991人が本棚に入れています
本棚に追加
馬車から降りたのは、バルト山脈の麓に出来た緑豊かな盆地だった。
大きな川の左右両側に荒削りされてる巨大な山々は、神が宿ってる。と言われても謙遜の無い美しい斜線が遠く裾のまで広がっている。
見事な原風景に、私はそっと手を胸元で組み祈りを捧げたの。
山の民達が祈りを捧げてから山にお邪魔する。その意味を深く納得したのだ。確かに、バルト山脈は、霊峰と言われるに相応しい形相をしていた。
「マリー様。役場に行かれますか?」
私の祈りが終わる頃、側によって来たリリーに即されて、私は小さく頷いた。
オータムを含めた6人は、各々の仕事に取り掛かった様で、その場にはいなかった。カガリは馬車を止めに先に役場に向かい、ナスカ・アビ・カイトは、しっかり護衛として辺りを警戒してる。
「ついでに聖堂教会・ヘイヨ村の教会を見学出来るかしら?」
川に沿って歩き出しながらリリーに尋ねてみれば、リリーはニッコリと微笑み浮かべた。
「えぇ。勿論。そのように手配してありますわ。今のヘイヨ村の教会は、皇都より老教皇がお一人いらしてます。先ほど遠見魔導機で御目見した際に、教皇から、マリー様にお会いするのを楽しみにしてる。と言われております。」
「老教皇…??あぁ…ミリア様に左遷された。」
「はい。バイトス神官です。彼は随分変わりました、まるで憑き物が落ちたかの様です。バトルクレリックらしく、体も鍛え上げていて…彼の魔術は洗練され、村人達の護りをしっかりと熟してらっしゃいます。」
意外なリリーの評価に、私は目を丸くした。前世でのバイトス神官は、本当に既得権益の亡者だったのだ。ムルソー神官と共に随分と嫌がらせをしてくれたイメージが強い。
けれど、確かに、現世での彼のイメージは180度違うのだ。
皇都に居た時も、懇意な筈のオーガナイザー大公家に擦り寄りはせずに、どちらと云うと、貧民に説法・救済をして廻ってる。と聞き及んでいた。それを耳にした時、信じれなくて、私は何度も聞き返してしまったのよ。
「そう…。それは良かったのよね?」
戸惑ってしまうの。噂は聞いていたけど、ホントに、まともな神官に変わってるなんて…。しかも、左遷を言い渡された時、嬉々として承ったらしいし。これでお守りではなく、民衆の役に立てるって嫌味を投げ捨ててね。
「はい。元々、強い闇属性を持ち、体内魔力が膨大な御仁。彼が、本分に忠実なのは有り難い事ですわ。ボガット村のオルガ神官と共に、なかなか頑張ってらっしゃいますよ。」
リリーと話してるうちに、簡素な建屋がポツポツとある広場に着いた。その中で一番大きな建屋の横に、私達が乗って来た大きな馬車が止まっていて、カガリが建屋の入り口で立ち待っていた。
近寄るとなんだか微妙な表情をしてる。
「あっ。マリー様…。なんか役場…人が居ないんですよ。」
カガリの言葉に、リリーが素早く役場の窓を外から覗きこみ舌打ちをした。
「何かあったのでしょうね…。マリー様。タイミング良いかもしれませんよ。」
クルリと振り返ったリリーは皮肉を極めた冷笑を浮かべ周りをグルリと見渡した後に、何かに気付きある一点を、目を細めて見やる。
「どうやら…そこまで遠くはなさそうですわ。マリー様行きますか?恐らく…マリー様がお知りになりたい事を見れますよ?」
リリーが見つめる先を、私も視線を向けてみる。うん。素晴らしい鉱山の荒々しい山肌にしか見えない。でも…目に魔力を纏って気配察知の陣を展開させ、じっくり見つめてみると、微かに人の気配を感知したの。なんか揉めてるみたいだわ。
「マリー様。余り遠くは御座いませんが、少し離れてます。わたくしが、転移でお連れ致しますわ。」
私が場所を理解出来たとわかったからか、リリーは言いながら転移魔術を展開させる。アビ・ナスカ・カイト・カガリは慣れた様子で、リリーが展開した魔法陣の上に素早く乗り込んだ。それを確認すると、リリーは私を抱き上げた。うん。この展開も慣れたよ。みんな直ぐ抱き上げるもんね。私、もう9歳なんだけどな…。
若干遠い目になりながら、リリーの首にそっと腕を回すのよ。こないだ、転移する時は抱き付かなきゃダメって、アビに怒られたのよね。
ーーーーーーーーー
「なんじゃと?!そんな契約はしとらんわ!」
「よく見て下さい。書いてあるでしょ?ほら!貴方の署名もある。」
「ぬぬぅ。わしは字が読めん!!そんなもん知らん!!」
転移した先には、円状に人の山が出来ていたの。その中心には、鉱山の坑夫らしい肩が盛り上がったイカツイ体つきの男性と、どう見ても室内職、事務方みたいなヒョロリとした男性が向かい合い口論を交わしてる。
彼らを囲うのは、恐らく村民ね。坑夫と同じ様にイカツイ身体をし、片手には使い古したツルハシを持ってるわ。ポツポツとその中に混ざって居る役所の制服を纏う人。あとね…円状の隣には、聖堂教会の聖騎士の制服を着てる人と向き合って睨み合ってる老教皇とその随伴の者達。
うん。状況が読めん。私達が転移で現れたのにね、みんなチラ見して興味を無くしたのよ。
「リリー。状況を確認したいけど、これ聞けるかしら?」
そっとリリーを見上げて聞いてみると、リリーはニッコリ笑ったの。
「お任せ下さい。すこ〜し強引になりますが、一旦やめさせます。アビ・ナスカ。彼らを囲む結界を。カイト・カガリ、彼処で揉めてる二人を捉えて。わたくしは、老教皇達の仲介に。マリー様は少し此方でアビ・ナスカとお待ちください。」
リリーが指示を出した瞬間に、その場を囲う重結界が貼られ、カイト・カガリは揉めてる二人を捕まえ、リリーは…私をアビに渡すと爆音を響かせ、聖堂教会の聖騎士と老教皇の間の地面を殴りつけたのよ。……うん。少しじゃないよ。強引だよリリー。
余りの早業にみんな驚いて固まってるよ。
そんな中で、リリーは、砂埃が治るとゆっくり立ち上がる。それはそれは美しい笑みを浮かべたの。
「恐れ要ります。正式名称は省かせていただきますが、わたくし、黒狼隊・総士官長リリーアンヌと申します。まず、小競り合いに口を出す事を謝罪致します。その上でお聞かせください。役場をもぬけの殻にする程の事態である、この現状のご説明を願えますか?」
リリーの登場に、固まってた人達がね、驚きから笑顔に変わったのよね。黒狼隊ってすっごく人気あるのよ。特に地方辺境地の民衆にね。
ただね、ヒョロリとした男性と聖堂教会の者は、すっごく居心地悪そうなの。特にヒョロリとした男性は何かに焦ってる。彼を捕まえてるカガリから抜け出そうとしてるんだけど、カガリはニヤニヤ笑って離さないの。カイトは坑夫のおじさまと、なんか盛り上がり話してるわ。
「老教皇バイトス神官。先程お話致しましたが、お久しぶりにございます。これは何事ですか?何を揉めてらっしゃるの?」
「おぉ。久しいな、リリーアンヌ殿。」
老教皇は、リリーの言葉に反応しず、敢えて挨拶に留めたのか、柔らかくリリーと言葉を交わしてる。
老教皇の周りの神官達は、リリーとバイトス殿を見守りながら、相対する聖堂教会の聖騎士達への警戒を解いては居ない。バイトス殿と軽く言葉を交わしリリーは小さく息を吐いてから眉間に深く皺を寄せた。
「我々は、日を改めましょうか?」
「いや、いい。暫し待たれよ。」
「では、一つ宜しいか?わたくしの見立てでは、坑夫がそこの金融事務次官風の男性に脅迫されてる所。貴方々はそこ男性の護衛として随伴した聖騎士に、事情確認する筈が話が拗れたようにお見受け致します。
一つアドバイスを、そちらの金融事務次官風の男性。その身姿が変幻でなければ、手の豆・骨の骨格・言葉の訛り・立ち姿・そしてもっともわかりやすいのは、瞳の中瞳孔部に点が3つ。皇都東、海辺東南に広がる地区・東海道バートリ領ルナソー市の一つハンソン辺鄙区の出身者。では無いでしょうか?あの辺鄙区の者は…瞳に特徴が御座います。…ですが、あの地区の者が金融事務次官、いえ、金融機関取り立て業者に勤めてる記憶は無い。
わたくしの記憶に間違えが無ければ、金融機関取り立て業者は、全て登録されてます。尚、登録されてない業者は、須らく、違法業者に御座います。そちらの男性に、取り立て業者証明書の提示をお願い申し上げては?丁度、役場の方もみえますし、証明書の照会は直ぐに出来ますわ。如何かしら?」
素晴らしく言い切ったリリーに対して、老教皇はパチクリと瞼を瞬かせた後、抑揚と頷いた。
「さようか。では、捉えよう。おい!!お前達そこな奴をひっ捕らえよ。聖騎士諸共な。」
最初のコメントを投稿しよう!