1日目「出会い」

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 私の家に着くや否や、彼女はテレビの前にちょこんと座った。  私もそこに座れと言われている気がして、エアコンのリモコンを拾いながら、テーブルを挟むようにして彼女の向かいに座る。  汗でべた付くシャツを脱ぎたい気持ちを押さえながら、彼女を見ると、私の心中を察したかのように口を開く。 「まずは自己紹介をしたいんですが、時間貰っていいですか?」 「ええ。大丈夫だけど?」 「あ、いや。先生、顔にシャワー浴びたいって書いてあったので」 「流石にお客さんが来てるのに、帰宅早々服脱ぐ訳にもいかないでしょ」 「別に私は構いませんよ? 適当に待ってますし」 「いや、本当に大丈夫。自己紹介しちゃおうか」 「了解です。先生」  彼女の言葉に居心地の悪さを感じながら、私は自己紹介を始める為に軽く座り直す。 「私は長瀬。学校で私の事見かけたことあるんだよね? だから名前くらいは聞いたことあるかもしれないけど」 「はい。実は最初から知ってました。長瀬先生」  悪戯っぽく笑う彼女に年相応の無邪気さを垣間見てホッとする。 「ええと、少し頼みづらいんだけど、その先生って呼び方辞めてもらっていい?」 「え? なんでですか?」 「なんだか家に帰ってきてまでその呼び方じゃ落ち着かないっていうか。まだ業務中な気がして気が滅入るというか」 「それもそうですね。じゃあ、長瀬……さん? ちなみに下の名前は?」 「麻里」 「じゃあ、麻里さんで」 「下の名前なんだ……」 「苗字で呼ばれるのも、堅苦しくて嫌かなって。あ、麻里さんも私の事下の名前で呼んでください」 「莉緒さん?」 「いや、莉緒ちゃんで」 「……莉緒ちゃん?」 「はい! なんですか麻里さん?」  なぜか彼女はそれで満足そうに笑うので、仕方がないと納得し話を進める。 「それより自己紹介でしょ。……って、私の自己紹介いる? 興味ないでしょ」 「いやいや、何も知らない人と一夜を共に過ごせないじゃないですか。してくださいよ自己紹介。軽くでいいので」 「そんなこと言われても、教員てことくらいしか言うことないよ」 「もう……。合コンとか行ったことないんですか? そもそも自己紹介は生きる上で必須じゃないですか?」 「案外そうでもないよ。名刺渡せばそれで終わりだし。それ以上聞かれれば応えればいいし」  そんな私に呆れたのか、目の前の少女は溜息をつく。 「年齢は?」 「二十五」 「出身は?」 「福島」 「あ、こっちじゃないんですね」 「大学がこっちだったからね。地元に思い入れもないし」  あ、今のは嘘。思い入れは十分にある。あまり帰りたくないだけ。 「大学は?」 「流石に恥ずかしいかな。そこそこの所」 「趣味は?」 「なし」 「休日は?」 「寝て過ごしてる……かな」 「彼氏は?」 「……いません」  掘り下げれば掘り下げる程、私が何もない人間になっていく。だから自己紹介は嫌いなんだ。空っぽの私に向き合わなくちゃいけなくなる。 「麻里さん……。なんか無気力ですね」  自殺しようとしていた人間に言われたくはない。でも確かに、無気力に生きている人間が自殺を引き留める権利はないかもしれない。  いや、やっぱりそんなことはない。死ぬのは一番駄目だ。死んだら全部なくなっちゃうんだから。無気力だって生きていた方がいい。 「……ごめんね」 「いや、謝らないでくださいよ。確かにびっくりしましたけど、私も人のことを言える人間ではないですし」  少女は必死に私を励ます。何やってるんだ私。この子と話すとすぐに失敗してしまう。もっと別の選択肢があったはずなのに、どうしてこうなるんだろう。 「……じゃあ次は私の番ですね! 三年四組、藍原莉緒。麻里さんの授業は受けたことないですが、麻里さんは度々目にしてました。って言っても多分麻里さんは私の事を見たことないかもしれません。色々あって不登校気味で全校朝会とかには顔出してませんし。あ、でも出席日数は大丈夫ですよ。きっちり三分の二を計算して授業に出てますから」  思った通りだ。やっぱり不登校気味なのか。  所々こちらの顔を伺うように上目にチラチラと私の目を見ながら、学校での立ち位置を説明する。不登校に対して私が怒るとでも思っているんだろうか。  思い悩んでいる生徒にはまず肯定を与えなければならない。頭ごなしに否定すればすぐに心を閉ざしてしまう。そんなことはまともな教員であれば誰だって知っている。  だから私は彼女を肯定して、悩みを聞いて……。 「まぁ、麻里さんが今知りたいのはそんなことじゃないですよね。なので自己紹介は手短に終わらせます。趣味……と言ったら可笑しいですけど、人生の目標は綺麗に死ぬこと。これが藍原莉緒だと思ってくれればそれでいいです」  なのに彼女は私の想像の遥か上を行く。 「……なにそれ」 「理解して貰えないのは承知の上です」 「悩みとか……。問題とか……。私はそういうことを聞いて……」 「違いますね。私は自ら進んで死を望んでいるんです」  私が到底、肯定できない物を曝け出す。 「……なんで?」  だから私は彼女を否定するしか無くなってしまう。 「理由はあるんですけど、話せません。それは話したくないです。代わりに私の心情を噛み砕いて説明することだったらできます。それで、宿泊費になりますか?」  彼女は一瞬また背筋の凍るような雰囲気を漂わせた後、冗談交じりにおどけて首を傾げる。  意味が分からなかった。誰だって生きていたい筈で、死ぬことからは逃げたい筈で。それが普通だと思っていた。いや、それが普通なんだ。  ただ、根本的なそこが彼女はズレている。だって彼女は本当に死ぬ。その言葉を安易に使う子供とは格段に重みの違う「死」を口にする。  命の重みを知った上でヘラヘラと笑う彼女からは、まるで年寄りが命の話題を笑いに変えるような、そんな心の中を綺麗に整理した後の落ち着きを感じる。 「私が聞いてもいいなら、聞かせて」 「さっきも言いましたよね。私はなんだか麻里さんに運命を感じたんです」 「……なにそれ」 「私の口から出る運命は相当重いですよ。何せもう後先短いですからね」  彼女の笑顔の奥には燃える炎がある。目の中に烈々と燃える命がある。  そんな目に惹かれつつ、私は同時に怯えた子供の様に身を震わせながらそれを見続ける。 「じゃあ、上手く言葉にできるかは分かりませんが。聞いてください」  そして彼女はゆっくりと語り始めた。 「少し質問しますね。例えば麻里さんは今日の夕飯、何を食べたいですか?」 「……え?」  身構えていた私に投げかけられたのは他愛もない質問だった。 「別に大した意味はないので大丈夫ですよ」 「えっと、蕎麦とか……? 暑いし。正直何でもいいかな」 「じゃあ、麻里さんは明日、何をしたいですか?」 「……特にないかも」  また主体性のない私が出てきてしまう。何を食べるにも何をするにも大きなモチベーションはない。 「じゃあ、三日後地球に隕石が落ちてくるとしたらどうですか? 今日の夕飯は何を食べたいですか?」 「えっと……。そうだな……」 「好きな食べ物を食べたり、高級な物を食べてみたり、もしかしたら質素な物を選ぶかもしれませんけど、一度ちゃんと何を食べようか考えませんか? 多分ですけどさっきの質問よりこの質問の方がしっかり考えると思うんです。適当には答えないと思うんですよ」   確かにそう。結局何を食べたいかは思い浮かばなかったけれど、暑いからという理由で蕎麦と答えた時よりは深く考えた。 「地球が終わるとしたら、明日やりたいことも変わってくると思うんです」 「そうだね。実家に帰ったりするかも」 「はい。それが私の一つ目の理由です。自分が生きていることを一番自覚するのって死ぬ寸前だと思うんです。だって普通に毎日を平和に生きてたら、自分が生きてるかどうかなんて考えないじゃないですか。でも毎日自分の死に場所を探していると、ちゃんと命について考えられる気がするんです。あぁ、今私は生きてるんだなって感じることができるんです」  しっかりと言い切った彼女の話に、私は目を伏せる。  確かに理解することはできる。命について考えることは大切だ。だから食事の前には頂きますなんて言葉を口にするように教育しているんだ。  でも彼女はそれを考え過ぎている。そんなに深く考えて生きて、本当に幸せなのか。もっと同年代の女の子たちの様に、何でもないことに笑って、何でもないことにムカついて。そうやって何も考えずに生きることはできないのか。  たかが高校生の言葉とは思えない程に彼女のそれは重く、私を考えさせる。  高校生に比べたら大人になっている気でいた私に、お前は何も考えていない子供なのだと突き付けられている気分だった。それもその高校生に。  彼女の背景を私は何も知らないし。何を背負っているのかも知らない。だから下手なことは言えないけれど、確かに彼女は異質だった。 「もう一つ。こっちは子供みたいな理由なんですけど、いいですか?」  目の前にいる小さな体躯の少女に、君はまだ十分子供だ、とは言うことができず、私はそっと頷く。 「二つ目は、なんというか。私は自分が壊れていくのを見たくないんだと思うんです。これは、表現が少し難しいんですけど……。本当に大切な物は壊れてしまう前に無くなってほしいというか」  言葉にするのが難しいですねと笑って、彼女は考える。きっと頭の中では完成している彼女なりの哲学をどうにか言語化しようとしているのだろう。だから私は口を挟まずにその姿を見守る。小学校に研修に行った時に感じたものと似た感覚だった。自分の持っている言葉を組み合わせて必死に意思疎通を図ろうとする姿は、やはり幼い子供のように見える。 「例えば、極論ですけど、すっごく美容に気を使っている美女がいるとするじゃないですか。その人が優先するものが、生きることよりも美を保つことだった場合。その人は年を取って自分が醜く変わっていくことを許さないと思うんです。たまにいますよね。美しいまま死にたいっていう女性。理由は違えどあれと似たようなものです。私は自分がボロボロになって生きていくくらいなら、すぐに終わりにしてしまいたい……。ってやっぱりわからないですよね」  ごめんなさいと真面目な表情を崩すように笑う。 「結局は私は弱い人間なんです。この先待ってる辛いことに立ち向かうなら、それが来る前に死んでしまおうって話なんですよ。多分」  背中に冷たい汗が走って、自分がこの少女に恐怖してしてることを自覚した。  私だって正直のうのうと生きてきた訳じゃない。それなりに苦労してきたし、考えてきた。結果的に今は無気力な人生を歩いているが、同年代より思考が熟している自信もあった。それでも目の前の少女の比ではない。  なぜそこまで死に向き合えるのか。そしてなぜそれを飲み込んで、笑えるようになっているのか。身内が亡くなっている? 何かそんな体験をしたことがある? 理由は分からないが、彼女の中に潜む剥き出しの命に私は目を奪われていた。  私は立ち眩みに似たものを感じ、目頭を押さえる。高校生の言葉を理解できずに頭を抱える教師の図は傍から見れば滑稽な物なのだろう。そんな私を見て何を思ったのか、少女は立ち上がると、何かを見つけて本棚の方へ歩いていく。 「麻里さん、煙草吸うんですね」 「え? うん」  彼女は本棚の一角に置いてあった煙草とライターを手に取りさっきまで座っていた場所に戻る。  私に気を使って会話を増やしてくれたのだろうか。意図は分からないが、張り付いていた喉が少し和らいだ。 「煙草の匂いがうっすらとしたから、もしかしたらなって思ってたんです」 「あ、ごめんね、部屋煙草臭かった?」 「いや、全然大丈夫ですよ。別に気にならないので」  ライターを手元で転がしながら、少女はわざとらしく部屋の匂いを嗅ぐ。  引っ越してすぐは気も使ってベランダで吸っていたけど、今じゃたまに室内でも吸ってしまうから匂いがついてしまったんだろうか。 「たまに吸うの。地元にいた頃は良く吸ってたから。だからふと昔を思い出したくなる時とかに丁度よくて」 「先生さっき大学からこっちって言ってましたよね?」 「ん? うん」 「じゃあ、地元の時って高校生じゃ?」  あー。やってしまった。 「ごめん。忘れて」 「わかりました。忘れてあげます。……でも、煙草は辞めといたほうがいいですよ? 寿命が縮まるって言いますし」 「それ、あなたが言う?」  するっと喉を出た軽口に少女はムッとする。何か癪に触ってしまったのではないかと不安になるが、彼女が口を開くとすぐに理由がわかる。 「莉緒ちゃん。です」 「え?」 「今麻里さん。私の事あなたって呼びましたよね?」  そんなに名前で呼ばれたいのか。なんとなく呼びにくくて意図的に避けていたけれど、それも許されないらしい。だって人をちゃんづけで呼ぶなんてかなり久しぶりだ。もしかしたら小学校時代まで遡るかもしれない。 「えっと……莉緒、ちゃん」 「はい。それでいいんです」  また名前を呼ばれて満足そうにする少……莉緒ちゃんは先程から手先でクルクル回しているライターを私の目の前に出す。 「また、さっきの話に戻しちゃいますけどいいですか? 例えばここにライターがありますよね。普通に使えば火は点きます。でもオイルが切れてしまって火が点かなくなったら、一生懸命何度も点けようとしますよね。必死に何度も擦ります」 ライターを何度も点けようとするジェスチャーがあまりに様になっていて、莉緒ちゃんも高校生だよなと、疑問がよぎる。それでも今は置いておこう。生活指導をしている暇なんてない。 「そうして、煙草に火が点けられなくなってようやくライターの大切さに気が付くんです。私はこのライターの大切さをずっと感じていたいし、これが思い出の品とかだったら、壊れて使い物にならなくなる前に置きものにしてしまうか、どこかで失くしてしまいたいんです。多分私の場合、失くすよりも壊れた時の方がショックは大きいんです」 やっぱり何を言ってるのか分かりませんね。と笑い、莉緒ちゃんは元あった場所に煙草とライターを戻す。 「要するにちゃんと生きてる事を実感したくて、生きた私のまま死にたいんですよ」  へなっと笑う彼女からは弱さの片鱗が見え隠れしているような気がした。  彼女の伝えたいことを正確に理解できたとは言えない。それでも、今の私はそれを理解しようとしている。彼女の言葉は不思議な魔力を秘めていて、耳に入る度に胸のどこかを締め付ける。  彼女を自殺から救うという最優先事項は変わらない。それでも、このまま彼女を知らぬままでは、彼女を繋ぎとめておけないと、何かが告げていた。  結局、それ以上彼女は何も語らず、短く続いた沈黙を破ったのは私の腹の虫だった。  もう私に話すものはないと言わんばかりに莉緒ちゃんは明るく振る舞い、小さな部屋の中には死の雰囲気など一切感じさせない空気が流れた。  彼女の謎は解けないまま、私の頭の中には靄だけが増え、それを払うように冷たいシャワーを浴びた。あがった後に彼女にも勧めたが、全力で遠慮するのでそれ以上は何も言わなかった。そもそもほぼ初対面の人間の家でシャワーを浴びるのは怖いか。段々と私も感覚を麻痺してきていることを感じて一人笑った。  冷蔵庫を開けるとそこにはいつも通りいくつかの調味料と缶ビールしか入っていなかったが、外に出る気にならず、悪あがきにと戸棚の奥を漁れば一年以上前に母親が仕送りに入れた乾麺の蕎麦を発掘した。  二人で笑ってしまって、丁度食べたかったと蕎麦を茹でた。結局麺つゆすらなくて醤油とごま油を混ぜてその場をしのいだけれど、久しぶりの誰かとの夕飯はとても美味しく感じた。  そうして気付けば彼女について何も分からないまま、ベッドの中で天井を見ていた。  ベッドを彼女に譲ろうとしたがソファでいいと頑なに譲らないのでその通りに。人の家に泊めろと厚かましく迫るわりに妙な所で線引きをする女の子だ。  真っ暗にした部屋の中で私は考える。  これから私はどうすればいいんだろう。学校に行って彼女のことを調べるべきか。そうすれば莉緒ちゃんの親御さんの電話番号も家の場所も分かる。  それとも約束通り詮索は控えるべきか。でもその場合、明日からどうする? 彼女の手を放すわけにもいかない。  頭の中には様々な選択肢が並び、どれが正解かなんて見当もつかない。だからこのまま寝てしまおうかと瞼を降ろした時、私の唇は勝手に言葉を発していた。 「莉緒ちゃん……?」 「なんですか?」 「いつまで、家出しているつもり?」 「……分からないです。でも、できることなら家には帰りたくないです」 「そんなに帰るのは嫌?」 「はい。それこそ死んだ方がマシかもしれません」  家庭の問題かそれとも莉緒ちゃんの問題か。どちらにせよ家には帰れないらしい。  多分、正解は幾つもある。でも今から私が口にしようとしていることは、そのどれでもない。間違っているけれど一番優しい選択肢。  だって私には家に帰りたくない彼女の気持ちが少しわかる。私の体験と彼女の体験は全く違うだろうけれど、私も家に死んでも帰りたくない日々があった。家族は優しくて誰も悪くないのに、帰りたくない日々があった。その時、私には逃げる場所があった。  だから彼女には私が逃げる場所になってあげてもいい。何故だか彼女と話していてそう思った。 「ねぇ、麻里さん」 「なに?」 「私の事、誰にも言わないって約束。守ってくれますか?」 「……うん。約束だもん」 「じゃあ欲を出してもう一つ、お願いしていいですか。……私の秘密を知らない麻里さんでいてください。今のまま。何も知らないまま私を見ていてください。……お願いします」 「……わかったよ。じゃあ、さ。私からも約束していい?」 「はい」 「私は莉緒ちゃんの事を詮索しない。だから、自殺なんて、考えないで……。生きがいっていうのかな。他にももっと生きてるって実感できることが沢山ある筈だから。……私が言っても説得力ないかもしれないけど、私も目標があったからここまで来れたんだ、だから、さ」 「麻里さんが私のこと、殺してくれてもいいんですよ」 「馬鹿言わないで」 「ごめんなさい。冗談です。……じゃあ、死ななかったらここにいてもいいですか? ……夏休みの間だけでいいです。少しの間だけ、ここにいてもいいですか?」 「……わかった。わかったよ。夏の間だけ、ここにいていいよ」 「ほんとに?」 「ほんと。ここを莉緒ちゃんの居場所にしていい。だから、その間。いなくならないで」 「……はい。……ありがとうございます……」  これでよかった。私はこれでいい。 「もう寝よう? どうせ明日だって話せるんだし」 「はい」 「おやすみ」 「おやすみなさい……」  意識を手放すとすぅっと全てに靄が掛かっていく。今日は疲れた。一学期が終わって、少女に出会って、夏が始まった。  最後の自我が途切れる瞬間、莉緒の小さな声が聞こえる。その声は今にも消え入りそうで、切ない声だった。 「私の事、見捨てないでください。できれば、愛してください」  その後におやすみなさいと付け加えるので、私は声も出さず、それに返事をするように唇だけを動かした。
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