俺はゲイじゃない

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俺はゲイじゃない

「灘。本当に大丈夫かよ?」 「ああ。大丈夫だって。じゃあな」  俺は心配そうな目を向ける友達に手を振って、歩き出した。  かれこれ何日連続で飲んでるかわからない。  でも朝は車で来たいから代行運転を頼んで帰っている。  ふらつく足取り。   さすがに飲みすぎたかな。    俺はベンチに腰掛け、空を見上げる。   雲がない。でも夜空には星は見えない。  街の光が強すぎからだ。    腕時計を見るとまだ11時前だ。 「はあ。なんで早く帰っちゃうんだよ。みんな」     早く帰るとそれだけ一人でいる時間が増えてしまう。だから、遅くまで外で飲むようにしていた。 「ああ、でも今日は結構飲んだから、家に帰ったら直ぐ眠れるかも」  本当に飲みすぎた。頭が体から分離してるみたいに、ふわふわしてる。 「!」  ふいに、吐き気がこみ上げてきた。  反射的に口に手をやってしまい、後悔した。 「うえっつ」  吐瀉物が押さえた手からはみ出し、ベンチを汚す。    やばい。俺何やってんだよ。  ポケットをまさぐり、ハンカチを探すがない。  鞄なんか面倒だから車に置いて来たし。 「はい」  聞き覚えのある声、同時に差し出されたのはテッシュペーパーだった。 「……忠史」  忠史は眉を苦しそうに寄せ、俺を見ていた。 「使ってください」 「ありがとう」  気色悪いと思って別れた。  でも俺は意外に素直にそうお礼を言っていた。 「車まで送ります」 「……必要ないから」 「怖いんですか?」  忠史は少し様子がおかしかった。ちょっと痩せたようにも見える。  俺のせいか……。  俺が逃げたから。  でも、俺は、俺は無理だ。  勇みたいにはなれない。  いや、忠史が王さんみたいに女性のようだったら、大丈夫なのか?  何度かは考えことがある。     でも忠史は立派な男だ。俺なんかより体格がいいし、男らしい。 「灘さん?」   腰を落として俺を見る。   異様に距離が近くになったみたいで、俺は逃げるように立った。 「大丈夫だから。テッシュありがとうな」  またな、とは言えなかった。  会うつもりはない。  あの時木崎の奴が、忠史が俺のことを好きだと言っていた。  忠史もそれを否定しなかった。  そう。だから、もう会わない。  俺は、忠史をそういう風には思えない。  少し歩いて、後ろを振り向いた。   だが、忠史はそこにはいなくて……。  そのことで少し胸が痛かった。  それが嫌で、俺は息を吐くと、歩くスピードを上げた。  俺は、忠史を好きじゃない。  そういう意味で好きじゃないんだ。  あれから、忠史のことを毛嫌いすると思っていた。  でもそんなことはなくて、嫌になるほど思い出した。  それはまるで、俺が、奴に好意をもっているみたいで……。  深く考えるのが嫌で、俺はますます一人になることを避けた。  だから毎晩友達が集まる場所に出かけて飲んだ。 「お客さん、吐いちゃったんですか?」 「すみません。窓開けて運転してください」  雪は降ってない。少しくらい窓を開けてもいいだろう。  俺は代行運転手に答え、後部座席に深く座った。  彼がそれから話しかけることはなかった。    無言の車内。嫌でもさっき街で会った忠史のことを思い出して、俺は用もないのに運転手に話しかけた。 「なんか飲みすぎちゃったみたいで。すみません。匂いきついですか?」 「え、あ、大丈夫ですよ」  客商売だ。素直に同意できないんだろう。 「すみません。直ぐ付きますから。あ、そこ右に回って下さい」    アパートの駐車場に車を停めてもらい、金を払った。ここ数日間でかなりの金を使ってる。ばあちゃんが残してくれた遺産があるから全然痛くはないけど、俺にしてはちょっと使いすぎだ。  でも止められない。  一人になりたくない。  余計なことを考えたくない。  前から一人になるのはいやだったけど、ますます酷くなっていた。  アパートの部屋に入り、先ずは暖房を入れた。それから、シャワーを浴びる。汚れた服を手洗いし、脱水させるために洗濯機にいれた。  音がないといやだからテレビの音をつける。  脱水終わったら干さないと……。  そう思い、ソファーに座った。眠気が訪れ、うたた寝をする。何度もがくんと首がうな垂れ、寝ていたんだと気がついた。  それを繰り返してるうちに体は疲れたらしい。俺はいつの間にかソファーに横になり寝てしまった。 「信雪。いい子にしてるんだよ」 「夕飯は信雪の好きなグラタンだからね」  保育園に俺を送り二人はそのまま帰ってこなかった。 「信雪くん」  先生が泣きそうな顔で俺の手を握ってくれたのを覚えてる。 「信雪くん。どうしてそんなことするのかな」  俺と同じ目線で、話を聞いてくれたえみこさん。彼女が色々教えてくれた。 「大丈夫だよ。俺はもうガキじゃないんだから」  付き合っていた彼と結婚するために、えみこさんは仕事を辞めないといけなくなった。最後の最後まで、彼女は心配そうだった。  真っ暗な家。一人暮らしには勿体ない家にばあちゃんは住んでいた。  ばあちゃんの葬式の夜、俺は一人で家に取り残された。  もう成人していて、怖いなんて言えなかった。  家は静まり返っていた。  テレビが嫌いだったばあちゃんの家には、音を出すものがなかった。 「灘さん」 「忠史?」  夢。これは夢のはず。  でも夢の中に忠史がいた。暗い家の中、何故か奴の姿が眩しい。 「俺がいます。だから安心してください」  奴はにこりと微笑むと俺を抱きしめた。  暖かい。奴の体は暖かかった。 「は、放せ!」  温もりに安らぎを覚えた。  でも俺は、  けたたましい音で起こされた。  夢か。 「嫌な、嫌な夢だ」  わざと言葉に出して、あの安らぎを忘れようとする。 「!」  普段なら不快に感じない俺の着信音が、その存在を誇示するように耳に触る。 「うるさいなあ」  昨日はソファーに横になって寝たらしい。  暖房のお陰で寒さは感じなくてラッキーだった。 「誰だよ。全く」  時間間隔がない俺は半ば切れぎみに電話を取った。 「もしもし?」 「灘。お前、まさか今起きた?」 「あ?」  電話を掛けてきたのは同僚のイケメン町田だ。 「うん」 「今何時か知ってる?」  その言葉ヒヤリと寒気がする。 「10時。10時だよ。お前9時にケイラの実田さんと約束してただろ?取り敢えず俺が対応したけど。もしかして飲み過ぎか?」  図星だった。だが、妙な対抗意識が出てきてしまい「熱があるみたいだから。今日は病欠扱い頼む」  そんな風に答えてしまった。 「……ああ、わかったよ」  半信半疑だったが町田はそう答え、お大事にと電話を切った。  10時、窓から差し込む光は確かに朝のそれだ。   「勇に悪いことしたな」  俺がそう思っていると携帯電話が鳴った。  画面に表示された名前に俺は笑う。  以心伝心かよ。  電話してきたのは勇だった。
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