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上も下も横も見渡す限り岩肌の場所を奥へ奥へ下がりながら歩いていたバースは、不思議な洞穴を見下ろし悩んでいた。
如何にもこの下に何かあるぜ!!と言いたそうだよな……と。それは良いとして……。どうしても突っ込みたい事がある。
横に居る暑苦しい鍛え抜かれた巨漢の大男は、ハイデッカーなのだが、バースと一緒に洞穴を見下ろし、へ〜こんなんあったのかぁ。と呑気に呟いているが……「見つけてやるよ。鳳凰をな。」と、無駄に良い顔して言い切った癖に、何故、此奴は、俺の横にいるんだろうか……。
「なぁ、ハイデッカー……。」
いい加減聞くしかないと心を決め、洞穴を見下ろしながら尋ねれば、ハイデッカーは、なんだぁ?と気のない返事を遣す。
「あんな……あんま言いたかねぇんだけど……。お前、無駄に良い顔して言い切ったよなぁ?」
深い洞穴は、底が見えない闇が広がっている為か、中がどうなっているかわからない。しかし、もしも自分が追ってる奴が逃げる為にこの中を降ったとしたら、ある意味良い逃げ場にもなる気がする……そう思い更に身体を前に倒し中を覗き見る。
「言ったなぁ……。しかし、まぁ、とりあえず降りるぞ。」
呑気な言葉と共に、前のめりになってガラ空きの背中を、ポンッと軽い調子で突っつかれ、バースの身体は、綺麗に、洞穴の中へと吸い込まれるように落ちていった。
ギァァァァァアアアアア!!!!
と凡そ皇族個人部隊の隊員、それも幹部が出すとは思えない声を上げて落ちてくバースを見つめ、ハイデッカーは、バースにヒラヒラと手を振った。バースと共に行動していたらしいバースの部下が、焦った様子で浮遊を纏い追いかけていく。それを見送り、ハイデッカーは、洞穴に足を投げ出し腰掛けた。
バースに言われた通り、鳳凰を見つける予定だった。とゆうか、アレを鳳凰と言ってんのはノワール大公家の連中だけで、有名な字名は冥闇の吸血鬼だ。どうにも物騒な字名ではあるが、アレは使える男である事もハイデッカーは良く知っていた。徐に、懐から取り出した呪符が真っ二つに破れている。それに片眉を上げ、親父殿に念話を繋げた。
「親父殿、吸血鬼についてる呪符が破れた。」
「………アイツ何をしくった。」
「しくっちゃねぇでしょうよ。どっか、認識錯乱か誤認の結界が貼ってある場所に行ったか、自分に掛けたかじゃ?」
「………さっさと探せ。」
「イヤイヤ無理ですよ。諜報はとんと苦手なんで、このままバースの手伝いをしてますわ。」
不機嫌に文句を言う親父殿に、すまんな。と心で謝りつつ一方的に念話を切り、そのまま、浮遊を纏い、洞穴に降りて行く。バースの叫び声が聞こえない所を見ると降下中に浮遊を纏い、降りたのだろう。それにしても……あの吸血鬼が今回は随分と己の身を使い動いてる。ラマンに現れた害獣もなかなかと骨のある奴らだった。珍しくあの親父殿が出張り腰を痛めた位だ。
バースが追いかけているのは放火犯だと言っていたが、ただの放火犯がなんでまたこんな場所を利用し、しかも、ハイデッカー達が知らぬ間にこんな洞穴までこさえたのか……。
そこまで考えて苦笑いが漏れた。随分、自分達は平和を謳歌し、感覚が鈍ったようだと。いつの間にか、世の中は変わり不穏な状況になっているのだろう。
害獣にしろ放火犯にしろ……こんだけ西部で好き勝手させたのは、自分達にも責任はある。ならば、親父の義理息子に近いバースの手助けをしてやるのは、ハイデッカー達の義務だ。
随分と長い洞穴の降下先に、ぼんやり浮かぶ光玉。底に着いたらしいバース達が移動してるのか、その光が蛍のように見え、ハイデッカーはクックッと喉で笑う。やはり自分は、少し農家に馴染み過ぎているなっと。
暗い闇ばかり広がる場所に足をつけたハイデッカー、それに気付いたバースが、ドン!!と音を鳴らし突っ込んで来たので、背中に背負う大剣を使い防いでやると、バースは壮大な舌打ちをかまし、更に、斬り込んでくる。久々に手合わせをしてやるつもりで、相手をしていたら、ふざけんなジジィィィィ!!!と切れながら魔術まで使い始めたので、ハイデッカーは拳に魔力を纏い、バースの腹に思いっきり打ち込んでやった。衝撃をうけ飛んでくバースを見つめ、大剣を背中に戻す。此処は暗過ぎて、バースが何処まで飛んだかわらかなかった。
「相変わらず元気だなぁ。」
ボソリと呟けば、バースの部下らしい奴らが苦笑いを浮かべていた。
「本当酷い。マジで酷い。普通、そんな魔力凝縮させて殴る??怪我したら困るんですが!!!」
ブツクサ文句を垂れながら戻ってきたバースに、ヘラリと笑みを返しその頭をグシャグシャと撫でてやった。
「お前、ちっとは強くなったなぁ。」
「はぁ?!めっちゃぶっ飛ばされましたけど!!もう良いよ、あっち側に道が続いてるみたいなんで、行きますよ!!」
プリプリと怒るバースの後ろをのんびりと追いかけながら光玉の数を増やす。仄かに明るくなり周りの輪郭がぼんやりと見えた。如何やら周りには、透明石膏がびっしりと壁に映え、巨大結晶が地面から生えている場所もある。洞窟と云えば肌寒い感触がする筈なのに、微かに熱気を感じると云う事は、この洞窟は、ダンジョンでも無く、生身の大地に出来た天然の洞窟だ。ならば、コレは初めからこの地にあった物であると予測出来る。では、何故、自分達は、この洞窟に気付かなかったのだろうか。腕に着けている通信魔導機を触り、この洞窟の鑑定をする。映像に浮かぶ結果に、ハイデッカーは苦笑いを浮かべた。
「おい、バース、この洞窟、マンドラゴラ・迷わし草・ジギタリス・マチンの粉末が空気中に混ざってるぞ。お前ら、結界張ってるんだろうが、空気分析したほうが良いんじゃないか?」
ハイデッカーの注意に、焦った様子で空気分析をし始めたバース達。もう良い年した青年ではあるが、どうも子供扱いしてしまう自分が居る。亜空間から毒断絶マスクを取り出し装着しながら、光玉の量を増やす。横の壁には思った通り透明石膏がびっしり生えているが、所々にあるのは、先程、バースに伝えた、毒草達が、鮮やかな色をなし生息していた。生身の洞窟にしては……毒草ばかり生えてるのは違和感がある。
「ハイデッカー!!別れ道がある〜。」
少し先を歩くバースの声掛けに釣られ、毒草から視線を戻し、バースが立ち止まる場所へと向かった。なんの変哲もない左右に別れた分岐だ。但し、左側は、嫌な気配がしているし、右側は、妙な気配がある。どちらを選んでも、厄介である事だけは確かだ。
「……面倒くさいな……。」
ついボソリと本音を呟けば、バースは右側に行くと言うので、バースに緊急伝達符を渡した。
「良いか、ヤバくなったら直ぐにコレを寄越せ。お前の仲間を呼んでる暇は無いハズだ。」
「……俺は迷子ですか?」
しかめっ面をする頭一つ低いバースの髪をグシャリと撫で、ハイデッカーは笑った。
「良いか、必ずだぞ。どっちも微妙な気配がある。俺は左側に行く。お前達は気をつけて行けよ。」
ぶつぶつ文句を言うバースをその場に残し、ハイデッカーは分岐の左側へと足を進めた。気のせいでなければ、この先にあるのは、あの吸血鬼の隠れ家だろう。空中に残る魔力残渣がそれを感じさせる。だが、蠢くように他の気配がある。ならば、其処に、吸血鬼が居るとは思えない。
暗い暗い湿り気があり毒草が過ごすには丁度良さそうな熱もあるこの洞窟を、あの吸血鬼が隠れ家にしたのは、恐らく、都合よく利用してる奴らを締めた時にでも便利だとそのまま掻っ攫ったのだろう。
黒いゴリゴリとした岩を足裏に感じ、それを踏み締め、態と音を立てて歩く、途端に、正面側から警戒を込めた魔力が強まるのを感じ、ハイデッカーは背中の大剣を掴んだ。大剣に魔力を纏わせ自身にも肉体強化を掛ける。大剣を肩に掛けながら、幾分か広くなった場所へと、のっそり歩み寄った。
そこには、光苔が無数にある為、仄かに明るく、地底湖があり、エメラルドグリーンに輝く湖の水際には、アンソダイトの魔石が無数に埋まっていた。様々な大きさの魔石が広がっているが、一際大きなアンソダイトの魔石は、毒属性を蓄積させているのか、本来なら鐘乳石の美しい白のグラデーションを見せるそいつは、紫黒く変色していた。
折角綺麗な魔石であるのに勿体ないなぁ。と幾分か残念な気持ちを持ちながら、地底湖の横を抜ければ、更に、広い広場があり、洞窟林が現れた。それに紛れるようにちょこんとコテージがある。そして、その周りには、此方を警戒している、どっかの暗部服を纏う者達。
「ご機嫌よう、黒助共。」
爽やかに手を上げ挨拶の声を掛ければ、暗部服を纏う者達は一斉に此方へと攻撃を仕掛けてきた。……まったく、今時の若いもんは、挨拶すらまともに出来ないのかねぇ。呆れながら肩に掛ける大剣を構え、魔力を爆発させ、素早く薙ぎ払う。剣から生まれた衝撃波を器用に避けた者達を見つめ口角を吊り上げた。
「おじさんが指導してやろう。かかってこい。」
チョイチョイと空いてる手で手招きすれば、暗部服の者達の魔力が跳ね上がる。その様子に口笛を吹き、ハイデッカーも久しぶりに体内に刻んだ制御魔法陣を全て外した。
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地下都市上空を飛びながら、マリアンヌは、地下都市の広さと共に、その天井に映り出された空に驚いていた。
砂竜に乗って、領都シーアン地区に接地する地下都市の入り口である洞穴駅に向かうと、其処では、ゴンドラで行き来する人、汽車で行き来する人、飛空挺で行き来する人、不思議な風船みたいな乗り物で行き来する人、マリアンヌ達の様に竜に乗り行き来する人など様々な人が往来していた。
巨大な穴を降下し、クネクネと曲がる洞窟を抜ければ、其処は、地上と変わらない景色が広がっていた。建築物や街があり山があり川があり太陽すらある。まだ太陽が上りきるには早い時間だからか、薄紫色をした空に、絶句してる内に、砂竜は山に向かい飛んでく。
「あの山を超えた先に、引退した熊の営む農園がございます。」
背後から受けた説明に曖昧に頷きながら、まだ眠りに着いている街を見下ろした。
「ねぇ、まだ、眠ってる時間よね?どうして、入り口の洞穴駅はあんなに人がいたの?」
「あぁ、地上に勤め先があったり、仕入れに行ったりとか、地下都市の住人達は、太陽が上りきる前に地上に出て、太陽が上りきると地下に帰るんですよ。地下都市は擬似太陽と擬似双子月がありますが、別に熱がある訳じゃない。地上の太陽の熱は、地下都市の人間にとっては暑く苦手な方も多いのです。」
「そうなの……。」
「そう言えば、この砂竜、ザックの竜でしょう??」
「えぇ、そうよ。なんで?」
「いえ、次からは自分の竜をだそうと。」
「なんで?」
「……色々です。兎に角、もう直ぐ着きますよ。バースが向かい、最後に連絡入れた地点は、熊の農園の先にある巨大農園地区ラマンです。」
アトラの説明にまたもや曖昧に返事を返しながら、キョロキョロと周りを見渡した。
地下都市は人族の縄張りで地上は獣人族の縄張りだとスタンは言っていた。所々にある、皇都の大門みたいな門とその上にある祭壇と飾られたクリスタル。空から見下ろせば、その役割がよく分かった。地下都市の空気を循環させるモノ。水の循環をさせるモノ。地の土を上質にさせるモノ。それは、自然に寄り添い、自然を大切にする知恵である。
人族の祖先は猿人族……。そうか、彼らは、知恵を持ち進化を遂げる事が出来た種族なのだ。進化を遂げ現在の人族として形を持った時、地上の広大な山脈や桃源郷は、彼らにとって眩しく羨ましい程だっただろう。
だからこそ、地下に押し込められる事が、我慢出来なくなったのだろうか……。
地上と変わらない景色であれど、此処は、沢山の御守法陣を利用し創りだされた世界。ある意味全てが擬似とも言える。この地を愛し過ごしてるものは、それでも良いが、中には、地上こそ自分達の物だと思う層はいるだろう。どちらにしろ、まずは、バースの途切れた信号を探り、トバイデン殿を見つけ、ぶん殴らなければ気が済まない。
「さぁ、マリー様着きました。元牙狼隊総士官長ゲライント=ヴィ=ハウルゼス。一代侯爵ハウルゼス卿が営む農園です。」
砂竜が降りたのは山を越えてすぐに広がる巨大な麦農園だ。アトラが砂竜を下ろしたのは山に沿う様に立っている横長い平屋の前だった。
平屋の中央辺りだけ、魔法灯の優しい光が既に灯っていて、砂竜から降りたアトラは、アトラから聞かされた名前に固まる私を慣れた様子で抱えたまま降りたの。
「ちょっと、ちょっと待って。わたくし、牙狼隊総士官長がハウルゼス卿だと聞いてないけど?」
私を地面に下ろし、当たり前の様に、平屋中央玄関に向かうアトラの腕を後ろから掴み、停止を掛ける。アトラはピタリと止まった後、面倒くさっと言いたそうな笑みを浮かべ振り向いた。
「貴方ね、貴方達は良いわ、わたくし、これでも皇女なの。ハウルゼスの字名の意味を、わたくしは良く理解してるの。何故、貴方達、そんな大切な事を、わたくしに言わないのかしら!!」
ぷぅと頬を膨らませ抗議すれば、アトラは人差し指で人の頬を遠慮なく刺した。
「既に引退されましたから。」
「爵位を返上しず引退などあり得ない。ハウルゼス卿・スカラルド卿・ダゴネット卿・ラモラック卿の五爵位は、皇族が己が騎士として与える爵位。同じ近衛騎士でも格が違う。
ハウルゼス卿は、ベリメル伯母上の第一騎士だと聞いた事がある。此れは名誉職ではないわ。特に、ハウルゼス卿の爵位は、近衛騎士の中で最も強い者に与えられる個人爵位よ。ねぇ……何故、そんな方がこの地にいらっしゃるの?」
プニプニと人の頬を弄ぶアトラの手をパシリと振り払えば、アトラら不服そうに顔を顰めた。そして何故だか、私を縦抱きに抱っこしたのだ。
「その質問は、我々には答えれない。ハウルゼス卿ご本人に伺ってください。」
下から見上げるアトラはにこやかに微笑みながら言うと、そのままの体制で平屋中央玄関口に向かったの。
「一つ言えるのは、彼は、まだ、ハウルゼス卿の爵位を奪われていない。それは事実です。」
玄関口のベルを鳴らしながらポツリと呟いたアトラを見下ろし考える。奪われていない??返上してないじゃなくって??へんな言い回しに首を傾げている間に、扉を開けたのは、ふくよかな侍女服の女性だった。
彼女は、私とアトラをその視界に収めると、一瞬目を見開き、次の瞬間、温かな笑みを浮かべ、中へと招き入れてくれた。ご案内してくださるのは、マーヤという侍女で、ハウルゼス卿のご実家からずっとハウルゼス卿に仕えているらしい。コロコロと笑うとまんまるになる頬と柔らかく弧を描く口元が、何処か、人を安心させ和ませる。
「此方でお待ち下さいな。」
そう言い残し、彼女は、ハウルゼス卿を呼びに行ってくれた。応接室に着くと、やっとアトラは私を下ろしてくれたけど、プニプニと頬をいじるのはやめないので、それを拒否する。弄る。拒否する。とよくわかない攻防を繰り返した。
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