俺はゲイじゃない

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「悪いな。王さん大丈夫か?」 「うん。それよりお前顔色悪いけど?」  その夜、俺は勇と飲むことにした。  電話してきた勇は町田から病気だと聞いていたようで心配していた。  確かに単に休んでると、いうよりも病気と言った方がずっと対応はいいから町田の言葉は「間違っていない」  でも勇に余計な心配させてくれるなよ、とちょっとだけ町田に文句を言いたくなった。  電話口で元気そうな俺の様子に安心していた勇だったが、なんとなく久々に二人で話したくなって、彼を飲みに誘ってしまった。  ああ見えて独占欲の強い恋人の王さんが許可するのかと思っていたが、勇は快く誘いに乗ってくれた。 「顔色?悪いか?」 「うん。今日は飲むのは止めた方がいいかも」 「……いや、飲む」 「……少しだけにしろよ」  言い張る俺に勇は苦笑する。 「で、王さんとの生活はどうなんだ?楽しいか?」 「うん」  小さく頷く勇は「可愛い」感じだった。  男が乙女してるんじゃねーと思ったが、元からこいつは「可愛い」に定評があったと思い返す。  そういや、忠史。先輩の勇に対してはどうだったんだろう。  ゲイの奴としては「可愛い」勇に対してそのなんか、恋愛感情を持たなかったのかな。  なんで、俺はそんなこと考えてるんだ。  どうでもいいだろう。忠史のことなんて。 「灘はどう?最近、紀原くんと飲んでないみたいだけど。彼女でもできた?」 「……ああ」   嘘をついた。  俺が忠史と何かあったなんて、知られたくなかった。   「そう。よかった。ちょっと心配してたんだ」 「心配?」  俺が聞き返すと勇は、顔を曇らす。 「実はさ。紀原くんがお前に手を出すんじゃないかと心配だったんだ。手が早いから彼は」 「手が早い?!」  意味深な言葉に俺は聞き返してしまった。 「……えっと、忘れてくれ」 「お前、もしかして忠史になんかされた?」 「……言いたくない。あれはもう忘れたい過去。俺も、紀原くんもそうだと思うよ」 「……そっか」  俺はその時自分がどんな顔をしていたのか、わからない。  胸が押しつぶされ、呼吸が苦しくなった。 「ちょっとトイレいってくる」  だからトイレに逃げた。気持ちを落ち着けたかった。    鏡に映る自分の顔。  勇の言う通りに酷い顔だった。目の下に隈みたいのができてる。  目が充血してて、真っ赤だ。  ……忠史と勇の間に何かあったのか。  忘れたい過去ってなんなんだろう?  もやもやとはっきりしない思い。  蛇口を捻り冷たい水で顔を洗う。すっきりすると思ったけど、気持ちは変わらないままだった。 「灘。もう帰ろうか?」  席に戻ったとたん、勇がそんなことを言いだした。 「え?まだ10時だせ」 「お前、本当に大丈夫か?」 「うん。一人になるのが嫌なんだよ」 「……そっか」  彼女がいるのに、一人になるのがいや。  でも勇は聞き返すことはなかった。 「灘。車まで送るよ。っていうか今日はタクシーのほうがいいじゃないか?」 「ううん。代行で帰る。送ってもらう必要はないから」 「必要ないって、どこかだよ。足元ふらふらだぞ?」  勇は俺の腕を支えるように掴んだ。 「必要ない!」  俺はなぜかイライラして、腕を振り払う。 「灘?怒ってる?何か俺……したか?」  勇はその大きい瞳を曇らせて、心配げだ。  本当に「可愛い」表情だ。  だから…… 「な、なんでもない。俺、本当に大丈夫だから」 「灘。よくわからないけど、大丈夫だと思えない。お前がしっかり車に乗るのを確認するまで付いていくからな」  勇はやっぱりいい奴だな。  結局俺は勇と一緒に会社近くの駐車場まで歩くことになった。 「あれ?紀原くん?」  しばらく歩き、勇が驚いた声をあげた。  忠史?  まさかと思って勇が見ている方向に目を向ける。   昨日俺が座っていたベンチに忠史の姿が見えた。  奴は俺達に気がつくと、ぎょっとして立ち上がり、逃げるように立ち去る。 「紀原くん?おっかしいな。なんで逃げるんだ?明日、聞いてみよう。人違いなわけないし」  俺は勇がそうぼやくのをただ黙って聞いていた。  ★  それからも俺は毎晩飲むのをやめなかった。駐車場近くのベンチを通るたびに、忠史を思い出す。いないのか、と落胆する自分がいて、余計嫌な気持ちになった。  そうして2週間がすぎ、俺は再び忠史と会うことになる。  勇が中国に旅行に行ってるため、会わなければならなくなった。  メールで都合を聞かれ、午後3時にミーティングを設定した。  午後3時ちょうどに内線が鳴り、俺は受話器を取った。 「もしもし。すずた製作所の灘です」 「……ケイラの紀原です」  一呼吸空いた後、忠志がそう答えた。  彼の声を久々に聞き、言葉が詰まる。  しかし息を吐き、落ち着かせるとエントランスのドアを開ける操作をする。 「ドアを開けたから、入ってきて」  電話を切り、俺は彼を迎えるために、受付に向かった。   人件費をできるだけ抑える意味で、俺の会社には受付はいない。  がらんとした空間に忠史が立っていた。 「……忠史。奥に応接室がある。そこで話をしよう。ついてきて」  お客さんと打合せする際は、応接室を使うのが常だ。  午後3時に使うとすでに予約は取っておいた。  応接室は部屋の一番奥だ。パテションで区切られたテーブルを数台通り過ぎながら、俺は女子社員が忠志の姿を見て息を飲むのが分かる。  そうだよな。奴はそこらへんにはなかなかいないイケメンだ。背も高いし。  そんな視線を掻い潜り、応接室に辿りつく。 「どうぞ」  俺はドアを開け、忠史に中に入るように促す。  彼は頷くと中に入った。  窓がなく、机と椅子しかない応接室は、本当なら狭いはずだった。だけど使用してるのは俺達二人だけのためか、妙に広く感じた。  忠史はノート型パソコンをテーブルに置き、俺を見ようともしなかった。 「……お茶とコーヒーどっちがいい?」  俺の会社にはお茶くみ係は存在しない。客をもてなすのは担当者自身の仕事だった。 「すみません。コーヒーいただけますか?」  奴は俯いたままそう答える。  俺は奴の答えに席を離れる口実ができたと、胸を撫で下ろす。 「ちょっと入れてくる」  二人でいると息がつまりそうだった。  応接室から逃げるように出た俺は、真っすぐ給湯室に向かった。  勇が休暇から戻ってきてから遅すぎるため、忠史と会うことになった。この時ばかりは忠史が仕事の取引先であることを恨んだ。
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