1日目「出会い」

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 出会いの日も、例外なく空は湿度と蝉の音で充満していた。  上半期の仕事に一つの区切りが付いた私は、思考が纏まらない頭で今年の夏の予定を考える。  夏は嫌いだ。学生の頃は、それなりに心も踊ったけれど、はしゃげる元気も無くなってしまった今ではただ暑いだけの日々。  海にも川にも行く予定はないし、行く友達もいない。ただ漫然と耐えるように今年の夏も過ぎていくんだろう。あ、でも一つだけ。ビールが美味しいのは嫌いじゃない。  いつもより遅いテンポでコツコツと、まるで映画の中のゾンビの様にヒールの先を帰路に鳴らす。疲労と日差しが全身に圧し掛かる今は先の事なんて考えていられない。とりあえずは、脚を引き摺ってでも家に帰り、泥の様に眠りたい。 「あっつ……。ほんと死ぬよ……これ」  シャツに滲む汗に嫌悪感を抱きながら、水分不足と疲労でくたくたの身体をふらふらと前に進める。  明日からは夏の日差しの下に出ることも無い。エアコンの効いた天国で怠惰の限りを尽くす。そんな非生産的な幸せが待っている。  日々背中にピッタリと張り付く具体性のない焦燥感からも逃れられるかもしれない。  そう考えると、夏もまぁ、悪くはない。  私立高校の非常勤講師として契約して三年目。一昨年、去年と二年連続で取り損ねた教員採用試験も今年は順調。一次試験を終え、結果を待つばかり。それで受かっていたらあとは二次試験を受けるだけ。まだ一次の結果すら出ていないけれど、恐らく今年は合格できるだろうと謎の自信が胸の中に巣食っている。  しかし、非常勤講師という立場も案外気楽なもので、こうして他の教員が喉から手を出してでも欲しがるであろう長期休暇を楽に取ることだって出来る。  その分、職員室での肩身が狭いのと、日々背中に刺さる白い眼差しには、多少応えるものがあるが、それを差し引いても現状に満足してしまっている私がいる。  贅沢をするような性格でもないし、今更大きな部屋に引っ越す欲望もない。金銭面ではもう十分に満足している。  まぁ、それでも、なんだかんだ言って、どうせ私は周囲の流れに合わせるように教員試験に合格し、めでたく今の学校からおさらばするんだろうな。なんて思う。  向上心なんてものは無いが、流れに逆らう気力も持ち合わせていない。  汗で額に張り付いた前髪を払い、ふとそのまま左手首の時計を見る。  十九時半。最後の仕事の片付けに手間取ったせいか、それとも死体の様にゆっくりと歩いていたせいか。いつものバスの時間はとうに過ぎ、数本後の発車時刻まであと少し。記憶ではこれを逃すと次は三十分後。この暑さの中それだけの時間を待つなんて、それこそ地獄もいいところだ。  慌てて足を速め、川を渡す大きな橋に足をかける。百メートル程の橋を渡り切った先がゴールのバス停。さながら真夏の百メートル走。  意気揚々とスタートを決めたつもりだったが、残念ながら私の下半身は言うことを聞かなかった。終業式中ずっと立ちっぱなしだったからだろう。パンパンに張った脹脛は悲鳴を上げていて持ち上げることすら億劫だった。  結局、愉快に自分の体と格闘している私の隣をバスは無慈悲に通り過ぎていく。  橋に足を掛けたばかりの私と橋を渡り切ったバス。到底追いつけない距離を引き離され、次のバスを待つまでの地獄を甘んじて受け入れた。  田舎とも都会とも言えない中途半端なこの町で考えれば、バスが三十分の間隔で来るのはむしろありがたい話なのかもしれない。遥か遠くのバス停で乗り降りする人間を数えても片手で十分に足りる程。そもそも、学生以外にこの辺を利用する人間が少ないのだから、下校時間を過ぎた後はバスの本数が少なくなるのも仕方がない。その証拠に私が歩く道に車通りは少なく、バス以降私を追い抜いていく車は無かった。  次のバスがあることに感謝しよう。きっとこれは不幸中の幸いというやつだ。そう考えることにしよう。  軽く数歩を走っただけで息切れを起こした私は、膝に手を付くようにして息を整える。これでも学生時代は球技とか長距離走とか結構得だった筈なんだけどな。  二十歳を超えてから急激に体力が衰えると聞いていたけれど、今まさにそれを実感している。まだ二十代も折り返し地点なのにこの有様だ。自分の老いを自覚ことが結構メンタルに来るという事を最近学んだ。  この橋を歩ききらなきゃならない事への絶望。次のバスまでの三十分間この暑さを耐えることへの絶望。そして体力が落ちたことへの絶望。  我ながら安い絶望感たちだ。絶望の意味を一度調べた方がいいかもしれない。  その証拠に次の瞬間。息を整え歩き始めようと顔を上げた時。私の脳内にあった様々な感情は目の前に広がる光景に塗り潰され、開いた口からは感嘆の息を漏らしていた。  視界に広がったのは夕暮れに相応しい真赤な空。  少し黒を混ぜたような、重い赤。  その中に、雑に千切られた雲が真っ黒な影を落として、浮かんでいる。  どうしようもなく綺麗な景色だった。  でもそれだけではない。  私が目を奪われたのは、そのすべてを背負う少女。  橋の中央で手すりの向こう側に立ち、頭上の夕暮れを仰ぐ少女。彼女の立つ場所の後ろには、綺麗に靴が揃えられている。  幼い体形を見るに中学生だろうか。小柄な体躯に短い髪。そしてこの季節には不釣り合いなニット帽。  袖口から露わになる肌はあまりに白く、そしてニット帽から覗く髪は空の黒にも負けない黒。  背景の夕暮れをバックにする少女の立ち姿はまるで一枚の絵画のようで。  釘付けになる私はそれに美しさを感じると同時に、恐怖を抱いていた。  夕焼けを反射するように光る彼女の眼には刃物のような剥き出しの鋭さがあった。まるで野生動物が獲物を狩る瞬間のような。張り詰めた空気の中に生と死が渦巻いていた。  それは平和な生活を送る人間には絶対に縁のない雰囲気。  全身からその気迫を漂わせる彼女を見て、私の身体は小動物のように震えていた。  さっきまの暑苦しい汗とは違い、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。  その時、私の視界の中で静止画の様に佇んでいた少女が、私の気配を察知したかのように振り向く。  蛇に睨まれた蛙のごとく体を固める私をじっと見ながら、少女は微笑む。そしてゆっくりと口を開いた。 「大丈夫ですよ。飛び降りたりなんかしません」 「……え?」  そうしてようやく、少女が今にも橋から飛び降りることができる体勢であることに気が付いた。橋はかなりの高さがあり、自殺するには十分。彼女がその身を投げ出す映像が脳内に浮かび全身に悪寒が走った。  慌てた私の足は気づけば動くようになっていて、思考を回すよりも先に少女の元へ駆け寄る。 「いやいや、むしろ勢いよく来られた方が危ないですって。今戻るんで落ち着いてください」  パニック状態で少女との距離を詰める私に、彼女は穏やかな落ち着きを見せながら静止の言葉を掛ける。  そして死の淵に立つ少女はまるで机の上にでも座るかのように、ひょいと手すりに一度腰を掛けると、そのまま体を回転させ私の目の前に着地する。  私はその光景を唖然として見ていたが、彼女が橋に足をつけた瞬間、咄嗟に少女の肩をつかんだ。 「早まっちゃだめ! そりゃ、辛いことだってあるかもしれないけど!」  焦りに任せて言葉を投げかける私にまた少女は笑う。 「落ち着いてください」 「……飛び降りるなんて駄目!」 「だから大丈夫ですって。ほら。もう私は手すりのこっち側にいるでしょ?」  半ばパニックになる私を宥めるように優しい声色を投げかける。  私は震える手で彼女の肩を掴んだまま、不規則に跳ねる自分の呼吸に戸惑う。 「安心してください。今日は死にませんから」  自殺なんてしていいわけがない。どんな理由があったって、死んだら全部終わっちゃうんだから。 「結構いい景色だったから、ふと死にたくなっちゃっただけなんです。でも、これじゃまだ足りないかなって」 「……なに……何言って」  私は呼吸の乱れから来る眩暈と、少女が無事なことへの安心感で、その場に膝をつく。ストッキング越しに肌に小石が刺さり、じんじんと痛みが波打った。  私は橋の手すりに背中をつけ、深呼吸をする。視界を上げると夕暮れをバックにした少女の顔が中央に映った。 「落ち着きました?」 「……だいぶ」 「よかった」  彼女は私に微笑むと手を差し出す。 「とりあえず、バス停まで行きません? こんな所に座ってると、変に見られちゃいますよ?」  今の私よりも奇異な行動を取っていた少女の手を恐る恐る取り、私は立ち上がる。少女は小走りで私が落としたバックを拾ってくると、行きましょうとバス停に向かって歩き出した。  この少女が分からない。さっきまであれ程死の気配を漂わせていたのに、今じゃこんなに普通の女の子の顔をしている。全く別の少女を見ている感覚だった。  ひょこひょこと歩く少女の背中を追いかけながら考える。これは学校に連絡するべきだろう。少し会話をして学校とかを聞き出して、連絡……。いや、まずは慎重に話をしないと。さっきの雰囲気はふざけて手すりを超えたなんて物ではなかった。あまり焦ってこの子のスイッチを押してしまうことだけは避けなくてはならない。  最悪の場合、私がこの子を家なり学校なりに送り届けなくちゃ。この子がどんな問題を抱えているか分からないけど、この子を一人にしてはいけない。そう確信めいた胸騒ぎがした。  バス停に着き腕時計を見ると、次のバスまではあと十五分。彼女は何故かバス停のベンチに座っている。どんな言葉で彼女を引き留めようか迷っていたから都合がいい。  さて、どうしたものかと考えながら私もベンチに腰を下ろす。 「それで」 「え?」  私から会話を始めようと、開口一番の言葉を探していると、彼女が口が先に開く。 「生徒の自殺未遂を見つけた訳ですが、どうします? 先生」 「……先生? なんで私が先生だって……」  首を傾け聞いてくる彼女の言葉を理解するのには時間が必要だった。 「だって校内で見たことありますし」  この小柄な少女がまさか高校生だなんて。体つきは勿論、顔つきだって幼い。それに加えて、私の学校の生徒だなんて。だってそもそも見覚えがない。そこそこ大きい学校ではあるが全校朝会の髪型チェックを担当したこともあるし、校内で一度は見ていてもいい筈なのに。それこそ、こんな小柄な子がいれば目を引くだろう。 「え……? 先生、もしかして気付いてなかったんですか?」 「……ええ」  少女はあからさまに失敗したという顔をして笑う。 「校内では結構有名人だと思ってたんですけど。…………言わなきゃよかった」  笑顔を見せられて今更、彼女の顔がとても整っていることに気が付く。  幼さと肌の白さが相まって人形の様だ。これではクラスでは目立つ方だろうし、彼女の言う通り男子の中では有名人にでもなるだろう。  しかし、そうなると一層、顔に見覚えのないのはおかしい。 「名前、聞いてもいい?」 「はい。三年の藍原です。分かりませんか? 藍原莉緒」  まず、学年に驚く。新入生だとばかり思っていたが、まさかの三年生。まるで、成長しない呪いにでも掛けられたのかと疑ってしまう。  三年生というと、私と同じ時期に学校に入った学年だ。生憎その学年の授業は担当したことがない。だから知らないという可能性も捨てきれない。 「あいはら、あいはら……」  口に出しながら必死に記憶をたどるが、ピンと来ない。そこまで多い苗字ではないけど、少ない苗字でもない。私が思いつく限り学校でこの子以外に二人は「あいはら」という苗字に覚えがある。 「知りません?」  聞いた覚えがあるような、ないような。  職員室でその名前を聞いた気もするけれど、それがこの子だという確証はない。  失礼だが、もしかしたら不登校なのかも。それだったら、見覚えのないことにも、職員室で名前を聞いたかもしれないことにも説明がつくし、今こうして彼女が私服なことにも納得がいく。  つまりは結局、彼女に覚えがないという事。 「……ごめんなさい。分からないかも」 「へぇ……。知らないんだ。そっか……」  少女は顔を逸らすので、私からは表情が見えない。ただその言葉には読み取れない含みのようなものを感じた。 「……ねぇ先生。急な話なんですけど、お願いを聞いてくれませんか」 「お願い?」 「はい。一つ……。いや、二つ」  少女は真っすぐ私の目を見る。その目からはもう恐怖を感じることはなかった。  お願いとは何だろうか。想像はできないが、彼女を刺激しないように動くのなら、ここは頷くしかない。 「言ってみて」 「まず一つ目なんですけど。私の自殺未遂はどこにも報告しないでください」 「……」  見事に先手を打たれた。 「報告って、そんな」 「学校とかそういう団体とか。面倒臭くなるので」 「面倒臭くって……。あなた自分がどれだけ」 「わかってますよ。でも、これは私の問題なので。……勿論先生の責任になるようなことには一切しません。先生はさっきなにも見なかった。それだけです」 「そんなことでき――」 「できるわけない、ですか?」  まるで彼女に会話をコントロールされている気分だった。言葉の頭を抑えられ何も言えなくなる私を、少女は真面目な顔で静かに見つめ続ける。  気が付けば、私の視線は彼女の目から離せなくなっている。黒い瞳の奥に広がる大きな何かに吸い込まれるように、私は釘付けになる。 「じゃあ、先生が私を助けてくれますか?」 「――っ」  その言葉は切なく私の鼓膜を揺らした。きっとここで私は頷かなければならない。それが大人の役割。でも、私の首も私の喉も動かない。 「冗談ですよ。……優しいですね。先生」  そして限界まで張り詰めた糸を彼女は一気に緩める。皮膚からは今まで忘れていた分の汗が流れ出し、心臓が五月蠅くなり始める。そうしてようやく喉から声が出るようになったことに気付いた私は、今、彼女に私が言うべき言葉を伝える。 「でも、話を聞くことはできるよ」 「そう言ってくれる人は、本当に優しい人か、狡い大人かのどっちかです」 「私じゃ駄目かな? 悩みがあるなら何でも相談に乗るよ? 私にできることなら力を貸すから」  カウンセリングのテンプレートの様なセリフを吐く。  彼女の言う通り、私はきっと狡い大人だ。  少女は私の言葉に小さく俯くと、次の瞬間には表情を変えて明るい顔を私に見せた。 「じゃあ、今日、家に泊めてください」 「え?」 「私、今日、家出してきたんです」  さっきまでの静かな彼女はどこへ行ったのか、今度は年相応の少女と会話をしているようだ。まるで何人もの彼女と入れ替わりながら話しているような感覚。 「これが二つ目のお願いです。先生の事を信用するので泊めてください」 「……何言ってるの? そんなのダメに決まって――」 「話を聞いてくれるって言うのは?」 「それはもっと別の、カフェとかファミレスとか」 「それ本気で言ってます? 自殺しようとしていた人間が、心の内を公共の場で曝け出す訳ないじゃないですか」  調子が狂う。今目の前にいる少女はクラスの生徒と同じだ。親しく接してくる女子高生と話している感覚。この子がさっきまで死の淵にいたことすら忘れてしまう。 「あぁ、えっと、じゃあ……」 「それに私、今日泊まる所ないんですよ」 「でも、教師が生徒を家に上げるのも、倫理的に」 「じゃあ、駅前でナンパされるのを待つか、潔く死ぬことにします」  女子生徒が休み時間に見せるような、何でもない笑顔を浮かべながら少女はそんなことを口に出す。  これはお願いじゃなくて脅迫だ。一生のお願いを軽々しく口に出す人間は山ほどいるけれど、ここまでの重みを孕んだお願いは始めて聞くかもしれない。だって彼女は下手をすれば本当に死んでしまう。彼女の目には冗談の色なんて全くなく、見つめられる私は細い平均台の上に立っているかのような緊張感を覚える。 「親御さんだって心配するでしょ? ちゃんと帰った方がいい」 「それ、私じゃなかったらアウトですよ。学生の自殺志願者なんて数割は家庭環境が原因なんですから。家出してきた人間に帰れなんて、死ねって言ってるのと同じです」 「ごめんなさい……そんなつもりじゃ」 「私は大丈夫ですよ。そんな理由で死のうとなんて思いませんし」 「でも家に帰りたくないの?」 「はい。こうして家出しているくらいですからね。でも、虐待とかではないですよ? 親は私に優しいですし、大切にされています」 「じゃあどうして……」 「色々あるんですよ。女子高生ですもん。多感な時期なんですよ」  ヘラヘラと他人事のように会話を進める。そこから彼女の内面は全く見えない。 「あ、じゃあ先生が泊めてくれるなら親に連絡してもいいですよ。私が家に帰らないことが伝わってれば全然問題ないですよね。お友達の家に泊るとでも言っておきます。彼氏の家に泊る学生みたいでいいじゃないですか」  退路はもうない。彼女を家に招き話を聞かなければ、今後彼女がどうなってしまうか予想はつく。  他人にそこまで興味を持たない私でも、命を投げ出そうとしている子供を見逃すわけにはいかない。  それだけは、絶対にできない。 「で、先生。どうなんですか? 次のバス。来ちゃいますよ?」  時計を見ると、次のバスまであと数分。 「一つだけ聞いていいかな?」 「なんですか?」  なぜ死に急ぐのか? なぜ家出をしたのか? なぜ学校で有名なのか? その他にも沢山聞きたいことはあったけれど、私の口から出たのはそのどれでもなかった。 「信用する大人が、私でいいの?」  きっと私は狡い人間で、彼女が信用していいような人間ではない。それでもいいなら、私は彼女の話を聞く。それで彼女が少しでも明日を生きることができるなら、彼女の抱えている物を少しだけ持ってあげてもいい。  私の言葉を聞いて少女は少し顔を明るくして、考える。 「……こうして。こうして偶然会っただけですけど、なんだか運命を感じたんです。それだけで私はいいんです」  そう言ってまた彼女は無邪気に笑う。目には明るい命の輝きを宿しながら。体からは生の激しさを漂わせながら。  そして私は、どうしようもなくそれに惹かれていた。 「話は聞くからさ。死んじゃうなんて勿体ないよ。それで明日になったら今後どうするか一緒に考えよう? 家に帰るか、それが無理なら助けてくれる場所だって沢山あるし。私が間に入ってもいいからさ」 「……はい。ありがとうございます。これからのことは、そうですね。はい」  この歳の子が自殺なんてしてはいけない。話を聞いて、分かち合って、彼女に圧し掛かる物を軽くしてあげれば、きっと死ぬなんて馬鹿な考えはしなくなる。  こんな私でも、彼女を救える。  しかし、後から思い返せば、この時すでに私は彼女の命の激しさに見惚れていたのだと思う。  それは、どうしようもなく尊くて、どうしようもなく儚い。  一瞬で燃え尽きてしまいそうな程、激しく輝く炎に、釘付けになっていたのだろう。  藍原莉緒。  彼女は残りの命、全てに炎を灯して生きていた。
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