大蛇の吐息

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「うわぁ。土竜??モグラよね!コレ。」 初めて見た小さな洞窟土竜に興奮一杯でキラキラと目を輝かせ満面の笑みを浮かべ、屈んだままナスカを見上げれば、ナスカは目元を柔らかく細めた。 「えぇ。モグラです。地下都市に生息する野生のモグラは、土をこしてくれる大切な動物です。」 私の目の前には、小さく細長い円筒形の体躯をしたモグラが、一生懸命土を小さな手で掘ってる所なのよ。粗い体毛、鼻面は長く管状、ヒクヒクと動く鼻が、可愛いと云うより、不細工よ。ブサ可愛いって感じがするわ。 ジーと見つめていると、モグラは、此方に気付き、小さな身体を精一杯早め土の中に潜っていった。 ほんのりと癒され、立ち上がり、周りを見渡した。なんでこんな、長閑過ぎる時間を過ごしているかと言えば、ハウルゼス卿から、あの巨躯な御仁から泣いて頼まれたの。『アトラと自分が、責任持ってバースを連れ帰るから、頼むから身体を休め此処で待っていてくれと。まだ子供なのにそんな隈をこさえるのは、わしゃ嫌じゃ。』と泣きながら訴えられた。 ……あんな巨躯で、オイオイ泣かれたら、つい呆然と頷いちゃうわ。私じゃなくてもね。私が頷いた瞬間、ハウルゼス卿は、ヒョイっと私を抱き上げ、マーヤさんを呼びたし、温泉に連れて行けって渡したのよ。マーヤさん力持ちで、私を難なく抱き上げ、そのまま平屋の奥、山の方に出来てる天然温泉に連れて行った。温泉の洗い場で、マーヤさんに丁寧に洗って貰っている内に、ハッ!!と気付いたの。余りの早技に呆気に取られたわ。あんな早技を仕掛けるなんて侮れない熊さんだ。と感心したの。私は、ハウルゼス卿とアトラの作戦にまんまと引っ掛かり、結局肝心な話を聞いてないもの。 確かに、アトラは言った。このじゃじゃ馬を説得しろと。だから、何を言われても良いように気合いを入れていたのよ。なのに、まさか、ボロボロと涙ながらに訴えられるとは予想出来なかったわ。ギョッとして此方が驚いてる間に、まんまと引っかかったのよ。あんな説得の仕方をしてくるとは思わなかった。 結局、気持ち良い温泉に浸かってるとウトウトしてきて気づいたら爆睡し、起きたら温かなホワホワなベッドの中だった。温泉に浸かってる内に寝こけた私を抱き上げ介抱してくれたのはマーヤさんで、マーヤさんの優秀さにびっくりしたわ。私、身長が13歳にしては高い方だから重いだろうに。 そんな訳で、私はマーヤさんの案内で、ハウルゼス卿の巨大農園や山に沿って建っている建屋の見学をしている最中よ。建屋は、様々な施設があるわ。ハウルゼス卿は、地域に合う生産に力を入れているの。 蚕工場・コカドリーユの鶏卵場・ウーリーピッグの養豚場・ハーブ畑などなど様々よ。 私が今いるのは、これから開拓されるらしい場所なの。平屋は、山に添い左右に長く展開されているけど、平屋と山の間はそれなりに土地があり、そこは完全なハウルゼス卿の趣味農園に利用されているとマーヤさんは仰っていた。 だから表側のご商売用に開拓された農園とは、主旨が違うらしいの。私がいるところもこれから埋める予定の樹々があるのだけれど……ウォルナットの木なのね。胡桃の木よね。普通のね。だけど、私が知ってる胡桃の木と明らかに、何かが違うのよ。小さな幼木は、保護結界の中に丁重に保護され、その足元には樽と共に水玉がある。定期的に幼木に水を与えてるようだわ。 鑑定を掛けるまでもなく、その胡桃は、品種改良されているのが容易に解った。だってただの胡桃の木が魔力を纏う訳ないもの。 「ねぇ……ナスカ……気のせいじゃなきゃ…正面の山の麓にある頑丈なオリの中にいるのって……ピッグベアじゃないかしら?……その隣は、パンテラタイガーだし、その隣は、トロオドンよね?なぜ……原始からいる動物を飼ってるの?」 「旦那様のお母様は、ホルスの西海岸の離島出身の方で、その島では、原始の動物が沢山住んでるのです。旦那様は、大陸と島の原始の動物を掛け合わせたらどうなるか興味があると仰ってましたわ。」 私の疑問に答えたのは、ニコニコ顔のマーサさんだった。その答えに、へぇ〜。と曖昧に返事をしつつ……ハウルゼス卿のお母様はホルス人って事なのかしら?と妙に納得したのよ。 あちらのお国の王族はご自身達は《神の化身》と仰る程、確かに、見目麗しい方ばかり。 だけど、不思議な事に、一般人は、なんてゆうか、男性も女性も、背が高く、筋肉の発達が良い方が多いわ。ハウルゼス卿もご身長は恐らく250センチ以上ある。私の隊で一番背が高いのはブラッドなんだけど、ブラッドは210センチ前後と聞いているわ。 ホルス人は、更に大きいの、既に絶滅した巨人族程ではないけど、男性の平均身長は250センチ、女性の平均身長は200センチ、と聞いているわ。 王族・貴族は皆、我々ドリスタ帝国人の人族と変わらない身長なんだけどね。見目の違いから、彼方のお国では、高尚な方程、背が低く魔力が強いと信じられているのよ。 いや……可笑しいだろ。と、スタンからの教鞭を受けた授業中に、つい素で突っ込みを入れてしまったわ。 ペプル嬢が、ホルス人は、魔臓器の種類が豊富だと仰っていた。だから、大まかに言うなら、人族、半人半獣族、半魔半人族と三つに分かれていると。人体実験ばかり繰り返したお国だから、色々と血が混じっているわ。確かに、純粋なる人族は王侯貴族しか居ないんじゃないかしら……。そう言って嫌そうに目を細めていた。 だからまぁ、、、ホルスって色々きな臭いのよ。 「ハウルゼス卿のお母様はどちらに?」 何気なく尋ねるとマーヤさんは一瞬だけ無表情になった、直ぐに、柔らかくホワホワとした笑みを浮かべたの。 「大奥様は……14年前に亡くなりました。大旦那様も。」 「……無遠慮に不躾な事を伺いました。申し訳ない。」 そっと瞼を下げ謝るのだけど、マーヤさんはニコニコと笑っていた。 「いいえ、大奥様は他国への輿入れでしたから心身共に疲弊されていましたが、お亡くなりになったのは事故にございました。その後直ぐ大旦那様も事故でお亡くなりになられたのですから、致し方ないのでございますよ。お二人は大変仲睦まじいご夫婦でした。」 「…大奥様は御貴族の方でしたの?」 「えぇ。西岸離島は、島が一つの都市扱いにございました。大奥様は、離島の伯爵令嬢にございましたよ。成婚された大旦那様も西部の伯爵位を承っておりました。」 「まぁ!そうでしたのね。なれば、ハウルゼス卿のご生家は西部の伯爵家ですのね。」 「はい。ご生家は、妹君が婚姻後、伯爵位を継がれ西部の地下都市に領地をお持ちですわ。」 微笑み合いながら、ハウルゼス卿のお話を伺いつつ、マーヤさんが、自然なエスコートで、他の区画に案内してくださるので、そのまま着いて歩いたの。 にしても……マーヤさん、ニコニコ、ホワホワな方だけど、ちゃんと弁えてらして、ハウルゼス卿の深い話は余りさせず、しっかり話題を逸らすわ。 脳裏に浮かぶ貴族図鑑は余り役に立たない。流石に辺境地区の地方貴族までは把握してないもの。 マーヤさんを呼びにきた従者に即され、マーヤさんが去っていき、私は、牧場で、牛の乳搾り体験をさせて貰った。……コレよ、コレ。ほんとうは、皇都から脱出したら、民衆の仕事を体験したかった。前世も含めて経験がない事だったから。 結局、お祖母様が、逃して下さって、どちらかと言えば、皇族としての活動ばかりしているの。逃して下さるお祖母様に、私が出来る御礼はどうしてもそうなってしまう。そこに不満は無いし、寧ろ義務だと思っているわ。 ぎゅぅぅぅう。と絞れば勢いよく飛び出す牛の乳に感動を覚えながら楽しんだの。 一通り見学し、気付いたら時刻は既に、お昼。だから、お借りしてる客室に向かい、昼食を頂いてから、ナスカ達と散歩してくるとマーヤさんに伝えて砂竜に乗り込んだ。 アトラとハウルゼス卿は、大人しくしてろとおっしゃっていた。とマーヤさんから伝言を伺っている。でもね、地区の公共施設に行ってはいけないとは聞いてないもの。だから、私は、ラマン地区市役所兼図書館に向かったの。 ニコニコマーヤさんが、一瞬でも無表情になった事がどうしても気になる。ハウルゼス卿が爵位を維持したままこの地区に居る意味はある筈なの。 大体、私に暇つぶしを用意しないアトラが悪い。魔導通信機に上がる情報も進展がないし、1日以上爆睡したから、元気な私は、やる事ないとゾワゾワしちゃうのよ。 地下都市について、前世の時、その存在を知り得なかった。だけど、耳にした事がある地下都市の地名はあるの。聞いた事あるのに、西部に来たこともあるのに、その存在を知らないってなんか変じゃないだろうか……。そう思って私の後に座るアビに尋ねれば、凄く困った顔をした。 「姫様ほんとうに覚えてませんか?」 「……なにを??」 「姫様が15歳の時、地下都市歓楽街ラクロが地盤崩落で壊滅した大災害がありました。」 アビの言葉に首を傾げてしまう。そんな大きな大災害を、何故、私は覚えていない??どんなに記憶を復習っても……記憶にない。 「姫様も、西部の鎮霊の森祭壇で、鎮魂式に出席されて、そこで初めて祈祷をされたと、私は記憶しておりますよ。」 「えっ……??私が初めて祈祷したのは皇都大門だった筈よ?」 アビの話に、私は目を見開いた。だって、私の記憶には無い、それに、ズレがある。私が初めて祈祷したのは16才で大門での鎮魂祭だ。 「はい。姫様は、大門の鎮魂祭で、初めて皇都での祈祷に挑まれましたが、その前に、魔導院魔導塔所属魔導師長ハリー殿とご一緒に、西部にいらして鎮魂式に出席されたんです。災害現場を見たいってハリー殿の必死に頼まれ、お忍びで行かれたんですよ。災害現場をご覧になり姫様は心を痛め、鎮魂式に出ると、強硬的に出席されたのです。《わたくしに唯一出来る事は、痛ましい災害の被害者の魂が、安全に、遠き時の輪に接する場所へ向かえる事を祈るだけだ》と。」 続ける様に慎重に冷静な声色で説明をしたのはナスカだ。だから、嫌な音がする心臓を無視し冷静に記憶を探る……最近、前世の記憶は曖昧なモノもある。だけど……深く心を探れば思い出す事が多いの。……でも、コレは違う、私は全く覚えていないのよ。 忘却の記憶がある事など思ってもいなかった。つい呆然とする私をナスカもアビも心配そうに見ているの。必死に頼み込んでまで来た場所の記憶が無い。どうして…??それに、前世の私は、何故、必死に災害現場を見に行こうとした? 「ねぇ……それは災害であり、人為的なモノではなかったのよね?一地区が壊滅するって事は広範囲に地盤崩落が起きたのよね?」 「はい、災害現場は、人為的な細工が不可能との結論が執政府より発表されました。」 「……発表……。表向きは良いわ。監査局調査班の調査報告はどうだったの?」 私の質問に二人は押し黙った。妙に厳しい顔をする二人を見比べ、アビを真っ直ぐに見つめた。アビは、微苦笑と共に、何か苦く硬いモノを噛み締める表情をした。答えたのはナスカだった。 「監査局の調査は、皇帝妃殿下が中止されました。あの年は、カイン皇太子の高等学院入学式がございましたから、無駄な予算は廻せぬと。それを耳にした姫様が、珍しく激怒され、皇帝妃殿下に抗議されていました。《亡くなった魂を鎮める気はないのか?我が国の民が大勢亡くなっている。貴女には慈しむ心は無いのか。民の命をなんだと思っているのだ!》と、皇帝妃殿下がお答えになる前に、ユリアンナ大公令嬢が、姫様を第一後宮から引っ張り出しました。姫様は、そのまま魔導塔に向かい魔術師長ハリー殿に必死に頼み込んだのです。《災害現場に連れて行って欲しい。お願いしますハリー殿、貴殿は様々な場所に赴かれる、場所をご存知でしょう?わたくしは行かねばならぬのです。》と詰め寄らんばかりに願われていましたよ。 我々にとっても、あの出来事に関連する事は、色々と衝撃的だった事なのでよく覚えてます。」 「魔術師長ハリー殿……。そうね、わたくしにとっては一緒に祈祷の仕方を研究し、なんとか祈りの魔力を捧げる方法を見つけ出せた恩人だわ。 ナスカの言う通りの事を、わたくしがするなら、魔術師長ハリー殿を頼るでしょうね。」 「我が国随一の魔術師ですし、何より、ハリー殿は、殆ど、皇都にはみえませんから。」 「それは今世でも同じなの?」 「えぇ。ハリー殿は、基本的に皇都にはおらず、帝国中を渡り歩き魔術の研究をされている事は有名ですわ。」 「そう……ねぇ、前世のわたくしは何か言ってなかった?」 私の質問に二人は真剣熟考してくれる。少したってアビが何かを思い出したのか視線を彷徨わせて呟いた。 「……そういえば……あの災害現場を見た時、姫様は……ポツリと小さく言われてました。     ……これは災害……事故だ。って。」 「……わたくしは、事故と言ったのね。事件ではなく…事故と。」 「はい。呆然とくっきり空いた巨大な穴を見つめ……災害事故だわ。………愚かな……と。」 深く頷き曖昧な表情で呟くアビに御礼を伝え、私は前世の私の行動を良く考える。 当時の私は、皇帝妃殿下の地味なけれど確実な嫌がらせを沢山受けていた。一つ一つは小さく被害は少なくても重なればそれなりにキツイそれらを思い、第一後宮も皇宮本殿も絶対に近付かない様にしていたの。 リトルプチトリアン離宮は、その二つを避けて向かう事が可能だったし。なのに、私は、その場所へと向かい、大嫌いな皇帝妃殿下と謁見までした。私の謁見などあの女が許可する訳ないのに、何故、謁見出来たのかしら……。 ユリアンナ大公令嬢が居たのは何故……?あの女は、決して、ユリアンナ大公令嬢に好意的な訳ではない。ノワール大公家自体が鼻につく事を隠しはしないあの女が、ユリアンナ大公令嬢に好意的とは思えない。では……何故?? 私は何を忘れている……??
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