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大蛇の吐息
会議室を去ったタンムーズ殿と入れ替わりで入室したのはスタンで、その後ろには、黒狼隊諜報部の通信班の者達がいて、巨大な魔導遠見通信機を持っていた。……いつも思うけどなんで転送魔術を利用しないのかしらね。テキパキと、ライベルク卿が腰掛けていた場所を片付け、通信機を設置し始めた通信班を横目に、スタンの隊の者達は、ダルメシアン伯爵領管理大臣の前に魔導通信機を設置し、その利用法を丁寧にお伝えしているの。その間に、アトラが私の元に寄って来たわ。
「ガイノス皇弟殿下より、ダルメシアン伯爵領官僚大臣様方にお話しがあるそうです。姫様は如何なさいますか?ご臨席されても良いみたいですけど。」
アトラの言葉に、アンヌを見下ろし首を横に振る私の様子にアンヌは直ぐにダークカーテンを出しマリアンヌ皇女殿下の姿へと戻った。
「ガイノス皇弟殿下との謁見はアンヌとスタンに一任するわ。わたくしには、アビ・ナスカ・アトラがついて頂戴。黒狼隊副官の者達は、スタンについて、捕縛する人数は多い、その手伝いを、明日の朝までには、全て捕獲し、終了次第交代に休んで頂戴。わたくしは、トバイデン殿の捜索に向かいます。」
「姫様も休まれては?」
「いえ、まだ休めない……連絡が無い幹部の者達がいる。わたくし、御二方のご登場で少し気が立っているかもしれないわね。それに気になる事が沢山あるわ。」
「畏まりました。無理だけはなさらずに。」
「えぇ。ありがとうアトラ。……そういえば、エリック殿は?」
「エリック殿は、メルーシャ大サーカス団の護衛と共にお休み頂いております。ノリスは其方に直ぐ向かいました。」
「そう。ならば、ノリス達にも交代で休むように伝えて、では……我々は行くわ、マリー後は頼んだわよ。」
アトラの報告を聞きながらダークカーテンを引きマリーの姿に戻る。手には、亜空間から取り出した魔導通信機を持ち、上がる報告を精査しながらアンヌに告げれば、アンヌはヒラリと手を振って了承してくれた。ダークカーテンが飛散してから、スタンには目礼で合図を送り、私は、アビ・ナスカ・アトラを引き連れ会議室から去ったの。手に持つ魔導通信機には、まだ、報告が上がってない。ならば、今から向かうべきは……細かな他の者の報告を照らし合わせて考える。
「まずは、地下都市ラマンに向かうわ。この地には元牙狼隊総士官長殿が居るわよね?」
階段を降りながらアトラに告げれば、アトラはニヤリと口角を吊り上げた。
「えぇ。含みある引退をした熊ですね。」
私が砂竜に乗り込むと背後にアトラがヒラリと乗り上げる。そのまま手綱を手にかけたアトラに、私はため息混じりに呟いた。
「では、行きましょうか。案内してアトラ。」
バサリと飛躍する砂竜。空はいつの間にか薄い紫色が広がり、潮が広がるように朝が夜を追い出していこうとしてる。砂竜の上から見ると、それは静寂からの脈動を感じるようで……世界の美しさを思い知る。………もう何度目かわからないけど、私は、毎回、こうやって星の美しさに心を絡め取られるのだ。そして、いつも思うの、壊したくないと。大きく深呼吸をして、気を切り替える。目指すは地下都市巨大農園、バースが向かった場所である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
マリアンヌがマリーの姿を取り、アビ達を引き連れ去って行くのを呆れた表情で見送り、未だ、爆笑しているジョレード殿に視線を向けたアンヌは小さく息を吐いた。
もうすぐ日が昇るというのに、マリアンヌは休みもせず、次に向かってしまった。どうもアレは脳筋に近い体力がある。
ヒィヒィ腹を抱えて笑っていたジョレード殿は、やっと落ち着いたらしく目に涙を溜めて此方を見つめ大きく息を吐き出した。
「あーーーーー。笑った、笑った。殿下は、なかなかの策士ですな。」
笑い過ぎて掠れた声を出すジョレード殿に、リックスが冷えた水を渡した。彼は、御礼を伝えると一気に飲み干し、タン!!っとカップを机に置きニヤリと口角を吊り上げた。
「殿下は、俺に、西部辺境領域を纏めろと仰るか?」
「えぇ。マリアンヌ皇女殿下のお考えは、守護すべき民を導き地を愛し地を護る。それが、本来の貴族の責務であり、民衆に生かされている王侯貴族の義務である。故に、義務を放棄する者に貴族を名乗る資格はない。ですわ。」
「成る程……マリーアンナ様と同じ視線を持つか。」
ふっと目元を緩ませたジョレード殿は、懐かし気に目を細め、そのまま、アンヌをジーと見つめ、ふぅー。と細く息を吐く。そして、崩していた身体を直しドッシリと座り直した。両手を組み机の上に載せ、まるで、何かを決意する為の儀式の様に、目を瞑り深く深呼吸を繰り返し、ゆっくり目を開け厳ついお顔を引き締めた。
「わたくしは、覚悟をせねばならない。マリアンヌ皇女殿下が望まれるのは、故マリーアンナ皇帝妃が目指された『帝国は民の為に、民は帝国の為に』ドリスタ帝国初代皇帝陛下の理念の実現ですね?」
ガラリと空気が変わったジョレード殿に、アンヌは目を細め深く頷き返した。アンヌ自身も皇女らしい空気を纏い対応する。
「えぇ。我が願いは、母上の成し遂げたかった願いを完結させる事、細く険しい道のりだと、わたくしも理解しております。しかし、わたくしは、我が帝国の民を信じてる。精霊信仰を愛する我が国の民が、地を愛し国を愛し、我々と共に歩んで下さると信じてるのです。」
「……殿下が目指される道のりは、確かに、険しい。我々地方辺境領の領主は、その日の民の生活を護る事で精一杯なのです。特に、西部の場合、豊かな自然は実りを齎しますが、驚異も常に隣り合わせ、故に、地上都市と地下都市で亀裂が入り易く、また、巨大カジノシティーには、様々なモノが蠢き易い。毒蛇・毒蜘蛛・毒蜂……そして暗澹の主。その全てを解毒させ、引き剥がすには、我々では、力が足りないのも現実なのです。
先程、マリアンヌ皇女殿下は、トバイデン殿との縁を望まれた。
我々の間では『冥闇の吸血鬼』と呼ばれる者。
かの者は、自身の敵を容赦無く血を一滴も残さず消すと有名なゴールドビレッジの裏社会を牛耳る男です。何故、かの者と縁を?」
スッーと細められた目の力の強さに、軍出身者らしい清涼さを感じ、アンヌは、扇子を開き口元を隠した。どう説明すべきか思案しつつ……チロリとスタンに視線を投げれば、ニッコリと、それはそれは素晴らしい作り笑顔を頂き、口元を緩ませた。……彼は現実を見つめている、だからこそ、正義の意味が欲しいのだろう。ならば、与えてやれば良い。
「……西部辺境領域には、毒蛇・毒蜘蛛・毒蜂・毒薔薇・毒姫・毒猫・毒虎……わたくしが調査しただけでも、随分と多岐に渡る裏社会の者達が潜んでいると感じますわ。それでも、その毒達の侵入を大々的に許していないのは、トバイデン殿をはじめ、闇に身を落とし、奴らを喰いちぎる者達が居るからです。
ジョレード殿の仰る通り、トバイデン殿の禊は確かに苛烈。決して、良民ではございません。
しかし、その行為の裏側は、我が国に牙を向けようと潜む者を、容赦無く吊るし上げている為であり、そのお陰で、この地は守られているのをご存知ですか?巨大カジノシティーが存在する他国の地はどうなっているかご存知かしら?
定期的に、ゴールドビレッジで摘発される裏社会の者達、その者達の背後関係を明確に探り出し、摘発出来る理由は?……数年前、タンライトから密輸された厄介な麻薬魔草を、一瞬で潰し、裏ルートを潰し、業者及び関連する裏市場を潰したのは?
我が国の軍部、警務部では出来ない事を、彼らが行なっているのです。ですから、トバイデン殿は、ある者には英雄と呼ばれ、ある者には、真逆のあざな、裏社会を牛耳る金の亡者。冥闇の吸血鬼。とも呼ばれている。
ジョレード殿。我が国は広大、正義を振り翳すだけでは、民は護れず、国は護れない。我が国は、常に、他国より狙われているのです。
光と闇は表裏一体。
光が強ければその分闇は細く濃くなり、光が弱ければ闇は弱く広く広がってしまう。なくなる事はないのです。
ですから、光の導き手である領主達には、義務と責務を胸に刻み込み、清涼潔白でいて頂き、民と共に生きて頂きたい。
でなければ、暗闇の中で生き、平和を願う、彼らの思いは全て無駄になりますわ。」
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