奴の気持ち

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  「ああ、戻って来た。俺の独占場が終わってしまった」  冗談か本気か解らないつぶやきを栗田が漏らし、俺は忠史達が戻って来たことを知る。  忠史の表情はちょっと不思議だった。木崎はにこにこと笑顔のままだ。  何かあったのか? 「灘くん。この天ぷら、もらっていい?」  でも、俺が忠史に話しかけようとすると、隣に座った木崎が不意にそう尋ねてきた。 「いいけど。俺ちょっとかじってるよ」 「僕、そういうの気にしないから大丈夫。美味しいんだよね。この天ぷら」  木崎はにこっと笑うと、俺の皿から少しかじって欠けている茄子の天ぷらを箸で摘む。  本当に美味しいみたいで、木崎は口に含むと幸せにそうに笑った。 「紀原くんも食べたかった?」  なんでそこで忠史?  俺は木崎が彼に聞くのがわからなかった。 「……いや、別に」  聞かれた忠史は少しむっとした様子で返す。    意味わからん。  そうして2人がトイレから戻ってきてから、なんだか合コン、いや新年会のムードはおかしくなり、誰も2次会と言わないまま、終わりを迎えた。 「信雪、この借りはいつか返してよね」 「?なんだよ。それ」   そっちが人集めろっていったから集めたのに、なんだよ。  憤慨してる俺に構わず、百合乃はバイバイと手を振り、他の女の子と一緒に街に消えていく。  完全に失敗の合コンだった。理由は不明。 「紀原くん、木崎。お前達、ケンカでもしたんか?」  そう、トイレに行って以来。二人の雰囲気はとげとげしくなった。それが合コン全体に悪影響した感じだ。 「え?そんなことないよ。ね、紀原くん」 「……はい」  忠史はムスッとしたまま答える。 「栗田くん。2次会もなかったし、このまま皆で飲まない?」 「え?俺はいい。男だけなんてつまんないし。大体、お前達雰囲気悪すぎ。今日、可愛い子いたのにさあ。まじで。灘、本当にいつかこの借りは返せよな」 「俺かよ!なんで俺なんだよ」 「お前が企画したんだろう」 「違う。百合乃が言い出したんだ」 「どっちにしても人集めはお前だろうが」  そう言われ、俺は黙りこくる。  まさか、忠史と木崎の相性が悪いなんて、思わなかった。 「俺は帰る。なんか気分悪いし。じゃあな」  黙った俺に背を向け、栗田は歩き出した。  俺はかける声を持たなかった。 「さあ、三人だけになったね。じゃあ、三人で飲もうか。この後」  木崎は栗田のことなど構わず、にこにこと笑っていた。 「飲むわけないだろう。俺も気分悪いし。百合乃にも栗田にも『借りを返せ』って言われて頭にきてるし。大体、栗田お前、ちょっと今日おかしいぞ。そんな人につっかかる奴だっけ?」 「紀原くんは特別だから。僕が気に入ったものに手を出そうとするから」 「木崎さん!」  忠史はめずらしく強い口調で木崎の名前を読んだ。  女の子の取り合いか?  でも忠史が誰かにアプローチなんてするわけないし。なんなんだ? 「灘くん。君が知らないことを教えてあげようか?」 「木崎さん!」  そう叫ぶ忠史は必死だった。  なんなんだ?いったい。  俺は自分だけがカヤの外にいるみたいで気分がわるかった。 「木崎なんなんだよ。忠史がゲイなことじゃないよな。俺は知ってるよ。そんなこと。忠史。お前もなんだよ。そんなに必死に」  忠史を見ると、奴は逃げるように視線をそらす。 「ふうん。灘くんは知ってるのか。やっぱりね」  木崎の言い方が嫌だった。まるで俺がゲイみたいに、そう言われてるみたいで。 「なんだよ。悪いのかよ。ゲイでも俺は忠史の普通の友達だ」  そう。俺は彼の普通の友達だ。 「友達ねー。灘くん、実は僕、バイなんだよ。だから紀原くんがゲイってすぐわかったんだ。そして彼が誰を好きなのかも、すぐにわかっちゃった」 「どういう意味だ?」  嫌な予感がした。 「木崎さん!言わないでください。お願いします」  彼は頭を下げた。頭を下げるなんて似合わなかった。  俺の動悸が早まる。木崎の笑み、忠史の凍りついた顔が俺に警告をする。 「嫌だね。僕はカミングアウトしたんだ。僕だけって不公平じゃない。灘くん。この紀原くん、君の事が好きなんだ。友達とではなく、恋愛対象としてね。君だって本当はわかってるんだろう。だって、今日。何度も彼の顔色伺ってた。焼けちゃったね。本当に。女の子にしか興味ないって思ってた友達が、実は男も大丈夫だったなんて。知っていれば僕だってアプローチ始めからしたのに」 「!」  何も考えられなかった。  唖然としていた。  そんな俺に木崎は言葉を続ける。 「灘くん。本当は気になってるでしょ?だったら、試してみなかい。僕と、君そして紀原くん3人で。気持ちと思うけど」 「ふざけるな!」  奴は最後まで言えなかった。  忠史の怒声と鈍い音がして、奴が倒れるのがわかった。  忠史が奴を殴り飛ばしていた。 「灘さん、俺」  そして俺を見る。  見たくない。  忠史の顔なんてみたくなかった。 「……帰る」  酒なんてほとんど飲んでない。でも胃から吐き気がこみ上げてきた。  俺は背を向け歩き出した。  早くこの場を立ち去りたかった。 「灘さん!」  忠史の声が背中に掛けられる。 でも俺は逃げ出した。
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