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寝返りを打ち、ソファから落ちそうになったところでようやくガリューは目を覚ました。すでに日は高く昇っていて、窓からの光に目を細める。
「やっと起きたか」
ジェレミーが描いていた手を止めてキャンバスから顔を覗かせる。掛けられていた毛布に気づいたガリューは「ありがとう」と「おはよう」を続けざまに言った。
「ちょうど昼食にしようと思ってたんだ。一緒に食べるか?」
「ああ、僕には朝食だけどね」
そう言ってソファの上で大きく伸びをした。ジェレミーも早朝に白湯を飲んだだけでそれ以外はなにも口にしていなかった。パンにチーズを乗せただけの簡素な皿をテーブルに二つ並べ、昨日のスープを温め直した。
「君が当番でもないのに食事の用意をしてくれるなんて。今日は良いことがありそうだな」
嬉しそうにパンを噛みちぎるガリューをジェレミーは頬杖をついて見ていた。
「お前に聞き忘れていたことがあった。聞かなかった俺が悪いんだから、言わなかったお前は悪くない」
食事に手を付けずにいたジェレミーだったが、そう言ってようやく口を潤すように一口だけスープをすすった。
「俺は今年二十四歳になるが、お前はいくつだ? 同じくらいだと思っていたんだが」
ジェレミーは至極真顔で言ったのだが、なぜかガリューは吹き出した。
「真面目に聞いていんだが」
不機嫌に言うとすぐに誤ったガリューだったが、その顔にはまだ笑みが残っていた。
「あまり年歳のことは言いたくないんだけど、若く見えるけど実は結構おじさんなんでね」
「お爺さんの間違いじゃないのか?」
ジェレミーがテーブルの下に隠していたキャンバスを見せると、今日初めてガリューの顔から笑みが消えた。
古びたキャンバスだった。ところどころ変色し、枠の木も著しく劣化していた。
「ずいぶん懐かしいものを見つけてきたね」
「なあ、正直に答えてくれ。この絵はなんなんだ? お前は何者なんだ?」
それは館の外観を写実的に描いたものだった。数え切れないほどある湖側とは違い、館の庭を描いたものは少ない。この絵はその中でも最古のものだった。
「今は老木の庭のリンゴがどうして苗木として描かれてるんだ? これはいつ描いたものなんだ?」
「これは想像して……」
「お前は自分の目で見たものしか描かないと言っていた」
ガリューは観念したかのように天を仰ぎ、その顔を両手で覆った。そのまましばらく時が止まったように動かなくなった。しびれを切らしたジェレミーが声を掛けようとするとようやく正視した。
「これを描いたのはおよそ百年前だ。驚いたよ、まさかこんなに早く僕の正体がバレるなんてね」
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