3 林檎の木とガリューの秘密

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 ジェレミーが震えるような寒さに目を覚ますと描きかけの絵の前に座っていた。もう思い出せないが、なにか夢を見ていたようで、現実との狭間で頭がぼんやりする。昨夜絵の構図を考えながら寝落ちしてしまったらしい。毛布はガリューが掛けてくれたのだろうが、当の本人はやはりソファで横になっている。暖炉の火が消えかかっていて、自分に掛けられていた毛布をガリューに掛け、暖炉に新しい薪をくべた。  窓の外はまだ薄暗く、東の空がようやく白んできていた。普段なら眠りの最も深いところにいる時間だったが、なぜだか目が冴えてしまったジェレミーは台所に行って白湯を入れた。気持ちよさそうに眠るガリューを見ているうちに唐突に悪戯心が芽生え始め、彼を起こさないように絵筆で顔に落書きをした。笑いを堪えながら白湯をすすると、先程まで夜だった世界はすっかり早朝へと姿を変えていた。朝陽が積もった雪に反射し、目を細めなければ見えないほどに窓の外は眩しかった。  ふとジェレミーは乱雑に積まれた絵の一枚を手に取った。昨晩の食卓の会話を思い出してのことだった。食い入るように見てはまた別の絵を手に取る。絵のモチーフこそ館周辺の風景や草花、もしくは館の中にある胸像や調度品、果実などありきたりなものだったが、それに用いられている手法は多岐に渡っていた。細部まで丁寧に描き込まれたものもあれば、抽象画のようなものもあった。共通しているのはそのどれもがジェレミーの技量を越えていたことだ。悔しいがそれは明らかだった。はっきりとした年齢は聞いていないが同い年くらいの彼との差に改めて打ちのめされる。  積まれているキャンバスは下にいくにつれて古い絵になっていく。いつ描かれたものかははっきりしないが色褪せたどのキャンバスにも「ヨエル=ガリュー」のサインがあった。過去の作品を遡るこの行為はガリューの歴史を辿るようなものだった。絵のタッチは変化し、いつの頃からかあの深い青は使われなくなった。というよりもあの青を使い始めたのも割と最近のことのようだ。いくつもの作品を見ていくにつれて、とある疑問にジェレミーの眉間のしわはどんどん深くなっていった。 「……多すぎるな」  独り言で呟いたその言葉が彼の疑問の正体だった。一人が描いたものにしてはあまりにも数が多すぎる。そして古すぎる。一体ヨエル=ガリューという男は何歳で、いつから絵を描いているのだろうか? 埃を被らないようするためか布で覆われたキャンバスの山の中でジェレミーはついに決定的な絵を見つけてしまった。
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