バルト山脈の麓

3/13
前へ
/643ページ
次へ
馬車の窓を開ければ、少し肌寒い森林の香りが馬車の中に広がり、車内の空気が軽くなる気配がする。 視線を、窓の外に向け私は頬を緩めた。 沢山の小さな精霊が、楽しそうに木々を駆け抜けていく。野に咲く花々はみずみずしく、力強い薫りを風に染めていた。 公道に使われてるらしい道は、余り整備されていない…。獣道に近いものだ。きっと普通の馬車だと震度が激しいのだろうと思う。 今、向かってるのは、見事な曲線を描くバルト山脈の麓の一つ・バルルート地区だ。 バルルート地区は、バルト山脈の谷間に沿って流れる大きな川・アマネ川を、中心に出来てる村々の事で、一つ一つの村は、かなりの距離があり、その全ての村々が、バルト山脈から、魔鉱石を削り出し、それを材料とした鉱石・魔導具・武器・などの生産が主であり、それで生計を立てている。 バルルート地区の中心から、少し北側にある大きな湖が、私がリゾート開発に目を付けてる場所だ。 リリー曰く、山は、生き物である。自然の息吹き・呼吸を感じる場所で、山での出来事は、山神の領域であり、バルト山脈で生計を持つ者たちは、山々に対し畏敬を表す様に、山の神・精霊に対して、常日頃から必ず祈りを捧げ山々にお邪魔させて頂く。というスタンスで生きておりその思いが強いらしい。 山の民は、深く自然を敬愛してるそうだ。 厳しい環境下でも、そこで、生計を立てるのは、彼ら村民にとって、自然とは、なくてはならない自身の一部である。そんな思いが根付いているらしい。 皇都・領都の民よりも、精霊や神に、深く祈りを捧げてるせいなのか、こちらの聖堂教会の者達は、顕示欲はなく、民と共に祈り、安全と生と自然の恵みを大切にするらしい。 「マリー様。あと半刻程で本日の目的地に着きますよ。」 森に生息する、生まれたての小さな精霊達の生き生きとした乱舞を、目を細め楽しんで見つめてた私に、穏やかに声を掛けたのは、リリーだ。彼女も、窓の外へ、目を柔らかく細め、流れ行く景色に視線を向けて居た。 リリー・スタンは、決して精霊が見える訳ではないらしいが、清涼な気が、そこに漂い流れてある。のは解るらしく、精霊の息吹きを、ふとした瞬間に感じるのだと、スタンが言っていたのを思い出した。 リリー・スタンには、沢山の様々な属性の小さな精霊が、狂喜乱舞して寄ってくのを、私は、何回も見た事があった。随分と好かれるのだなと感心したのだ。 「そう。バルルート地区中心地ヘイヨ村ね。」 「ハイ。一応、バルルート地区の代表が居ます。地区市役所・役場・警務部詰所・軍部詰所も御座いますよ。」 「そうなの?辺鄙区もちゃんとあるのね?」 「えぇ。中心地には御座います。その他の村には、聖堂教会の教会が御座いますよ。」 「自然と共に生きてるから…かしら?」 「そうです。同じ聖堂教会でも、バルルート地区の教会の者は逞しいですよ。バトルクレリック・戦闘神官ばかりです。中々骨のある者が多いので、私やスタンは、偶に、訓練を頼まれて赴きます。皇都中央区や聖堂教会総本山とは、仲が良くありませんから、総本山の使者とやり合ってる時に、遭遇する事もあるんですよ。」 なるほど…。外に向けてた視線を車中に戻し、少し考え斜めがけ鞄から、アレン様より頂いた魔導通信機を取り出し所載を確認する。 箇所箇所に出てくる、山間部ボガット村・聖堂教会所属バトルクレリック・オルガ神官。彼は、バルルート地区・村民の窮地を良く救って居る。 その中の一つは、ほんの最近ね…。その項目をもう一度確認する。 バルルート地区・ヘイヨ村。 豚・鶏・畜産業を営む夫妻の農場に、借金取りを名乗る者達が押し寄せ、膨大な利息の催促に来た時、夫妻には身に覚えが無い借金の話の為、急ぎ警務部に助けを求めたが、すべなく断られ、途方にくれた夫妻。その時、偶々、ヘイヨ村に来ていたオルガ神官が救出に出向き、事無きを得る。 警務部… …。断ったのは何故かしら?だって恐喝でしょうに…犯罪よ?借金取り業者の者達に、夫妻・村民は見覚えが無い。言葉の訛りに、南方辺境地の訛りがあった…か。 「バトルクレリック。辺鄙区の村民にとっては、まるで護衛…警備員。なのかしら?」 特に、このオルガ神官は、とても精力的に様々な村に顔を出し、軍部・警務部・皇都貴族とやり合ってるわ。きっと、中央区には、危険人物だと思われてるかもしれないわね…。 「そう…ですね。ハッキリ申し上げて、辺鄙区の軍部・警務部は…役に立ちませんから…。山間部ボガット村・聖堂教会のバトルクレリック達が、警備・護衛についてます。」 リリーは、不愉快そうな口調で話し、途中から優しく温かい声色に変えた。余程…何か嫌な事案を見た事があるのかしら? そう言えば…アレン様…リリーは良く知ってるって言ってたわね…。なんでご存知なのかしら?リリーとは、10年会って無い。って言ってらしたのに…。 アレン様…情報収集能力が高すぎ無いかしら? それよりも気になる事が実はあるのよね…。 「ずっと、聞きたかったんだけど…リリーにとって…。警務部・軍部ってどう見えるの?」 なんだか…スタンは、余りお好きではなさそうだったのよ。母上の事は、敬愛…いや…心酔してる感じだったんだけど…。 ハッキリ言ってたのよ。無能集団って。無能って言った時、めちゃくちゃイイ笑顔を浮かべたのよ…スタン。 だから聞きたかったのよね…。チラリとリリーを盗み見ると、私の隣に座る、アビは居た堪れない・肩身狭い感じで苦笑いをしてる。リリーは、嫌で嫌でたまらないという風に顔を顰めていた。うん…。嫌なのね…。 「…無能集団。ですかね。まぁ…皆が皆では、御座いませんが…。一部マトモな奴も居ますけど…辺境地辺鄙区のアイツらは、無能です。そこに居る意味が無いですね。早く巣に帰れば宜しいのに。」 それはそれは美しい微笑みを浮かべてリリーは言い切った。スタンと同じセリフで。 無能…ね。スタンは詳しく教えてはくれなかったのよ。自分で見て・聞いて・感じた方が良いって言われたの。おそらく…リリーも同じスタンスだわ。だって、既に、話は終わり。って感じでオータム・キースと打ち合わせしてるもの。 「マリーさま〜着きましたよ!座り心地どうでしたか?」 停車が滑らかだったせいなのか、振動はなかった。座り心地の良い馬車の椅子に、感心しながら指先で撫で車内に響いたカガリの愉しげな声に、ニッコリと笑った。 「とても、居心地いい馬車でしたわ。カガリ、腕がドンドン上がってるわね。」 馬車の扉が開き、外から燦々とした太陽の光が入ってくる。軽く目を窄めてから、ゆっくりと立ち上がった。既に、前方で腰掛けていた6人は外に出てる。 扉の外では、カガリが満開の笑みを浮かべ、こちらを覗いていた。 「この馬車・ポンとカイトと俺で作ったんですよ!!馬車…用途別でご用意がありますから!楽しみにして下さい!!」
/643ページ

最初のコメントを投稿しよう!

991人が本棚に入れています
本棚に追加