大蛇の吐息

8/19
前へ
/643ページ
次へ
グルグルと思い悩んでいるうちに、ラマン市役所に着いたの。砂竜を竜専用駐留場に繋げ、私達は市役所隣の図書館に向かった。 些か古い建屋はシンプルな作りではあるけど木造建築で、室内に入った瞬間、古紙と木の香りが鼻腔を擽った。 「マリー様。何を調べますか?」 入り口の端により、ナスカに尋ねられ……一瞬悩む。……アトラ達が帰ってくるのがいつになるかわからないけど……。 「まず、巨大農園地区ラマンの地下道地図が有れば地図。ラマンの貴族図鑑。この地の基本ね。 次に、地下都市歓楽街ラクロに於いて発生している地盤崩落があるかないか調べたいから、この地の新聞を……そうね。14.15年前のと、最近の物。 次に、ハウルゼス卿のご実家に周囲に於いて起きた事件・事後等の当時の新聞が欲しい。 次に、ホルスと関わりがある地下都市に領土を持つ貴族に関連した書物。 前に、キースとバースに纏めさせた未解決事件で、地下都市関係のもあったわ。関係者には確か地下都市、地方子爵が居た。その人物についても調べたい。 ラマン関連以外は、膨大な新聞記事から抜き出さなきゃならないから、図書館館員に、一度伺いましょう。関連のものをピックアップする方法があるか。」 「タンライト・ラケニスと関わりがある貴族はよろしいのですか?」 「ん……。タンライトに関しては、少し、考えたいわ。ラケニスは恐らく、そう居ないし、まず情報がない。彼方の御国って本当不思議。輸入品は入ってくるけど情報は統制され、ろくな情報がないのよ。だから、両国は良いわ。」 「では、受付に行きましょう。」 ナスカは、少し周りを見渡し、受付を探してから案内してくれる。アビは周りをキョロキョロ見ていたわ。……解るわ……本棚の置き方がまるで迷路みたいだもの。背が高くない本棚は入り口から見て中央ら辺に円状にある、そこから、段違いのように背が高い本棚と低い本棚が並んでる。少しずらしながら並ぶ様子は、なんか迷路みたいよ。低い本棚の上に蔵書を置いて立ちながら読み込んでる方がチラホラいるの。効率が良い本棚の配置に感心しつつ私達は、受付に向かったわ。 受付に座っていたのは、純朴そうな女性だ。仄かにあるソバカスと丸いお鼻。笑うと笑窪が浮かぶなんとも可愛らしい子だった。 彼女は、ナスカから話を聞くと、ハッ!!として少しお待ちを〜〜〜。と後が引くように大きな声を上げながらパタパタと奥に入っていった。暫くして、白髪混じりの柔らかい雰囲気を醸し出す男性を供だって戻ってきた。 男性は、此方ではなんですから……。と私達を奥のお部屋へと導いた。男性は図書館の館長で私達が案内されたのは館長室だった。 ソファーに腰掛け、お茶を頂いたところで、館長は、ビックリする話しをし始めた。 今から凡そ5年前、此方の図書館は存続が危ぶまれる程、老朽化と共に、魔獣が近くを彷徨き大変だった。そんな時、ふらりと現れた魔術師に、この図書館は救われた。魔獣を討伐し、建物を治し、更に、魔獣除けの結界陣を刻んでくれたらしいの。館長達は、感謝を伝え、何か御礼をと言えば、魔術師は美しい顔に艶やかな笑みを浮かべ仰った。 『……。ならば、僕ではなく、恐らく5年以内に、黒髪の女の子が赤髪と黄茶色の女性を連れてここを訪れる。今から僕が云うものを探し出し纏めてあげてくれ、そして、それを彼女達に。それが、僕にとって一番の報酬になる。お願い出来るかな?』 不思議なお願いではあるが、僕に御礼がしたいんでしょう??と蠱惑な甘い声色と艶やかな笑みを浮かべ言われてしまい、館長達は、言われた事を護り、約束の黒髪の女の子が来るのを待ちわびていたのだ。本当にいらして下さりやっとあの魔術師に御礼が出来ると、とても嬉しそうに言われた、私達は困惑と共に沈黙してしまった。 困惑する私達などお構い無しに、館長室には、纏められた資料が重ねられたワゴンを持って、受付にいた女性が現れた。そのワゴンを、私達の側に置き、パタパタと出て行き、また新たなワゴンを持ってくる。全部で5つワゴンを持って来た彼女は、それを置いて満足そうに出て行った。 半信半疑でアビが立ち上がりワゴンの上にある資料を一つ手に取りパラパラと捲る。忙しなく動く瞳に、困惑の色が濃くなり表情は固くなった。資料を広げたまま顔を上げたアビは呆然と震える声で呟いたの。……マリー様が探される予定の資料です。 アビの言葉に、館長は嬉しそうに笑い……そして……仰った。「あの魔術師様とマリー様はお身内ですか?お名前は教えて頂け無かったんです。色味は全く違いますが、お顔の雰囲気が良く似てらっしゃる。お二人ともお綺麗ですね。」と。 では、好きなだけお調べ下さい。と席を外した館長を呆然と見送り、頭には疑問ばかりが浮かぶ。ナスカは既に別のワゴンの資料を手にとり読み込んでいた。 うん……。この放置感は、アビやナスカの慣れよね。考え事してる私になに言っても無駄って解ってるもんね。ってね、微笑ましい事を考えないと、何かが背中を這うような冷やりとした悪寒が、なかなか消えてくれないの。 嫌な予感とゆうか……。両腕をさすりながら、ふと視線を感じ、館長室の窓際に、足を向け、そっと窓を開ける。カラカラと音を立て空いた窓から、フワリとジャスミンを含む風が吹き抜け、私の視界の先には、ついこないだ拝見した、キラキラと光りを反射させる白髪が、空色にも見える不思議な色彩を纏う麗人……龍族であり龍人でもある風龍が、宙に胡座をかいて頬杖をつき座りフワフワと浮いていた。 「御機嫌よう。シルビア殿。」 私の声掛けに、シルビア殿は、何かを見定めるように目を細めた。その瞳に露わになる好奇心を隠しもしないのよ。 「御機嫌よう。マリー。なにしてるの?」 風を司る龍人である風龍とは、ガルシア殿の屋敷で特に親しく関わったわけではない。ただ軽く挨拶をしたくらいである。 と云うか……私が良く知る龍人は、陽気でぐうたらな炎龍くらいだ。炎龍は、ピルジャの森のダンジョンに棲家を持ち、最近は、森に住む亜人族と遊んだり、屋敷に住む者達と遊んだり、気が向けばどっかに散歩しに行ってしまったりととにかく自由だ。私が屋敷に居る時、特に、魔術訓練場に居る時は、ふらりと現れ、一緒に訓練をしてくれたりする。たまに、一緒にピルジャの森にあるダンジョンの攻略をしに行く。 ザックが言うには、炎龍は私に懐いてるらしい。確かに懐いてるとは思う、とゆうか場所に懐いてる気がする。私の屋敷の地下層には、炎龍専用層がいつの間にか出来ているから。アレは、カガリに、強請ったと炎龍本人から自慢されたのだ。だからか、龍人が人嫌いと云う事がイマイチ、ピンと来なかった。 ジャスミンの優しく甘い薫りを纏う風龍。その周りには沢山の風属性の精霊達が漂い、彼に求愛するように戯れている。 「少し調べものをしてますのよ。シルビア殿はどうして此方に?」 窓枠に腕を置き、風属性の精霊達を見つめ微笑むと、風属性の精霊達は、一瞬だけこちらにより、挨拶するように触れて直ぐに風龍の側に戻っていった。可愛らしい戯れが心を癒してくれる。 「こないだ全然話せなかったから、光龍の巣から棲家に帰る途中でついでに見に来たんだ。」 精霊達の戯れに適当に答えながら、風龍は、その不思議な色合いの瞳で柔らかく微笑んだ。長い髪が精霊達の戯れでフワフワサラサラと揺れる。美しい絹糸のような髪が、空色を濃くする様子に、私は目を細めた。 龍人は、気ままな性質だ。炎龍しかりザックしかり……。ザックは言っていた。風龍程己の属性に馴染み切った龍人は居ないと。風そのものと言える龍が、ついでに見に来たのは、恐らく、私じゃない。彼の目的の場所近くにたまたま居たのが私で、だから……ついでに寄っただけ。 「そうですか。お逢い出来て光栄ですわ。ですが、わたくし、少し忙しく、大変申し訳ないですが、また、時間がある時に、ゆっくりお話出来れば幸いですわ。」 ニッコリ笑みを浮かべ、窓に手を掛け閉めようと動かせば、シルビア殿は、フッと笑うと、窓を手で抑え、上半身をグッと近付けると、私の身体を抱き上げそのまま窓の外に出した。 「マリーの従者達、君達の主を少し借りるね。」 資料に集中してるアビ達に声を掛け、アビ達が此方に来る前に、シルビア殿は、高く飛躍したの。 気持ち良さそうに風を受け飛ぶ風龍に、私は、苦笑いを浮かべ、アビに念話した。龍人は自由気まま、このまま、前世の時、地盤崩落した地区を見てくると伝えた。 「シルビア殿、わたくし、少し調べたい場所がございますの。連れて行って下さいますか?」 「良いよ。君とゆっくり話してみたかったから。」 あっさり了承する風龍に、ラクロの真上天井部分に向かって貰う。風を自在に操る風龍は、風のクッションみたいなものを創り出し、二人で腰掛けた。目に見えない風が、透明なクッションを象る様子に関心しながら、そのクッションを手先で弄ぶびながら、気持ち良さそうに寝込んで、風を操るシルビアを見下ろした。 「それで?シルビア殿はわたくしに何を聞きたいのですか?」 微睡んだ雰囲気で此方を流しみた風龍は、クワリと欠伸をする。 「うーん……。ねぇ、知ってる?僕らは、世界樹ユグドラシル様の武力なんだ。」 「……はい。存じ上げてますわ。」 なにを言い出すかと思えば……と小さく息を吐き出し返事を返せば、風龍は、此方を真っ直ぐに見つめた。 「ねぇ。炎龍がなんで君に懐いたか解る?」 話しが飛び、つい眉を顰めてしまう。黙って先を即す。 「……桃源郷が復活するとさ、龍人、それも僕ら竜王種は嫌でも本能で実感する。僕らは、ユグドラシル様の武力。ユグドラシル様の護り人を護らなければならないとね。」 「……嫌なのですか?」 「違うよ。嫌とか良いとかじゃない。絶対的な理なんだ。世界の軸でもある。 僕は、風をその身に馴染ませ切ってると、みんなが言う。……僕からしたら、一番属性に馴染んでるのは炎龍だ。アレはまだ覚醒していない。だから、無意識に、避ける。己を害するモノを。そして、無意識に己が安全な場所を探し当てる。地龍は、おっとりし抱擁力がある、当たり前なんだあいつが司るのは大地。だけど、地龍グランデは好き嫌いが激しい。グランデは炎龍を気に入ってるから、自分のテリトリーにいる事を許してる。そして、地龍も炎龍も無意識に感じている。君から溢れるユグドラシル様の加護を。 炎龍は、ザックの事をしっかりと我々の主だと無意識に理解し、君の安全を考えて行動しているでしょう?」 言われた事を脳裏で反芻しながら、炎龍を思い浮かべる。私の安全を護る……そうなのか??遊び回っては、料理長にスイーツを強請る姿が浮かぶ。 「炎龍が、君の安全を護るのはザックの大切な番だから。……武力としての本能とは別の意味で。」 「……シルビア殿。何が仰りたいのです?」 「ユグドラシル様の護り人である聖女が、竜王種それも聖魔竜王種の番になるなど、前代未聞。……だか、炎龍みたいに属性にしっかり馴染みきってる竜王種は、なんの疑問も持たない。それが…理だから。良いも悪いもない。それが……理だから。……僕もそう思ってる。 だけどね。中には納得出来ない奴も居る。ユグドラシル様の護り人と竜王種が番うなど、理を壊す事だと思ってる奴も居る。それは、人族・魔族・龍人・天族に一定数いる。 君もザックもそれを理解しなきゃダメだよ。ユグドラシル様を2度と枯れさせたくないんだ……僕はね。」
/643ページ

最初のコメントを投稿しよう!

990人が本棚に入れています
本棚に追加