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「ねぇ……あんたら失われし一族をどれだけ見つけた?」
岩場から現れて不機嫌そうな表情で言われた言葉にどう返すか思案する事も無く
「知ってどおする?」
飄々と答えたオータムは、岩場からゾロゾロと現れる虎人族達に視線を投げた。マリンが何を知りたいか知らないが、こちとら任務があるのだ。さっさとこの集落以外の集落にも行かなきゃならない。
「……この霊峰はさ、まだ穢れてない失われし一族の聖殿なんだよ。恐らく、グノームルド一族のモノ。微弱だけど龍脈が復活してるとウェパズが言っていた。コイツら祈祷師じゃない。だから祈り句を媒体に祈りの魔力を聖殿に送れないんだよ。この霊峰全体に完全不可視認識錯乱結界を張る事は私にも出来る。だが、私は、残念ながら精霊巫女の素質は無い。膨大な体内保有魔力はあるが、一族とは違い水属性に特化してんだ。……だから、もしお前達がグノームルド一族を見つけてるなら、この地に戻って貰えるように説得してくれないか?」
オータムの態度など全く気にしないで、切羽詰まる様子で言い募るマリンに、視線を虎人族からそちらに向ける。珍しく、本気で焦った表情を浮かべるマリンの様子に、オータムは眉間に皺を深く寄せた。
「……何があった?」
端的に問いかければ、マリンは、グゥと押し黙り片手で髪をグシャリと掴んだ。
「……祈祷師でもないのに、ウェパズが、必死に龍脈を取り戻そうとやっている。あのままじゃ、アイツの命が持たない。」
その言葉で、オータムは、後方にいる部下を呼び寄せる。続けて北部に居るカガリへと通信を繋げた。
「おい!!狐人族の祈祷師なら何人必要だ?」
怒鳴りつけるように虎人族とマリンに言えば、呆気に取られてるマリン達では無く、隣に居る白髪の男が答えた。
「聖殿に送る祈祷なら15人程度で良い。お前の主人に来て貰いしっかりとやれば良いんだから。」
男は、じっくりと岩場を見つめ淡々と答えるのでオータムは、部下にこの場を任せ、カガリに屋敷に居る狐人族達に至急頼みたい事がある事を伝えた。通信を切り部下に指示を出し、何処か不甲斐なさそうに立ち尽くすマリンを見て声を掛けた。
「マリン、お前ついてるぞ。我が主は、狐人族のご友人が多い、無論、祈祷師も居る。今から俺が迎えに行ってくるから、お前、この男とお前の連れに魔力を分けてやっててくれ。」
言うだけ言ってさっさとオータムは北部ピルジャの森へと転移した。大量に消費する魔力に、屋敷に着いた途端、魔力ポーションを取り出し一気に飲み干す、屋敷の中に素早く入れば、中央玄関口には既に、狐人族の族長スーリアとその部下達がズラリと並んでいた。
「スーリア殿。突然すまない、西部の虎人族達が護る場所に着いて来てくれ。」
簡素な願いなのに、スーリアは、大きな瞳を細め深く頷いてくれた。
「理解しております。……我々亜人族に手を差し伸べて下さること心より感謝しております。さぁ、屋敷の転移魔法陣に参りましょう。彼方に必要な物を揃え馬車に詰め込んでおります。」
カガリには簡略的にしか伝えなかったのに、スーリアは正しく此方の要望を汲み取ったらしい。
「解った。では行こう。」
狐人族を引き連れ庭先の転移魔法陣ステーションに向かえば、巨大荷馬車が鎮座し、其処にカガリが居て、荷馬車にドンドンと荷物を運んでいた。オータムを視界に捉えると最後の荷物を入れ込み手招いてくる。側に寄れば、半紙を渡された。
「コレ、必要だと思われる魔導具の表な。スーリア様達が全部把握してっけど、一応お前にも渡しとく。」
「なんで、こんな用意が良い?」
「あぁ。こないだ、港町カリスフィで、姫様が神殿を浄化されていた。そんときさ、俺とポンで色々討論していたんだ。神殿を護る為に必要な祈りの魔力が少ない場合どうすれば良いかってな。その後、スーリア様達に相談し、少ない祈りの魔力で聖堂をクリアに保つ方法を考えたんだよ。なかなか難しいが、コレ全部試作品。都度都度チェックして改良するつもりだからさ、持ってて試してくれ。」
ポンと肩を叩かれ荷馬車の行者席に座る。狐人族達は既に荷馬車に乗り込んで居たので、呆気なく西部のマリン達の元へと帰った。
巨大な荷馬車を連れて戻ったオータムに、虎人族達は驚愕していたが、荷馬車からスーリアが降り立つと、皆が、地面に頭を擦りつけるように土下座した。スーリアは、それを気にしず、荷馬車から荷物をドンドン運び出し浮遊で浮かべ、迷いなく岩の中をスルスルと入っていった。
狐人族達が皆、岩の中に消えて行くと、虎人族達は格好を戻し、何故か此方を拝んでいた。
寄ってくる部下達と挨拶を交わし、カガリから貰った半紙を読み込めば、最後の最後に、簡易コテージを収納した亜空間アクセサリーがある事に気付いた。行者席から降り、荷馬車側に入り、中に並ぶ荷物を掻き分け、その中から亜空間アクセサリーであるペンダントを見つける。それを手に取り、周りを見渡し、並び立つ岩と岩の間で死角になり易い場所を見つけそちらに歩いていく。
亜空間アクセサリーから、念じれば、確かに木こりなどが利用しそうなコテージが其処に現れた。扉を開け中に入ると、簡易台所、簡易風呂、簡易御手洗い、そして、壁側に、巨大な魔導板が嵌め込まれていた。ご丁寧に、魔導板の前にある机の上には、箱があり、その中には映像魔導機がびっしりと詰まっている。
「……コレ……俺に映像魔導機を設置しろってことか?」
苦笑いと共に、箱を持ち上げコテージが出る。どちらにしろ、コレは、スーリア達が出てきてからでないとやれない事だ。やばいな……姫さまの指令がちっとも進まない。腕に付いた通信魔導機を起動させ報告を読み込めば、既に、ダルメシアン伯爵領執政府内部の粛正が進んでるようだった。
コテージから取り出した荷物をとりあえず荷馬車に置き、荷馬車に背を預け、通信魔導機の報告を全て読み込んでいく。暫くそうしてると、マリンと白髪の男が岩場から現れた。
荷馬車に一瞬目を見開いたがマリンは、此方により、オータムと同じように荷馬車に背を預けてから大きく息を吐き出した。
「すまないね。助かったよ。私は、狐人族の祈祷師の知り合いが居ないんだ。」
「いや、お前の連れは大丈夫か?」
「あぁ。狐人族達が処理してくれている。私らは邪魔になりそうだったから出て来たんだ。」
「随分と肩入れすんだな。」
「そりゃあね。ウェパズは、私にとって、亜人族のはじめての友達だからね。アイツは、良いやつなんだよ。人族に偏見がなくて、だから、騙され易くて、でも笑うんだ。自分が無知だから騙された自分が悪いんだってな。」
「ふーん。お前も殊勝な所があるんだな。」
「いちいち嫌味たらしいねアンタ。」
「そりゃしゃあない。」
「まぁ、良いさ。にしても……マリアンヌは、狐人族の神官長と友人なんだな。」
「神官長??」
「あぁ。狐人族長、フォクス聖堂神官長スーリア=スフィテル=キオラド様。亜人族の神官長だよ。」
「へ〜、、、。そら知らなんだ。」
「まぁ、フォクス聖堂も、世界樹ユグドラシル様が焼かれた時に…消滅したらしいけどね。狐人族は余り体内魔力は持たないが、代わりに、神力が強い者がチョコチョコ居てね。特にキオラド家は代々神官長を務める程なんだ。御長男が強い神力を持つらしいが行方不明だと聞いてるよ。」
「詳しいな……マリン。」
「そりゃあね。私は、亜人族保護に力を入れているからね。だから、海に居るんだよ。彼方は、すぐ、亜人族を狩って奴隷にしようとする奴らがいるからね。」
「お前……マムシ酒が呑みたいらしいな。」
「あん??……テリューシャに聞いたか。」
「やめとけ、アレはお前じゃなく我が主やガイノス皇弟殿下じゃなきゃ相手は難しい。」
チロリと横目にマリンを捉え言い募れば、マリンは薄く笑みを浮かべていた。
「解ってるよ。マムシ酒は……暫く我慢するさ。
マリアンヌは、本気で桃源郷を復活させる気だろ?亜人族達から聞いた時は眉唾物だったが……。スーリア神官長は、人族で言う所の聖堂大司教だ。他の亜人族の聖堂にも顔が効く。あの方と友人とはね……。」
そこで言葉を切ったマリンは、感慨深く息を吐き出した。
「……ウェパズが、龍脈に手を置き憎々しげに人族を罵ってる場面を見た瞬間、辛かったけど……アイツ、私を視界に入れた途端、笑ったんだ。助けに来てくれたかって。アイツはそうゆう奴だ。だから……アレは、何か呪詛を受けたんだと気付いた。だから、一応簡易だが解呪させた、恐らく、狐人族達が後処理をしてくれる。
…………暫く、海から上がるつもりはない。
ウェパズの様子を確認したら、私は、海に帰るさ。魔導姫を手伝ってやらなきゃなんないしね。ウェパズを助けれたからなんか満足しちゃったよ。色々と悪戯してくれた吸血鬼には、今度きっちり遣り返す事にしたからね。ほんと傍迷惑な吸血鬼と大蛇だよ。」
「……姫様は、海の聖殿を作られていた。お前…いや……お前の配下のその男、気が向いたら行ってみれば良い。スタンがガッツリ結界貼ったらしいが、聖殿に害を成さぬ者は簡単に利用出来るらしい。海は生物の母、母なる海には、清き聖なる気を巡回させる場所が大切だと仰っていたそうだ。……その男、テリューシャだったか?其奴にとっても安全な祈祷の場所は必要だろ?」
「……アンタは本当色々と良く識る男だね。……テリューシャは、色々と厄介な奴らから狙われているから、余り、単品行動はさせたくないんだ。……しかし、その聖殿は気になるね。帰るついでに、少し寄って行こう。……座標は?」
「ん……。お前、自分の商会に、狼が紛れてんの気付いてんだろ?奴らに案内させろ。」
「ほ〜?此方から接触して欲しいと?」
「じゃなきゃ、態々、まどろっこしい事しねぇよ。表面上、お前や他に散らばる元大公家の人間と、現皇族機関は繋がりは無い事になってんだからな。ンな訳ないのにな。影同士は、大なり小なり繋がりがある。味方しかり敵しかりとな。」
「……そうだね。随分と表側では、マリアンヌは暴れ廻っているが……大丈夫なのか?」
「あぁ……。北はほぼ掌握されている。北の聖堂教会関連は姫様に心酔されているし。……姫様を排除しようとする勢力は、今は、静観だろ。カイン殿下並びにアレス殿下には、上皇后陛下とガイノス皇弟陛下の護りがあり、容易に近付けんだろう。皇帝陛下も随分大人しく粛々と公務をされているようだ。……姫様の派手な動きが、執政府の鼠取りに一躍買ってるからな……。
だが、そろそろだ……聖堂教会がこのまま黙ってる訳がない。聖女を皇都に囲んだのは何かあるんだろうよ。」
マリンと情報共有をしてる間に、霊峰は、ドクリ、ドクリ、鼓動を刻むように、淡い祈りの魔力が浮かんでは沈む。岩場の奥から響くのは、祈祷詩だ。亜人族の言語で行われるそれは、不思議な韻を踏み細く深く長く木霊し響き渡る。合わせるように、虎人族達が地面に座り込み、岩場に向けこうべを垂れ祈祷をするのを見つめ、二人は沈黙し、その様子を見つめていた。
マリアンヌが行う祈祷とは違う形の祈祷は、亜人族が脈々と繋げてきた、森を山を愛し、その恵みを喜ぶ為のモノだと感じ入りながらオータムは、今は亡き桃源郷とその周りに広く広がっていた美しき緑深き山々の姿を目蓋の裏に思い出し目を閉じた。
禁忌の森とて、元々は、緑林の都と呼ばれた亜人族の国があった筈だ。人族にはその存在を否定された巨大な亜人の国。願わくば、あの美しい国が復活し、亜人族が安全に過ごせる場所が出来ると良いと、オータムにしては珍しく感傷に浸りながら祈祷句を口遊んだ。
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呆気なくやられて地面に転がる暗殺者達に、冷ややかな視線を向け闇帝は、小さく息を吐き出した。肩に担ぐ魔剣ダーインスレイヴは、上等な魔力と血を吸い取りご機嫌が良い。空を見れば、既に、薄紫色を成したモノに変わっている。
なんでまたこんな分かり易く狙って来るんだ?
その疑問は、気を失い死にそうになってる暗殺者の気配を感じた時からずっとある。
魔剣ダーインスレイヴをネックレス型に戻し、腕を組み考える。数にして50数人。人数はそれなりだが、腕が微妙である。自分を潰しにくるなら、故郷の奴らであれば、せめてギルドクラスSS級10人以上に小隊5つ位は連れて来るだろうし、態々、既に、国に捨てられ、ギルドに所属する自分に喧嘩を売るか?と聞かれたらあり得んと思う。ギルド世界機構を敵に回すなど、あの合理主義な国王やその家族である王族達がするはずないのだ。
じゃあ、何故、態々、あの国の暗部服を身に纏う奴ら、それも魔力すらあの国の奴らが、態々、自分を狙ったのか……。
暫く、其奴らを見つめ、屈んで、気を失ってる奴の右腕を取り、暗部服の袖を捲り上げる。手首内側に現れた刺青を見つめ、チッ。と舌打ちをかました。解ってはいたが……故郷にも、大蛇の舌…イヤ…蛇のエキスは届いているらしい。仕方なしに、ギルド員に連絡を入れ、死にかけの奴らの回収を頼む。
どうやら、あの姫様は、色々と目をつけられているようだ。コレは、自分が狙われた事は、態々、自分をあの姫様から引き離す為の作戦だ。
手に持つ腕を、ポイと放り、立ち上がって、ギルド員を待つ。
脳裏に浮かぶのは、大蛇の嫌らしい顔と、大蛇が好敵手だと認めた男の顔。そして……港街カリスフィにあるグラスレイ聖堂に勤めるフュマピス大司教。あの大司教は、侮れない。
皇都聖堂教会とは距離を置いているし、統一聖堂教会とも距離を持つ方ではあるが、彼の真名は、フューマーラ=アポピス=フレイロク。……闇帝の故郷の古語での意味は、《聖なる木に宿りし蛇》となる。
大蛇と一見関係く見えるし、無害を醸し出しているが、エトリド一族の事件が起きた時、あの大司教は嗤って呟いた事があると警務官達が言っていた。
『神の御心を裏切ると蛇に喰われてしまう、だからお前達も気をつけなさい。』と。
あの地の島に、ひっそりと佇む神殿を、あの姫様は、再生させ、その意味をしっかり与えていた。海の神殿として加護を施し保護したのだ。
小さな領地に、聖堂と神殿がある。それも、一つは聖堂教会に所属する聖堂。もう一つは、正しく、海への祈祷をする為の神殿。
「神の御心……ね。」
腕にあった刺青は間違いなく大蛇の配下を表すモノ、その周りを囲むように彫られた刺青は、闇帝の勘違いでなければ、故郷で邪教と畏怖される宗教団体のエンブレム外苑だ。
大人しく、大聖堂にて祈祷を粛々と熟していると有名なフュマピス大司教。神官である彼が熱心に祈祷してると言うのであれば、何故、あの地の精霊の息吹きは、細くなったのか。
皆その疑問を決して問わない。恐らく、あの大司教が、自身の存在を薄くさせ、聖堂教会本部にすら、その存在を曖昧に魅せているからだ。そんな奴が、態々、自分を狙い、あの姫様の護りを薄くしようとした。ハッキリ言って無駄である。自分はたまたま近くに居るイレギュラーに近い。だが……
「なかなか、姿を表さない蛇の癖にねぇ。」
何を焦ったのか、あの蛇が姿を表した。自身に蛇神。と大層な改名しているあの狡猾な人が、巣から姿を出したのだ。
クスクスと笑いながら、闇帝は、自分の友を思う。あの地を愛し護りたいと願う彼らの為にも、駆除した方が良い。そのきっかけが出来そうな事に気を良くし、闇帝は自身の竜を呼び出した。
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