日々の生活

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「う〜ん。マリアンヌ姫様は手が掛からなすぎて、逆に困るわ…。ジェラルド様もユリアンナ様も大変活発だとお聞きするし。やっぱ皇族って凄いわねぇ。まだ一歳なのに感情コントロールが出来るのかしら?こちらの言葉も解ってるみたいだし。」 私を抱き上げあやしレイラは困った表情をしてたと思ったら感心した顔をする。コロコロ変わる表情は、13歳と云う年齢らしいもの。 「大体。私、北部辺境地の男爵令嬢よ。高貴な姫様の侍女って…なんだか不敬ってか烏滸がましい気がするのよね。まぁ、侍女長様も執事長様も気にするなって仰ってるけど。だって。姫様、可愛いし綺麗だし、天使の様なのよ?私で良いのかしら?っても今更、担当を変えられたら、私、泣くんだけど。だって可愛いし。ぶっちゃけユリアンナ様の数倍は可愛い。笑った顔は、もはや人智を超えた美しさを持ってらっしゃるわ。末恐ろしいわ。いや比べちゃ駄目よね。私たら不敬だわ。」 ぶつぶつと愚痴なのかしら…?私の世話は嫌なのかしら?嫌じゃないのかしら?と思えば、何故か私を賞賛し始めるし。この子大丈夫かしら…心配だわ。一人で私の面倒みてるんだもの…精神的に疲れるわよね。ごめんねレイラ。 私は、短い腕を精一杯動かしパシパシと私を抱いてるレイラの腕を叩く。私なりの慰めよ。まだ喋れ無いから、アーアー。小さい唇から言葉にならない声が出る。 「あら?珍しい。姫様が手を動かしてるわ。うふふ。姫様。大丈夫ですよ。私がずっとお側におりますよ。大丈夫・大丈夫。」 トントン。とリズムカルに優しくあやすレイラは、私の顔を覗き込み笑みを浮かべた。大丈夫・大丈夫。と繰り返す彼女の瞳は、雄弁に不安を表していた。 その表情で気づいたの。レイラの耳にも、私と母上の噂が入っているって。それなら不安になるわよね。可哀想に。 我が母上マリーアンナ=フィン=ドリスタは、 ドリスタ帝国第184代皇帝ディゾッソ=フィン=ドリスタの皇帝妃であった。 「至宝の皇妃」と呼ばれ親しまれていた我が母上は、膨大な体内魔力を有し希少属性である闇属性を保持する人だった。また美しい豪奢な金色の髪・大きな目は少し垂れていて夕陽色の瞳。白磁の白い肌とバランスの良い身体付き。それはそれは美しい人であり「薔薇の妖精」と呼ばれていたらしい。 しかし、我が母上と皇帝陛下の仲は余り良いとは言えず、皇帝陛下は、第二後宮にご自身の最愛・寵姫を入宮させそちらに通い詰め、我が母上の住まう第一後宮には、御渡りされる事は皆無であったそうだ。 母上の御実家及び連枝貴族は、離縁願いを何度も献上していたらしいが、執政府・皇城・皇宮は取り合わず、内政派閥争いは苛烈を極め、母上は、双方に挟まれ相当なご苦労をされたと聞く。 母上が、皇城内でその地位を確固たる物とすればするほど、皇帝陛下の態度は硬化していった。だから、母上が妊娠した時は、皇城内は大混乱だったらしい。 そりゃそうよね。皇帝陛下は母上を飾りとしか見てなかったし嫌ってたのだもの。一体何があったんだ?ってなるわ。 それに、母上を懇意する者は多く存在していたの。だから、酷い噂が貴族間で流れた。母上は、皇帝陛下の愛が得れず手近な者で寂しさを埋めたのだと。出来る訳ないじゃない。 第一後宮の護りは鉄壁よ。公務の合間にって噂されたらしいけどね。母上は「皇都防御結界」に祈りの魔力を捧げる大切なお役目に着いていた。公務をこなし・防御結界の祈祷もこなす。そんな遊んでる暇ないのよ。 そうして月日が流れ、母上は第一後宮で私を生んだの。 強く濃く皇族の証を持ち、膨大な体内魔力を有し希少属性である闇属性を保持する精霊の加護祝福を強く濃く受けた御子。 更に皇城は混乱したそうよ。だってその頃、母上の不義密通だと声高に主張してた人が高位貴族を除きほぼ8割いたらしいのよ。 不義密通どころか、素晴らしい皇族の証を持ってるんだから、間違いなくディゾッソ皇帝陛下と母上の御子なのよ。 しかも、不義密通を声高に主張していた人々にとって頭が痛いのは、私が強く濃く精霊のご加護を受けていた事なの。 我がドリスタ帝国には守護精霊信仰がある。 故に「精霊の加護」を強く濃く持つ皇族は、それだけで帝国民衆に崇拝されるのよ。 残念な事に、皇帝陛下が、通い詰めてるはずの寵姫様に妊娠の兆しはなく、彼女は凡庸な体内魔力しかない上に精霊の加護も薄い。彼女を担ぎ上げたくても、敵対する母上は優秀な上に精霊の加護を強く持ち、民衆にも絶大な人気があった。その上で、素晴らしい御子まで産んで仕舞われた。 だからね、不義密通では無いと解っていても、そこを突くしかなかったのね。 母上は、民の為と膨大な時間を寝る間を惜しみ公務に使っていた。だから、地方にも良く足を運び、地方にある祭壇で祈祷をし祈りの魔力を捧げていたの。実り薄い辺境地に精霊の息吹きが巡る様にってね。 地方辺境地の貴族や民はその事を良くご存知だし深く母上に感謝していた、けれど、中枢区の貴族は、実際祈祷を見てる訳じゃない。 だから、声高に寵姫こそ皇帝陛下の唯一。マリーアンナ皇帝妃は、公務に託け地方辺境地で不義密通をする悪女。そう叫ぶ者達に同調してくのは当たり前だった。 だって他人の不幸は蜜の味でしょう?中枢区の貴族なんて娯楽に飢えてるもの。 結果、母上は皇城から放逐されてしまったの。不名誉なレッテルを沢山貼られて。 だけどね…中枢区の貴族は解って無いわ。我が国の防御の要「皇都防御結界」が弱くなる弊害を。母上が必死に護って来た意味を。 レイラが、私を抱いたまま窓側に移動し、窓から入る、爽やかな夏の香りを含む風を感じながら、視線を遥かに上空に向ける。普段目視出来ない皇都防御結界。瞳に魔力を流して見れば、ちゃんと目視出来るの。それをじっくり見つめて、私は内心ため息を吐く。 薄くなり始めてる祈りの魔力。それに追従する様に、防御結界も薄くなってる箇所が見て取れる。今は、上皇后陛下が一日中祈祷を捧げ、なんとか保ってる。けれど、そんな無茶いつまでも続かない。上皇后陛下も母上ほど体内魔力を有してる訳では無いもの。 母上を排除した者達は、解ってるのだろうか。膨大な体内魔力を有し魔術が得意な母上だから一日2回の祈祷で済んでいたのだ。 母上を排除する事は、即ち防御結界が無くなるかもしれない危機である事も、理解出来ないのだろうか。 我が国の四方を囲む他国が、戦争を仕掛けて来ない理由に「皇都防御結界」がある。鉄壁の防御と最強の矛にもなる防御結界。防御結界に、攻撃を仕掛ければ反射し攻撃者にその攻撃は降り掛かる。故に大陸一の防御力を持つと言われているのだ。他国に対し牽制でもあった防御結界が弱まり消滅する。それは、我が国が再び戦火に焼かれる狼煙になり兼ねないのだ。 母上がボロボロになるまで護りたかったのは、きっと帝国に住まう全ての民衆。自分を排除した者達ですら守る対象だったのだ。だから放逐された後、私に己の全てを与え希望を託したのかもしれない。自分にはもう何も出来ないと絶望して。 まだ赤ん坊の私には、考える時間が沢山あるの。だから、前世の事を冷静に思い出し精査する。精霊達に教えてもらった感知魔術・盗聴魔術を駆使し情報も集めるの。情報や知識は大切だと身に染みてるからね。 そうやって私の赤ん坊の時期は過ぎていったのよ。
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