大蛇の吐息

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  あっ……ほんとうに熊さんだ。 皇女としても、人としても、どうかと思う感想を脳裏に思い浮かべたマリアンヌの向かい側ソファーに腰掛ける大きな人。室内に入ってきた時は、見上げる程の巨躯に圧倒されたけど、60近い年齢になりながらも鍛え抜かれ、骨格、肉付きに衰えが無い。ソファーに腰掛ける様子も威風堂々とした歴戦の戦士を思わせるが、穏やかな表情が、人に好感を与える。だからこそ、マリアンヌの感想は、ほんとうに熊さんだ。だった。 型通りの近衛騎士の礼を取って挨拶をする様子も、自然で無駄が無く、ほんとうに失礼だが、こんな人が、何故、表面上引退をし、地下都市に住んでいるのか理解出来ずマリアンヌは微笑みを深めた。 ゲライント=ヴィ=ハウルゼス卿と会話をするのはアトラで、どうやらアトラとハウルゼス卿は顔見知りの様だ。マリアンヌが何より驚いたのは、アトラとハウルゼス卿は、若い頃一緒にギルドクエストを熟していた事もある様で、ハウルゼス卿は、アトラとリランが、我が母上の個人部隊に居ると知った時は非常に驚いたらしい。 「えっ……アトラ一体何歳なの?」 つい、隣に座るアトラをマジマジと見つめるとアトラは、女好きする笑みを浮かべ此方を見下ろした。 「……秘密です。マリー様。」 「ようゆうわ。お前、恥ずかしいギルド通名を持ってるじゃないか。」 ニコニコと突っ込みを入れた熊さんのその手には小さなカップ。そのカップを傾け珈琲を飲んでいた。小さすぎてまるでカップすら食べちゃいそう……。またしても失礼な感想を思い浮かべてから、マリアンヌはニコニコと笑った。 そうなのか……気になる……。こんな事してる場合では無いのに、気になって、気になって、チロチロと隣を見上げるのだけど、アトラは笑みをキープしたまま拒否を示したわ。 「…………言いませんよ、マリー様。」 どうしても教える気が無いらしいアトラは、何故か、人の顔を抓った。余り痛くはないのだけど……なんだか、アトラはさっきからベタベタと鬱陶しい。抓ってる手を、パシリと外せば、ふっと柔らかく笑い、ハウルゼス卿に視線を戻した。 「時に、ハウルゼス卿。お元気そうなのは良く解りましたが、我隊のバースから連絡はございませんでしたか?」 本題に入ったアトラに、熊さんは片眉を上げ、ゆっくりとカップを下ろし、両手を組みお腹の前に置いた。 「えぇ。ございましたよ。部下をバースの元に向かわせました。」 「それは、結構。我々もバースの元に向かいますが、宜しいですか?」 「構わんよ。しかし、今はやめといた方が良い。」 「……何故?」 「この所、この地で害獣騒ぎが頻繁していてな。ほれ、コレが、害獣共の残骸だ。」 ドサリと机の上に出されたのは、騎士服の残骸だ。殆ど布切れに近いそれは、略綬(ロゼット)だ。勲章・記章された騎士が簡易的に騎士服に縫い付ける物。机に並ぶそれらは、煤焼けて汚れているが、勲章だと解る物だった。 「態とらしいだろう?」 クスリと笑った熊さんは、まるで禁忌の森に生息する凶暴な巨体熊カムイベアみたいな顔をしていた。ハウルゼス卿の表情を見てもアトラは気にならないのか、布切れを手に取り、じっくりとその勲章を見つめ鼻で笑った。私には、どの騎士団の物なのか全くわからないのだけど、二人は良く知ってるらしく、アトラはそれを机に放り投げ不機嫌そうに顔を顰めた。 「あぁ。態とらしいですね。」 「うっかり巣穴を駆除してしまってな。何処から湧いたか解らない。」 「へぇ……随分と平和ボケしましたね。」 「それを言われると耳が痛い。だがな……作為的な上に、コレは、間違いなく、この度の同盟強化を破断させたい奴らの行動だろう。」 「でしょうね。なかなか姿を見せない癖に、ネチネチと鬱陶しい。」 「姿を見せないどころか痕跡すら残さんがな。」 二人がなんの話をしているのか理解出来ない私は、大人しく、大人しく、沈黙を守った。その間も、アトラとハウルゼス卿の話は続いていくの。 よくわからないけど、話を整理するなら、どの国にも、現政権を打倒し政権奪取したい勢力は居るらしく、特に、タンライトとラケニスが内政が落ち着かない。 まぁ……タンライトはあり得ると私にも解る。だってつい数刻前にハレムの話聞いたし。 タンライトの場合は、現王妃派と次世代王妃派の争いが苛烈であり、ローレライト殿下は次世代王妃派の方らしい。次世代王妃派は、どちらかと言えばリベラル派で革新派であり、戦争否定派で経済発展に力を入れている。現王妃派は、保守派で自国主義であり、戦争肯定派の為領土拡大を!!と叫んでる。 だから、タンライトは色々と対立が激化し、現執政府は混迷を極め、血が流れやすくなっているとか。王太子レデリクス殿下は、どちらかと云うとリベラル派ではあるが、彼は、強権を振るうのを厭わない為、恐らく、戴冠と同時に、政敵を粛正するのでは?と噂されているらしい。 でも……此れは意外だった。私にとってなぞなベールに包まれたラケニス合衆国。情報を探るのが凄く難しい御国なのよ。ある意味ホルスは沢山情報がくるけど、9割が役に立たないのよ。 そのラケニス合衆国の一部高位貴族は、廃太子とされた人物を担ぎ上げ現政権を打破し政権奪取を目論んでいて、更にいえば、廃太子は、今、王城敷地内南塔の監獄塔に軟禁されているのだとか。 伯母上が彼方の公爵へと嫁がれた理由は、現政権派である公爵からの熱烈な誘いだったらしい。 公爵は、廃太子となった王子の叔父でもあり、コレまた気不味いのは廃太子と年齢が余り変わらなかった事だ。廃太子になった理由もまた下らない事がきっかけなのよ。 どうも、その王子は、御婚約者様との婚約破棄をされたそうなのだけど、その理由が、好きな女が出来き、その女に対して御婚約者様にキツく当たり遂には殺人未遂まで侵した!!と声高に、第二王子現王太子の帰還式で宣言しちゃったの。 御婚約者様は、小国とは言え王女殿下だったので、その全てを否定され、証拠を叩きつけ、ご自身から婚約解消をされた……。破棄じゃなく解消よ、白紙撤回までされたらしい。無論、両国の関係は最悪になり、結果、王子は生涯幽閉となってしまったの。 なんか聞いたことある話だわ……。ってつい遠くを見つめてしまうわ。だけど、御婚約者様は、私より立ち回りが素晴らしいわね。うん。 それは良いとして、公爵様は、伯母上の政治感覚に惚れ込んで居るとか。色々と難しいお立場だから国内からお嫁さんを取る気には成らず、偶々、伯母上とお逢いする機会があり、聡明で政治経済にも造詣が深く、立ち回りも切り返しも上手いから、一目惚れに近い感じで伯母上を口説きに口説きまくったとか。因みに、ラケニス合衆国は、公爵家は一つしか無く、公爵は、王弟殿下らしいのよ。 そして……この布切れの勲章は、タンライトの王専属特殊第一騎士団の物である。 ハウルゼス卿は、更に、執事を呼び、武器を持ってこさせたの。布切れは、執事がワゴンに置き直し、別のワゴンに乗ってる武器を丁寧に机の上に載せた。 我々が住むドリスタニア大陸の各国の武器には、必ず、作り手が解るサイン替わりの魔証紋が刻まれている。それは、将来もしかしたら著名な剣士や魔導師になる人が居て、その人利用してる事により、作り手の格が上がるからだ。と言っていたのはカガリだ。だからカガリが作る魔導武器にも必ず印が付いている。ただ、カガリの場合、武器に施す柄に紛れ込ませるので、なかなか見分けが難しい。他の大陸がどうなのか解らないが、基本的に魔導技工士は己の創り出した物を誇示したいので、印、を入れてるはずだ。と笑ったのはカイトだった。 それは、まぁ、良いとして、机の上に並んだ、ほとんど原型がわからない程に壊れた武器にも、やはり、印、がある。 カガリの様に柄に紛らせた物、分かりやすくしっかりと刻んだ物、一つ一つを手に取りじっくり見つめたアトラは、壮大な舌打ちをかました。 「武器は、ホルスか。」 「あぁ。……もう一つな。オイ持ってこい。」 ハウルゼス卿が手を挙げれば、執事が、また新しいワゴンを持ってきて、黒く焼け焦げた呪符を載せたお盆をそっと机に置いた。ガッチリと保護結界が半円型で掛けられたそれを視界に捉え、アトラは行儀悪く足を組み、ソファーの背に腕を置き唸ったの。 「ラケニス合衆国の最新型、呪符魔導機だ。」 ウッソリと呟いたハウルゼス卿は、ご自身の顎をつるりと2、3度撫でる。まるで、面白くなってきたと言いたそうに口角を吊り上げた。 「どれも同じエンブレムがある。解るだろうアトラ。コレを仕掛けたのは……「大蛇だろ。」 ハウルゼス卿の言葉を遮り忌々しいとばかりに硬く呟いたアトラの組んだ足がユラユラと揺れている。 「だから、今、行くのはお勧めしないんだ。この共通のエンブレムは、恐らく、大蛇の小間使いの武器商人だと言われてる奴のモノ。しかし、大蛇とのつながりはどんなに探っても出てこない。」 そう締めたハウルゼス卿にアトラは苦笑いを浮かべた。 「……このじゃじゃ馬娘を説得してみろゼス。」 顎でシャクリ私を示すアトラに、私はにっこりと笑った。 「どうして……貴方は、そんなに態度がデカいのアトラ。わたくしは、じゃじゃ馬じゃないわ。好奇心が人より少し大きいのよ。お話の内容が、所々、わたくしに解らない様に、されたのは何故??ねぇ、、、アトラ、わたくしに解る様に説明なさい。バースは危ないのではなくて?わたくし優秀な監査調査員を失いたくはなくてよ。」
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