 私といるのを見られたら流石にやばくないですか」
「高校生の情報網は早いもんね」
「じゃあ、とりあえず別行動しましょうか。時間を決めて落ち合えば大丈夫だと思いますし」
「了解。二人で買い物に来てるのに少し物足りないけどね」
バスの車窓から外を眺めるようにして会話していると、莉緒ちゃんに肩を突かれる。
振り返るとすぐ近くに彼女の顔があって、小さく驚く。
彼女はあの日出会った時と全く同じ格好をしている。簡素なシャツにホットパンツ。涼しげな靴。そして頭にはニット帽。
ただのファッションかと思って言及はしなかったが、やはりこうして見ると夏には不釣り合いに思えて目立つ。夏にニットを被るのが流行っているのだろうか。流行に疎いせいで、それに意味があるのかさえも分からない。
一昨日洗濯したときには帽子は見落としていたから、一緒に洗ってあげればよかったななんて思う。
「別行動だったら連絡手段必要じゃないですか?」
「あ、そうだね。ラインでいい?」
私は携帯を取り出しいつもの緑の画面を開く。数人の友人と親族と職場の人間しか登録されていないここに現役の女子高生が登録されると思うとびっくりだ。
コードを表示して彼女に渡そうとすると、彼女は気まずそうな顔をする。
「ええと、もしよければ電話番号教えてもらっていいですか……?」
「もしかしてラインやってない?」
「はい。恥ずかしながら」
「友達とかと連絡したりしないの? 女子高生ってライン必須だと思ってた」
「女子高生は、必須だと思いますよ。でも私は不登校気味なので、そんな親しい友達いないんですよ。学校で話せる人はいても学校以外で連絡を取るほどじゃないです」
彼女と話していて勝手に、この子は友達も多いんだろうななんて感じていた。話も上手かったしこっちの考えを読み取ってくれるしで、コミュニケーション能力が高いと思っていたから、友達がいない宣言が飛んでくるとは思わなかった。
驚きが半分。同情が半分。申し訳なさそうな顔を浮かべる彼女に番号を教えないという選択は選べず、私は彼女の携帯を受け取り、自分の番号を打ち込む。
「ありがとうございます。この携帯に登録されてる人、これで四人目です」
感情の読めない笑顔を向けられて私も戸惑う。普段携帯を使わないお年寄りでももう少し登録されているんじゃないか。四人。私と両親と、あと誰だろう。姉妹でもいるのだろうか。
彼女を盗み見ると私の番号を登録している途中で、そんな彼女に振る話題が見つからず咄嗟にニット帽について尋ねた。
「そういえば、その帽子さ」
私が口を開いた瞬間、彼女は肩を跳ねさせるように驚き、ゆっくりとこっちを見る。
「この帽子が、なんです?」
その声は雑談にはそぐわない緊張の音が混じっていた。
「いや、夏にニット帽って珍しいなって。流行ってるの?」
「あ、あぁ。そんな話ですか」
「ん?」
「いや、何でもないです。流行ってるんですかね。一応サマーニットってジャンルはあるんですけど、そんなに見ないですよね」
「暑くないの? 見るからに暑そうだなって」
「暑いですよ~。しかもこれ、多分そのサマーニットじゃないので普通に暑いです」
「じゃあ被らなくても」
「まぁ、好きってのはあるんですけどね。おしゃれは我慢とか言いますし。ただそれとは別にちょっとしたお守りみたいな感じにもなってて」
「お守り?」
「私、外出るの苦手なんですよ。だから鎧っていうか」
「メイクするみたいな感じ?」
「そうですそうです。暑いのがデメリットですけど、今更癖も治らなくて。まぁ気に入ってるんでいいんですけどね。可愛いし」
体に染み付いた習慣は中々消えない。私だって朝はラムネがないと本当に起きられないくらいだし。だからそこまで膨らませる話でもないのかもしれない。
人込みの中で見つけやすいし、悪いことではない。トレードマークとしても可愛い。
バスが一時停止の後また走り出し、次の停留所が表示される。莉緒ちゃんが近くにあったボタンを押し、車内に軽い音が流れるのを聞いて次が目的の駅なことを知った。
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