第一章 悲しみのエンパシー

5/46
前へ
/181ページ
次へ
 “妙な感覚”というのは言葉ではうまく説明できない。強いて言うなら“耳鳴り”だろうか。大きいとも小さいとも言い難い音量。また遠くからなのか、それとも近くで発生している音なのかもわからない。とにかくどこからともなく音が響いてくるのだ。  パトカーや消防車のサイレンを低音にしたような、はたまた人のうめき声のような。なんとも形容しがたいその音の正体はさっぱりわからない。  その音は三ヶ月ほど前から感じるようになった。一日に数回のときもあれば、三日間なにも感じない日が続くときもある。  音を感じる。それはいったいどういうことなのだろうと、めぐる自身も不思議に思っていた。  たしかに耳を通してなにかが聞こえてくる。けれど耳を澄ませるというより、神経を研ぎ澄まないと聞き逃してしまいそうになる。  めぐるは少しクセのあるミディアムボブの黒髪を両耳にかけると、耳のうしろに手を添え、ぎゅっと目を閉じた。  耳に響いてくる音はさっきよりも小さくなっていた。それから数分ほどでテレビの電源をオフにしたときのように、プツリと音が途絶えてしまった。  この瞬間、いつも心細くなる。なにか大切なものを手放してしまったような悲しい気持ちになって、罪悪感でいっぱいになるのだ。
/181ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加